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失われた右腕と希望の先に  作者: 瑪瑙 鼎
第2章 ハンター
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19:会敵

 2日目の正午過ぎ、一行はついにヘルハウンドと遭遇した。




 ***


「右手前方、ヘルハウンド6!」

「一軍は攻撃開始、二軍は横合いから突っ込め!」


 接敵の報を聞き、ジルが本隊に指示を出す。


 ジルは本隊の指揮系統を、予め二分していた。自身の率いる一軍は、双子の魔術師とコレット、それとレオの5名、火力・防御部隊である。一方シモンが率いる二軍は、比較的軽装の戦士で構成され、機動部隊と言えた。支援隊は、弾除け用の「ストーンウォール」を3基立てた後、ドナとともに一軍の後ろに下がり、再度「ストーンウォール」を立てて亀のように引っ込んでいる。


 詠唱を不要とするヘルハウンドが先手を打ち、6発の火球が一軍に目掛けて飛んでくる。しかしその精度は甘く、1発は横に逸れ、3発は「ストーンウォール」に阻まれ、2発は難なく避ける。


 火球が通り過ぎたところで、ソレーヌとイレーヌが石壁から顔を出し、詠唱を完了させる。


「汝に命ずる。炎を纏いし球となり、我に従え。空を駆け、彼の者を打ち据えよ」

「汝に命ずる。風を纏いし見えざる刃となり、我に従え。空を駆け、彼の者を刻め」


 詠唱に応じ、ファイアボールとエアカッターがヘルハウンドに向かう。どうやら姉が火、妹が風の様だ。有色と無色の線条は、弧を描いて群れに吸い込まれる。ファイアボールの直撃を受けた1頭が頭部を火に包まれ、その場で転げまわる。エアカッターが、別の1頭の前足を切り飛ばし転倒させると、そこにコレットの放った矢が吸い込まれ、直後に破裂音が鳴り響いて血飛沫があがった。風属性の素質が付与されていたようだ。


 残り4頭のヘルハウンドは、仲間の惨状をものともせず、一軍へと駆け進むが、最後尾の1頭が突然左へ吹き飛ぶ。「疾風」の連発でブーストを利かせたシモンが、仲間を置いてきぼりにして大きく迂回すると、突然群れへと突っ込み、ヘルハウンドが気づく間もなく横から殴りつけていた。残りの3頭は横合いから二軍の突入を受け、何とかすり抜けた1頭も、ジルが一刀のもとに切り伏せる。


「すげぇな…」


 石壁の隙間から覗く柊也の脇で、支援隊の地の魔術師の一人が感嘆の声をあげる。名は確かチックと言ったか。ヘルハウンドは単体であればC級ハンター相当であるので、この魔術師でもどうにかなるが、数が増えれば当然危険度は増大する。6頭ともなれば、B級ハンターでも単独では無理だ。それを、いくらこちらが数的優位にあるとはいえ、ここまでワンサイドゲームになるとは思わなかったのだろう。ほとんど全て、一撃で致命的な状態に持ち込んでおり、この討伐隊のレベルの高さが窺われた。


「右耳だけ切り取っておいてくれ。先は長い。毛皮は諦めてくれ」


 ジルが討伐証明部位の入手を指示し、一行を集める。初戦は完勝であり、負傷者は一人もいない。にも拘らず、ジルの顔は浮かなかった。


「くそ、こんな手前でもう6頭か。かなり近くまで来ているようだな」


 通常、強敵に襲われたヘルハウンドは散開して難を逃れるが、最も外縁を足の速い個体が単独で逃げ、内縁部には子供連れ、あるいは足の遅い個体が集まり、群れを為して逃れる。ここで6頭の群れに出くわしたという事は、この「円の中心」にいる本命まで、そう距離がないという事を意味する。


「子連れはいなかった。後1回遭遇してから、『本命』と見た方が良さそうだね」


 戻ってきたシモンが髪をかき上げながら、ジルに意見を述べる。「疾風」のお陰か、最も行動距離が長かったにも拘らず、汗一つかいていない。艶のある声でありながら完全な男言葉を使うその姿は、色気より凛々しさが目立った。


「時間が悪いな。出くわすなら、今日中の方がマシだ」

「微妙だな。出くわすとしても、6時間は先じゃないか?いっその事、ここで野営するか?」

「流石にそこまで臆病な真似はできん。この先、カマタの滝の近くに洞窟がある。あそこまで行って、入口を石壁で塞げば、夜も安全に過ごせるはずだ」

「カマタまで5時間ってとこか…。出くわせば良し、出くわさなくても、穴掘って眠れば良しって事だな」

「そういう事だ。よし、みんな。一休憩してくれ。20分後に出発する」




 2時間後に再度ヘルハウンドの襲撃を受けた一行は、しかし二度目も難なく撃退に成功する。予想通り子連れであった事に、一行は勝利の余韻より、その先に待ち受ける脅威に表情を固くした。




 ***


 疎らに生えた木々の合間に光が差し込み、緑と橙のコントラストを描く。遠くから水飛沫の音が絶え間なく聞こえ、何も事情を知らなければ、安らぎを覚える光景が眼前に広がっている。


 一行は、目の前に広がる光景を前に、動けなくなった。感動したのではない。


「血と獣の匂いが、…きつい」


 シモンが、形の良い口を歪め、牙を剥きだして唸る。視線は右斜め前方、目的地として予定していた洞窟の方向を向いたまま、一瞬も離さない。ほとんど無風なのが、もどかしい。風下からの奇襲のリスクがないだけマシだが、臭いが淀んで鼻が利かない。


 一行は支援隊を中心に紡錘の陣を組み、ゆっくりと前進する。先頭は索敵に勝るシモンが務め、ジルは右辺の中央で、右からの奇襲に備える。左辺の中央は、レオが巨体で壁を作る。支援隊は、ソレーヌとイレーヌが左右につき、殿はドナが務めていた。


 やがて、藪に覆われた小高い崖が見え、目的地である洞窟が現れる。そこには…。


「…っ」


 洞窟の前に広がる、食い散らかされた、ヘルハウンドが2頭。そして、その2頭とは別の夥しい血の帯が、洞窟の中へと続いていく。


 ジルは、ジェスチャーで一行を停止させると、レオとソレーヌを呼ぶ。そして、シモン達が警戒する中、ジルを含めた3人で洞窟の前へとゆっくりと進む。ジルがグレードソードを、レオがタワーシールドを構える中、ソレーヌが入口に向け詠唱を開始する。


「汝に命ずる。炎を纏いし紅蓮の槍となり…」


 その時、崖上の藪の中から、巨大な獣が宙を舞った。




 ***


 獣は、驚愕の顔で見上げるジルはおろか、迎え撃とうと構えるシモン達第二陣でさえも飛び越えると、一直線に支援隊に向かって突入してくる。支援隊は急いで散開しようと緩慢な広がりを見せるが、間に合わない。


「な、汝に命ずるっ!石を纏いて大いなる巌を成しっ、ぐわぁぁぁぁっ!」


 両脇を仲間に挟まれた一人が慌てて「ストーンウォール」を詠唱するも間に合わず、獣の体当たりを受ける。彼の左側にいた柊也は、身を投げようとして翻ったところで、右脇を獣が駆け抜けた。かわし切れず、弾き飛ばされ、地面を転がった柊也はすぐに起き上がり、周りを見渡す。支援隊は皆突き倒されているが、詠唱しようとしていた彼が見当たらない。後ろを振り返ると、獣が減速し、体をこちらへ向けようとしていたが、


「…がふっ」


 獣の頭の一つが頭を振り、彼を噛みちぎっていた。柊也はぞっとする。中央にいなかったことは勿論、左側だったからこそ助かった。右腕があったら、食いちぎられていたかも知れなかった。


 獣は黒く、狼のような姿形をしていたが、大きさは桁違いだった。体高2m、尾も含めれば体長は6mに近い。そして、何より異様だったのが、頭部が3つあった。そのうちの中央と右側の4つの紅い瞳が光を放ち、こちらを見据えている。


「ケルベロスだっ!3つの頭部は、個々に素質を持っている。気を付けろっ!」


 ジルが警告を発し、支援隊へと駆け寄ってくる。その顔は、険しさを増している。ケルベロスの討伐推奨はA級だが、3つの素質の組み合わせ次第で、その難易度が大きく変わる。素質を使わせる間もなく倒すか、全ての手札を切らせて弱点を狙うか。どちらも厳しい選択となる。


 討伐隊にとって苦しく、そして予想もしない結末を迎える戦いが、ここに始まろうとしていた。

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