215:南部の抵抗(1)
「…あ、トウヤさんの言った通りだ。こっちからも来ている」
大通りの角からひょいと顔を覗かせたセレーネが、目の前に広がる光景を見て呟いた。
大聖堂を東端として、西へと一直線に伸びる幅の広い広場。その広場から北へと伸びる3本の大通りのうち、中央に位置する大通り。セレーネが顔を覗かせた視界の先に、300mほど向こうをこちらへと歩く3グループのハヌマーン達と、そのハヌマーンを追い駆け、横並びで南下する3頭のロックドラゴンが見えた。ロックドラゴン同士の隙間から大勢のハヌマーンの姿が垣間見え、ハヌマーン達がロックドラゴンを戦車に見立て、進軍しているのがわかる。
「よし、とっとと中央も押し返すぞ」
「はい、トウヤさん!」
柊也の言葉にセレーネは元気に頷き、三人は大通りの中央に飛び出し、ロックドラゴンと相対する。だが、その直後、右方に立ったシモンが警戒の声を上げた。
「トウヤ!右からも来ている!」
「何っ!?」
柊也が右を向くと、3本の大通りのうちの一番東側、先ほどボクサーに乗って飛び込んで来た大通りから、ロックドラゴンが3頭、広場へと躍り出ていた。囮のハヌマーン達がこちらに気づいて駆け出しており、そのハヌマーンに引き摺られてロックドラゴンがこちらへと方向転換している。
「どうするっ!?トウヤ!」
「トウヤさん!」
突如二正面の事態へと陥り、シモンとセレーネは緊迫した声を上げる。だが、柊也はただ一人動じず、不敵にも嗤い出した。
「二人とも、大丈夫だ。まだ距離がある」
そして、柊也は左を向き、中央大通りを南下するロックドラゴンを眺めながら左右の腰にぶら下げたボイスレコーダーを2本ずつ手に取り、次々に再生ボタンを押す。ボイスレコーダーから、先ほどの柊也の声が聞こえて来た。
「汝に命ずる。大地より鉄を吸い上げ、灼熱を抱いて鋼の錘を成せ。錘は長さ4.5m、底の直径1.5mとし、その数は7。我の前方10m、高さ1.5m、幅20mの間に等間隔で横列を成し、各々が青炎を纏いて我に従え」
「汝に命ずる。大地より鉄を吸い上げ、灼熱を抱いて鋼の錘を成せ。錘は長さ4.5m、底の直径1.5mとし、その数は7。我の前方15m、高さ1.5m、幅20mの間に等間隔で横列を成し、各々が青炎を纏いて我に従え」
「汝に命ずる。石を纏いて大いなる巌を成し、我が前にそびえ立て」
「汝に命ずる。石を纏いて大いなる巌を成し、我が前にそびえ立て」
ボイスレコーダーから流れる声に応じ、黒い靄が地面から舞い上がり、ストーンウォールがそそり立つのを認めた柊也は右を向き、残る左右のボイスレコーダーの再生ボタンを押す。そして、さらに左手を目まぐるしく動かしながら、口を開く。
「汝に命ずる。大地より鉄を吸い上げ、灼熱を抱いて鋼の錘を成せ。錘は長さ4.5m、底の直径1.5mとし、その数は7。我の前方20m、高さ1.5m、幅20mの間に等間隔で横列を成し、各々が青炎を纏いて我に従え」
「汝に命ずる。大地より鉄を吸い上げ、灼熱を抱いて鋼の錘を成せ。錘は長さ4.5m、底の直径1.5mとし、その数は10。我の前方10m、高さ1.5m、幅30mの間に等間隔で横列を成し、各々が青炎を纏いて我に従え」
「汝に命ずる。石を纏いて大いなる巌を成し、我が前にそびえ立て」
ボイスレコーダーと柊也の口から流れる詠唱に応じて、地面から黒い靄が舞い上がり、ボイスレコーダーと手話によって呼び出されたストーンウォールがそそり立つ。計4枚のストーンウォールは2枚ずつ直角に並び、その前方には、左舷14本、前方17本の巨大な黒槍が二方面に向けてずらりと並び、青炎と白煙を噴き上げながら凶悪な尖端をロックドラゴンへと向ける。
そして、シモンとセレーネが慌ててストーンウォールの陰へと飛び込むと、柊也は両方向を見やり、獰猛な笑みを浮かべ、魔法を完成させた。
「左舷、俯角三度、正面、水平。各方面、2秒ごとに音速で斉射二連。彼の者を穿ち、食い破れ」
直後、4枚のストーンウォールは二方向から押し寄せる轟音と地響きに軋みを上げ、辺りに突風が舞い上がった。
地響きが治まり、埃の漂う広場の中、ストーンウォールの陰から顔を覗かせた柊也は、目の前に広がる光景を見た途端、大声を上げた。
「あ、やっべぇ!サラ、大丈夫か!?」
動揺する柊也に釣られ、セレーネが柊也の視線の先を追う。そして、柊也の服を掴んで揺さぶりながら前方を指差し、慌てふためいた。
「ど、どうするんですか、トウヤさん!?アレぇ!」
セレーネの指の先には、何本もの黒槍が突き刺さった3頭のロックドラゴンが蹲り、肉の焦げる臭いと煙を噴き上げ、辺りには四散したハヌマーンの死体が幾つも転がっている。
そして、ロックドラゴンを外した何本かの黒槍が広場を飛び越え、東端の石段を駆け上がって大聖堂へと飛び込み、大聖堂の北半分が崩落し、屋根から顔を覗かせた黒槍が煙を噴き上げていた。
狼狽する柊也の目の前に赤い光が灯り、蜥蜴の姿を形作りながら柊也の腕にしがみ付いて、欠伸をするように口を開く。
『問題ありません、マスター。外殻シェルターに若干の損傷が見られますが、システムへの影響はありません。シェルターにつきましても、自己修復によって数日中に回復します』
「そ、そうか、それは良かった。悪かったな、サラ」
『お気になさらず、マスター』
「いやでも、トウヤさん、大聖堂、盛大に燃えていません?」
「ロザリアが気にしてないみたいだし、いいんじゃね?」
ロザリアの言葉を聞いた柊也が胸を撫で下ろし、その隣でセレーネが煌々と燃えさかる大聖堂を指差す。どうもロザリアは、シェルターの外側にこびりついた人族の建築物は、関係ないと考えているようだ。柊也は、セレーネに向かってぞんざいに手を振ると、北に伸びる大通りに顔を向ける。
「おー、こっちも綺麗に片付いたな」
柊也の視線の先には、大通りの中央に鎮座し、深々と突き刺さった黒槍から火を噴き上げる3頭のロックドラゴンと、ロックドラゴンの側面を削って貫通した穴の向こうに見える、死屍累々の惨状が映し出されていた。穴の向こうから、難を逃れたハヌマーン達が狼狽し、北部へと逃げ戻る後姿が見える。
「パパ」
「…あ?どうした、シモン?…あ痛てててて」
穴の向こうのハヌマーン達の動向を窺っていた柊也は名を呼ばれ、生返事を返す。すると、柊也の顔にシモンの手が伸び、柊也は首から嫌な音を立てながら強引に横を向かされた。首の痛みに顔を顰め、両頬を掌に挟まれた柊也に、目を潤ませ陶然とした表情を浮かべるシモンの顔が迫り来る。
「パパ、カッコいい…大好き…」
「ちょ、シモン、おま…もごおお!」
「ぁむ…ん…」
シモンは柊也に抵抗する間も与えず唇を塞ぐと、そのまま柊也の後頭部を手で押さえつけ、頭を振り始める。
「ちょっと、シモンさぁん!1週間ご無沙汰だからって、こんなトコで発情しないで下さいよぉ!ハヌマーンがいっぱい来てるんだからぁぁぁ!」
セレーネは片膝立ちでカービンを構え、東端の大通りから躍り出るハヌマーンに次々とヘッドショットを極めながら、立ったままゆっくりと左右に揺れる尻尾でセレーネの頭を叩き続けるシモンに、文句を垂れていた。
***
「□◇$%!? 〇×◇&& $&&&&&&&&…!」
燃えさかる館の前で、一頭のハヌマーンが袈裟懸けに切り裂かれた体から血を撒き散らし、仰向けに斃れる。コルネリウスは剣を振り下ろした体勢のまま右足を一歩引き、剣を翻して右から襲い掛かるハヌマーンを横なぎに払う。コルネリウスの剣は棍棒を振り上げていたハヌマーンの喉を裂き、ハヌマーンは彼とすれ違うように2~3歩踏み出した後、うつ伏せに斃れた。
コルネリウスは剣に付いた血糊を拭いながら、後ろを向き、執事に肩を支えられた白髪の男に声を掛けた。
「ヴィルヘルム殿、大丈夫か?」
コルネリウスに尋ねられたヴィルヘルムは頷き、苦渋の表情を浮かべる。
「申し訳ない、コルネリウス殿。この言う事を利かない体のせいで、貴公に迷惑をかけてしまって…」
「お気に為されるな、ヴィルヘルム殿。貴方のせいではない」
ヴィルヘルムの自責の念にコルネリウスは首を横に振り、前を向いて周囲を見渡す。ハヌマーンらはコルネリウスの兵達の前で地面に斃れており、一旦この場の制圧には成功したようだ。
ヴェルツブルグを突如襲った破滅は瞬く間に北部を席巻し、混乱の渦に巻き込まれ状況を把握できなくなった中南部にも次々と襲い掛かった。ヴェルツブルグ東部、大聖堂の南方に居を構えるアンスバッハ家にも100頭ほどのハヌマーンが押し寄せ、武において見るべき点のないアンスバッハ家には抵抗する術もなく、そのまま蹂躙されるところだった。
だが、隣家の異変に気付いたコルネリウスが麾下の兵を率いてアンスバッハ家へと突入し、ハヌマーンへの逆撃を敢行。アンスバッハ家に多くの犠牲を出しながらも、前当主ヴィルヘルムの救出に成功する。コルネリウスは、燃えさかるアンスバッハ家の館を背に、思案に沈む。
自分はクリストフの不興を買い、蟄居の身となったために、現在の状況が把握できていない。だが、此処までハヌマーンの侵入を許している以上、王家は統制が取れておらず、国家存亡の危機である事には間違いがない。自分がすべき事は何か。混乱する軍を纏め上げ、王家を救出し、ハヌマーンを撃退する。コルネリウスはそう結論付けると、南部駐屯の兵団に向かう事を決意する。だが、その彼の背中から悲鳴が上がった。
「閣下!王城が!」
「「…」」
悲鳴に釣られ、王城の方を向いたコルネリウスとヴィルヘルムは、そのまま動きを止め、呆然とする。アンスバッハ家の塀の遥か向こうにそそり立つ王城。大聖堂と並び、ヴェルツブルグの繁栄のシンボルとして威容を誇っていた王城が、炎に包まれていた。コルネリウスやヴィルヘルムはおろか、その場に居る全ての者達が呆然と立ち尽くす中、王城を飾る尖塔がまた一つ崩れていく。
「…お終いだ…エーデルシュタインは、もうお終いだ…」
ヴィルヘルムの肩を支える執事が唇を震わせ、不吉な言葉を吐く。だが、コルネリウスもヴィルヘルムも、その執事を咎めようとしなかった。あまりの衝撃にかつての大将軍であるはずのコルネリウスでさえも思考が止まる中、彼らの境遇を理解しようともせず、更に鞭を打つような闖入者の声が聞こえて来る。
「&%%◇▽ 〇△#@ \\\〇□% &×!」
「%%〇 #$!」
「%%〇 #$!」
「…貴…様らぁ!」
コルネリウスが首から軋みの音を上げながら前を向くと、アンスバッハ家の正門から敷地内へと雪崩れ込んでくるハヌマーン達の姿が目に飛び込む。そして、その向こうには、正門の前で大きな口を開けたロックドラゴンと、その眼前に撒き上がり、次第に成長する岩の塊が立ちはだかっていた。部下達が慌てて剣を構える中、コルネリウスは激高し、剣を握る右腕を震わせながら一行の先頭に立って押し寄せるハヌマーンとロックドラゴンに目を剥き、憤怒の声を上げる。
「貴様らぁ!これで勝ったと思うなよ!我々人族は、決して滅びん!いつか必ず、貴様らの前に立ちはだかり、その喉笛に喰らいつくであろう!来い!このコルネリウス・フォン・レンバッハ!エーデルシュタイン最後の大将軍として、貴様らを1頭でも多く道連れにしてくれるわ!エーデルシュタイン王国、バンザァァァァァイッ!」
そして、コルネリウス・フォン・レンバッハとヴィルヘルム・フォン・アンスバッハは、その光景を目にする ―――。




