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失われた右腕と希望の先に  作者: 瑪瑙 鼎
第12章 終焉
203/299

201:落城(1)

「%%〇 #$!」

「%%〇 #$!」


 眼下に居並ぶ大勢の男達の歓声を聞き、聖者は輿に身を横たえたまま、感激に身を震わせていた。


 南征の檄を発してからすでに1年が経過したが、自分は未だ何も果たせていない。この脆弱な体は自分の意思に反して何度も病に倒れ、その都度南征の役は中断を余儀なくされている。供回りの諫めを受け入れ自身の出戦を控えた結果、南征の役は逐次投入の様相を呈し、三度に及ぶ派兵は、目の前に立ち塞がる強大なロザリアの前に脆くも壊滅した。50,000にも及ぶ同胞を失い、南征軍は半減している。


 だが、それでも同胞達は自分を讃え、変わらぬ忠誠を捧げてくれている。何の成果も挙げていない無能な自分を信頼し、ついて来てくれている。この声に何としても応えなければならない。


 自分はまだ死ねない。自分は同胞を糾合する事しか能がないが、だからこそ、自分がいなければサーリア様をお救いする事はできない。自分に残された時間は、あと僅か。それまでにあと一度、もう一度、今度こそお救いする。聖者は体内を駆け巡る興奮と発熱に蝕まれながら、鬨の声を上げた。


「〇×△\\\ □〇$$%〇 ×△&&# ÷〇□ サーリア〇$…」


 聖者のか細い声は、居並ぶ男達を圧し、周囲に静寂が広がる。だが、すぐにそれは熱狂的な歓呼へと変わり、男達は次々に拳を掲げ、聖者の呼び声に応える。


「$$□%%△ 〇〇#!」

「%%〇 #$!」

「%%〇 #$!」


 ハヌマーン49,000、及びロックドラゴン17頭。聖者率いる本軍はヨナの川を渡り、中原へと足を踏み入れた。




 ハヌマーン達は古より伝わる掟をあえて無視し、湖が見えてきても東に進路を変えようとせず、南に続く未踏の森へと歩を進める。彼らは誰しも、先祖からの教えに後ろ髪を引かれ、闇夜を進むが如き不安を抱えながらも、聖者の言葉を信じて、黙々と歩み続けた。


 南に広がる森は不気味な静けさを湛えていたが、ハヌマーンの前には強大な魔物も堅固な障害物も現れず、彼らは湖を左に見ながら、目の前に立ちはだかる藪を掻き分け草木を踏み潰しつつ、ひたすら前へと進む。時折ロックドラゴンがブレスを放ち、囮を担う同胞の断末魔を聞く毎日が繰り返された後、やがて彼らの前に広がる景色が変化を見せた。


「〇×□□& $$〇+△ □▽△##$ ×〇?」

「□×÷÷@ 〇□ $$&×□ 〇□\\…」


 先頭を進むハヌマーン達が、互いの顔を見合わせ囁き合う。濃い霧が漂い、次第に疎らになって来た木々の間から、東の道の先に横たわる人族の堰と同じ石造りの、しかし東の道より明らかに小規模な塔が点々と姿を現わした。


 石造りの塔はそれなりに堅固に作られているが、中に居る人族はせいぜい数十人程度であろう。取り囲んで陥としても構わないし、無視してもさほど痛痒には感じない。そして、塔同士の間は三重の柵が設けられ、地平の彼方まで延々と伸びていたが、柵は丸太で作られており、49,000ものハヌマーンの前では紙同然とも言える。


 早朝の濃い霧の中、人族はおろか鳥の声も聞こえず、ロザリアも居ない。ハヌマーン達は、己の体の中から沸々と湧き上がる熱情に、身を滾らせる。


「…%&&〇〇! □□+△×%%〇 △▽$$!」

「%%〇 #$!」

「%%〇 #$!」


 部族長の鬨の声に男達は雄叫びを上げ、目の前に横たわる柵へと襲い掛かり、次々と引き倒す。茶色の絨毯の海に取り残された石の塔は恐怖の前に立ち竦み、中に籠る兵士達はハヌマーン達が雪崩れ込んでこない事をロザリアに祈るしかない。


 ラディナ湖西岸から西へと伸びる細長い防御線は、北から押し寄せたハヌマーン軍に飲み込まれ、寸断され、すり潰されていった。




 ***


 前日、オストラの南東に展開するエーデルシュタイン軍10,000との合流を終えたグレゴール・フォン・ケルヒェンシュタイナーは、この日、軍の査察をする予定だった。コルネリウスがクリストフの不興を買って大将軍の地位を剥奪され、ギュンターがリヒャルトとともに逆賊となった結果、グレゴールはついにエーデルシュタイン軍部のトップへと躍り出た。


 だが、グレゴールの目に喜びの光はない。自分が掌握したエーデルシュタイン軍は、3年前と比べ目も当てられないほど弱体化した。先の西誅における敗戦とその後の内乱によってエーデルシュタインは大きく国力を落とし、オストラを中心とする西部一帯は権力の及ばない無法地帯と化している。そして唯一勢力を維持している北部に離反の機運が見られ、示威行為とは言え、なけなしの15,000を派兵せざるを得なかった。この混乱を利用してカラディナがまた押し寄せて来るかもわからない以上、グレゴールは此処にいる手持ちの10,000だけで、速やかに西部を回復しなければならない。


 今日一日でこの戦力を把握し、明日からの奪還計画を立てなければなるまい。


 グレゴールはそう決心しながら幕僚達と朝食を摂っていたが、簡素なテーブルに載せられた食器が振動し、不吉な音を立て始める。グレゴールと幕僚達は、陣幕に押し寄せる張り詰めた空気を敏感に感じ取り、椅子を蹴倒して陣幕から飛び出した。


「敵襲か!?」

「貴様ら、狼狽えるな!」


 グレゴールは浮足立つ兵士達を叱咤しながら、内心で舌打ちをする。いくら奇襲を受けたとしても、この兵の動揺ぶりはあまりにも不甲斐ない。西部奪還の先が思いやられ、グレゴールは暗澹たる思いだったが、北から押し寄せる地響きの正体を目にした途端、愕然とする。


「な、何故、こんな所にハヌマーンどもが居るのだ!?」


 グレゴール率いる10,000の軍に向かって、夥しい数のハヌマーン達が押し寄せて来ていた。北に広がる森はすでに茶色一色に染まり、中原の緑豊かな平原を次々に塗りつぶしていく。


「〇×□&& ▽△〇〇%$〇!」

「□〇〇÷ ×〇□ ◇#$〇\ □◇$!」

「%%〇 #$!」

「%%〇 #$!」

「ぜ、全軍、構え!ハヌマーンどもに備えよ!」


 餓狼の群れの如く押し寄せる膨大なハヌマーンに対し、流石のグレゴールも動揺し、何ら具体性のない命令を悲鳴の様に繰り返す。司令官の動揺は全軍へと広がり、兵達は逃げる事さえも思い浮かばず、木偶の様な緩慢な動きでハヌマーンに槍を向ける。


 そこに、ハヌマーンが突入する。


「×〇□△ ○$◇&&&!」

「◇□÷%% 〇+□$% 〇□〇〇% ▽&&〇!」

「%%〇 #$!」

「%%〇 #$!」

「ぐわあああああああ!」

「た、助け…!」


 グレゴール率いる10,000の軍は、まるで浜辺に並んだ砂の人形が波に呑まれるかの様に、ハヌマーンの茶色い雲霞に次々と飲み込まれ、削られ、溶け去っていく。ハヌマーン達は瞬く間にグレゴール軍の中央へと乗り込み、陣幕の前で棒立ちするグレゴールと幕僚達に襲い掛かる。


「何故だ!?何故なんだあああああぁぁあぁあぁぁぁ…ぁぁ…!?」


 グレゴールの悲鳴はその鍛えられた肉体とともに雲霞の中に消え、そして、雲霞が通り過ぎた後には、赤く染め上げられた10,000の人形が粉々に踏み潰され、地面に棄てられていた。




 抜けた!抜けた!ついに、堰を抜けた!


 屈強の男達に担がれ、上下左右に揺れ動く輿に必死にしがみ付きながら、聖者は感動していた。これまで先祖からの言い伝えの中でも一度も語られた事のない、人族の世界。堅い堰に囲まれ、ハヌマーン達が一度も踏み入れた事のない、人族の世界。そこに、ついに足を踏み入れたのだ。しかも、そこに行き交う人族達は、北の堰の周辺にたむろする人族に比べてあまりにも脆弱で、突き進む本軍の前に為す術もなく消え去っていく。


 そして、興奮に沸くハヌマーン達を祝福するかのように、左手に連なっていた湖の湖畔が途切れ、東への道が開けた。中央にはハヌマーンの栄光を導くかのように、人族が設えてくれた道が地平へと伸び、彼らを(いざな)っている。


「〇×□##%% □△&&$ 〇□÷ ÷+▽△▽ サーリア〇$! $\\□〇 ×〇…!」

「%%〇 #$!」

「%%〇 #$!」


 武士(もののふ)達よ、この先にサーリア様がいらっしゃる!今度こそ御霊をお救いし、暖かい世界を取り戻すのだ!


 聖者の檄は全軍へと行き渡り、ハヌマーン達は喜びと興奮に沸き立ち、寝る間も惜しんで東へと進む。本軍は、行き交う人族を飲み込みながら、道に沿って東へと突き進んでいった。




 ***


 中原暦6626年ロザリアの第1月21日。その日、ヴェルツブルグの北西門を守る門番達は、静かな朝を迎えた。


 つい半年ほど前までは、この北西門は東西の貿易の拠点として賑わい、門の前にはカラディナへと出発する荷車が長い列を連ね、門番達は開門早々、荷(あらた)めに駆けずり回っていた。そして、ヴェルツブルグから出発する荷車が消える午後になると、今度は西から次々に荷車が到着し、門番達はヴェルツブルグへと入ろうとする荷車の点検に駆けずり回る毎日だった。


 だが昨年の暮れに内乱が勃発し、西部一帯が荒廃すると東西の物流は激減し、門番達は暇を持て余すようになった。しかも、その物流は年初に若干回復したものの、一昨日辺りを境にして、西から流入する荷車がぱったりと止んだのである。門番達は、荷車はおろか、旅人さえも見かけなくなったカラディナ方面に首を傾げながら、比例して激減した西行きの荷車の点検を行う。


「…西でまた戦いが起きているのかな?」

「先日、グレゴール様が西に展開している軍と合流するために出立したからな。本格的に始まったのかも知れない」


 門番達は点検を早々に終えて荷車を送り出すと、西の街道に目を向けながら雑談をしている。そろそろ昼時、午後からの交代要員を待ち侘びて大きな欠伸をする門番の目に、西の彼方に撒き上がる土煙が映る。


「何だ、あれは…?」


 門番達は目を凝らし、西の方角を見つめる。土煙は絶える事なく、次第に大きく、地面を覆い尽くす勢いで広がりを見せていた。そして門番達は、その土煙の中から姿を現わした、全身を覆う茶色の長い毛皮を持つ生き物の群れを認めて、驚愕する。


「…ま、魔物だ!魔物の集団が押し寄せて来ている!」

「た、大変だ、早く門を閉めろ!」

「閉門!閉門!閉門!」

「ま、待ってくれ!俺達も中に入れてくれ!」


 前線に出た事のない門番達は、生まれて初めて見るハヌマーンの姿に慄き、慌てて北西門の入口を閉め始める。警報の鐘が繰り返し打ち鳴らされる中、軋みを上げてゆっくりと閉じ始める北西門を見た兵達が門へと殺到し、北西門の前で混乱が生じた。


「〇×□## %&&〇×△ ▽□△@$ ×#□□!」

「□〇&&◇ 〇〇×%% ×□!」

「%%〇 #$!」

「%%〇 #$!」

「うわあああああああああああ!」

「助け…!」


 100年以上安寧が続き戦いとは無縁だったヴェルツブルグの人々は、突如襲い掛かって来た厄災に迅速な対処ができず、北西門が緩慢な動きで中程まで閉ざされる。そこに、まるで満員電車に突入するかのようにハヌマーン達が減速もせずに激突し、門の隙間から無理矢理中へと入ろうとした。堅い樫の門はハヌマーンの血で赤く染まり、将棋倒しとなったハヌマーンの死骸が挟まった事で閉まらなくなる。


 ハヌマーン達は次々に雄叫びを上げながら北西門の狭い隙間から入り込み、突然の事に呆然とする人々へと襲い掛かる。後続のハヌマーンらは、街壁に噛り付き、ヴェルツブルグの長大な街壁の北東から西にかけて、べったりと茶色い帯が纏わりつく。


 やがて地響きを立ててハヌマーン達を追いかけて来たロックドラゴンが、街壁に向かって次々とロックブレスを射出し、長く王都を守護してきた街壁は巨大な岩塊の直撃を受け、ハヌマーン達の血で赤く染まりながら、あちらこちらで潰えていった。

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