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失われた右腕と希望の先に  作者: 瑪瑙 鼎
第14章 想像できない未来に向けて
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259:前哨戦(1)

『マスター、カエリアのメインシステムまで、あと12kmです』

「了解した、サラ」


 柊也は胸元で欠伸をする赤い蜥蜴に礼を述べると、上部ハッチから身を乗り出しているシモンの脚に向かって尋ねる。


「シモン、どうだ、周囲の様子は?」

「今のところ、敵の姿は見当たらない。問題はない、が…しかし、異様なほど暖かいな…」


 シモンはカービンを片手に抱え、周囲を怠りなく警戒しつつも、あまりの暖かさにウンザリしながら羽織っていたダウンジャケットを脱ぎ捨てた。


 ボクサーは、緑溢れる丘陵地帯を進んでいた。周囲には木々が生い茂り、時折小動物の気配も見え隠れする。昨日までの、雪と氷に閉ざされた、生命の欠片も見当たらない死の大地から一変した姿に、シモンは底知れない不気味さを感じていた。上部ハッチの隙間から、サラの声が聞こえて来る。


『現在の天候は晴れ、風速1.7mの北よりの風が吹いており、気温は17.8℃。湿度は62.1%となっております』

「どんだけドーピングしているんだよ…これも全て、ハッキングの結果か?」

『そう結論付けて、差し支えございません』


 サラの答えを聞いた柊也は、大きな溜息をつく。現在地は北緯60度付近、北極圏に近い。今は、ガリエルの第5月で日照時間も短く、寒冷化の影響もあって、最低気温がマイナス30℃を下回る日が続いていた。にも拘らず、今日になって突然50℃近く気温が上がり、生命の息吹に満ち溢れた春暖の季節に突入している。何者かに乗っ取られたカエリアが管轄地の熱エネルギーを掻き集め、この地で浪費している様子が、ありありと感じられた。物思いに耽る柊也の耳に、サラの警告の声が流れ込んだ。


『カエリアのメインシステム周辺に、多数の生命反応を確認。体長1.5m規模、数は3千程度と推測されます』

「それは、敵か?」

『そう判断して行動された方がよろしいかと存じます、マスター。すでに一部の個体が、警戒の動きを見せております』

「12km先なのに、よく検知したな…」


 サラの報告に、柊也は覚悟を決める。


「シモン、セレーネ。今回は、敵が居る。1.5メルド級が3千だ。長期戦を覚悟してくれ」

「わかった!」

「わかりました!」




 ***


「…こ、これが、カエリア…なのか…」


 上部ハッチから身を乗り出した柊也は、目の前に広がる光景に、愕然とした表情を浮かべる。彼は上部ハッチの縁に肘をついて衝撃のあまり崩れ落ちかねない体を辛うじて支えながら、突き付けられた現実の受け入れを拒否するかのように、口を戦慄かせる。


「…そ、そんな…こんなの…あんまりだ…」

「…」


 上部ハッチから身を乗り出した体勢でがっくりと項垂れる柊也の後姿に、シモンはボクサーの上で仁王立ちしたまま、気遣うような視線を向ける。やがて彼女は視線を戻し、かつてカエリアだったものの成れの果てを見て、気を引き締めた。


 目の前のカエリアのドームは、大きく変貌していた。


 サーリア、エミリアの両システムのドームは、横に広い円盤型の形状をしており、その中央から天頂に向かって一本の太い円筒が伸びている。いわば、床の間に飾られる、首の長い一輪挿しの花瓶の様な形状をしていた。ヴェルツブルグにあるロザリアのドームも、周囲に人族の建造物がこびりついていたが、その趣きが残されていた。


 しかし、カエリアのドームは、そのほとんどが異形なものによって覆い隠されていた。ドームは地上付近に露出するごく一部に面影を残しているが、その上部は全て白い繊維質のもので覆われ、原型を留めていない。繊維質の筋は歪にうねり、幾つもの束を形成して外側に膨らみながら上空へと伸び、ある一定のところで次々に枝分かれして、傘のように横に広がって上空を覆い尽くす。傘は灰色じみた濃い茶色で、水平方向に禍々しい襞を描き、それが幾層にも積み重なり、ドームの中央にあるはずの塔を完全に覆い隠していた。


 ドームの真上に根を下ろしてカエリアを呑み込み、不吉な白い幹を何本も生やして青空を食らい尽くすように濃茶の傘を幾重にも広げるその姿は、まさに ―――




「――― 舞茸だな」




 シモンは、柊也が毎日用意してくれる、美味しい日本食を彩る代表的な食材を思い浮かべ、思わず感嘆の声を上げた。


 舞茸。ラスボスが舞茸。ハッチの縁に肘をかけ、がっくりと項垂れていた柊也が震え始め、勢い良く顔を上げると怒鳴り声を上げる。


「…ああ、薄っすらとは想像していたよ!ハッキングって聞いた時点で植物系か何かじゃないかってことはさ!だけど、俺も夢を見たって、いいじゃないか!植物系にだって、世界樹(ユグドラシル)とか、格好いいがあるんだぞ!?…それを、よりにもよって舞茸とか、俺を馬鹿にしているのか!?お前が書いているのは、ファンタジーじゃないのかよぉ!?」

「トウヤ、君は一体誰に向かって怒鳴っているんだ?」


 世の中の不条理を嘆くかの如く、柊也は創造主(作者)に向かって罵詈雑言を浴びせるが、とんだ濡れ衣である。此処はあくまで未来の地球であって、ファンタジーの世界ではないのだから。書き出しのシチュエーションから見て、ハイファンタジーにカテゴライズせざるを得ない内容であり、不可抗力である。


「…とりあえず、これで一つ、確定した事がある」


 ひとしきり愚痴を吐いて落ち着きを取り戻した柊也が頭を上げ、シモンに背を向けて宣言する。


「…今夜は、きのこ鍋だ」

「おのれ、舞茸。許すまじ」


 とばっちりで夕食の献立から肉を取り上げられたシモンが、怒りを露わにした。




 ***


『マスター、メインシステム周辺に生息する群体が、敵性行動を開始。ご注意下さい』

「敵が何者か、わかるか?」

『カエリア管轄地の固有種と見られ、ロザリアのデータベースにヒットしません。ただ今、確認中です』

「ありがとう。目視できるから、すぐにわかるだろ」


 柊也は目元を前足で掻く赤い蜥蜴に答えると、下を覗き込んで怒鳴り声を上げる。


「セレーネ!暫くの間、カエリアの周辺を走り回ってくれ!相手の出方を窺う!」

「わかりました、トウヤさん!」


 セレーネの答えとともにボクサーが方向転換し、カエリアのメインシステムを中心に弧を描く様に走り出す。やがてドームの扉から複数の生き物が姿を現すと同時に、サラが報告した。


『敵性生物を特定。ハキリアリの変位種です』


 それは、体長1.5mにも及ぶ、巨大な蟻の群体だった。彼らは次々とメインシステムから飛び出し、ボクサーへと向かって走って来る。周辺の森の中からも次々と姿を現し、ボクサーを三方から包囲するような行動を見せていた。柊也は、シモンに予備弾倉を手渡しながら、納得の声を上げる。


「まあ、本丸がキノコなんだから、蟻が出てきて当然だな。共生関係なんだろ、きっと」

『システム・ロザリアも、その結論に至っております』


 サラの答えに柊也は頷き、ついでに舞茸を指差しながら尋ねた。


「あの舞茸を燃やしちまった方が楽か?」

『MAHOのメインシステムは、あらゆる災害を想定して対策を施しておりますので、焼損のリスクはございません。しかし先に舞茸を燃やしてしまうと、灰によって通路が埋没し通行不可となりますので、管理者就任手続きを済ませた後に燃やす事を推奨します』

「あー、そういう問題があるのか。面倒臭いなぁ」


 サラが出した結論に、柊也が溜息をつく。舞茸を燃やせないとなると、火による範囲攻撃が封じられ、ボクサーに群がる蟻の対策にも影響が出る。一体ずつちまちま潰さざるを得なくなった事にウンザリしながら、柊也はサラに声を掛けた。


「サラ、ボクサーの取り出しに適した場所を探し出して、セレーネに伝えてくれ」

『畏まりました。マスターの希望する条件に見合った高台を割り出し、個体名セレーネにその情報を伝達します』


 赤い蜥蜴は欠伸をすると、柊也の体を伝ってボクサーの中へと入って行く。それを見届けた柊也は、すでに発砲を始めたシモンに指示を出した。


「シモン、そういう事で、ちまちま狩らざるを得なくなった。焦らず、のんびり行こうや」

「そういう事なら仕方がないけど、気が滅入るな…」


 シモンが口を酸っぱそうに歪めながら、M67破片手榴弾のピンを引き抜き、無造作に放り投げる。やがてボクサーの後方に群がる蟻の集団内で爆発が上がり、数体の蟻が四散して、宙を舞う。


 中央に根を下ろした巨大な舞茸が見守る中、地球の未来を賭けた凄惨でシュールな鬼ごっこが、幕を開けようとしていた。

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