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失われた右腕と希望の先に  作者: 瑪瑙 鼎
第2章 ハンター
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18:出立

 当日の朝、ハンターギルドの中庭には、20人ほどの男女が集まり、出発の準備を進めていた。今回は、ヘルハウンドが群れをなして逃げ去るほど強力な魔物がいると予想されているため、ラ・セリエの代官も奮発し、討伐隊は強力な人材を揃えている。本隊は、A級が2名、B級が8名。支援隊は、B級が1名、C級が3名とD級が1名であった。


「ソレーヌ、今回はよろしく頼む」

「レオ、あんた、私達の事をしっかり守りなさいよ。みっともないところを見せたら、イレーヌはやらないかんね」

「ね、姉さん、こんな往来で大声を出すのはやめて…」


 タワーシールドを持つ重装の大男に対し、二回りも小さい女性が上を見上げて詰め寄っている。詰め寄られている男より、間にいる双子の妹の方が慌てふためく姿を見て、周囲はニヤニヤしていた。


「コレットの姐御も参加ですかい。珍しいですね」

「飛び道具が足らないらしくてね、弓なのに駆り出されたよ。ドナ、あんたも本隊かい?」

「いや、私は支援隊の子守りでさぁ」


 他のB級も思い思いに会話をし、情報交換をしていた。


 参加者唯一のD級となった柊也は、自分に割り当てられた背嚢を確認しつつ、周囲を見渡す。支援隊のC級は、1人が水、2人が地の魔術師だった。今話していたドナという男が、支援隊の護衛だ。この他に、本隊に攻撃として火と風の2人の魔術師がいる。先ほどの双子がそうらしいが、どっちがどっちだかは、柊也にはわからない。ちなみに属性の話である。双子のどちらかと、支援隊の水の魔術師が治癒魔法を使えるらしく、今回は「ロザリアの気まぐれ」の出番はなさそうだ。


 人々が集う中、A級ハンターの2人が前に進んできた。出発前に話があるようだ。


「皆、聞いてくれ。私はジル・ガーランド。今回の討伐隊のリーダーを務める事になった。隣は、シモン・ルクレール。我々二人が先頭に立ち、君達を導こう。相手の力は未知数であり、このクエストは険しいものになるであろう。しかし、このラ・セリエに住む人達のために、必ず成功させねばならない。参加者全員が力を合わせれば、必ず成し遂げられると、私は信じている。皆、力を貸してくれ」


 そう宣言したジルは、片手でグレートソードを持ち上げると、宙に向かって突き上げた。




 ジルは40歳前後の、頬に傷のある、屈強な体格の男だ。上半身をチェインメイルで包み、頑丈な籠手を着けている。両手でグレートソードを振り回すパワー型だが、剣の扱いが巧みで、そのため俊敏な敵を相手にしても上手くあしらい、後れを取る事はない。彼の持つ「炎鬼」の素質により、彼のグレードソードは熱され炎を纏い、敵を焼き切る事になる。


 もう一人のA級であるシモンは、銀狼と呼ばれる、銀色の毛並みが特徴の美しい獣人の女性だった。腰まで届く長い髪を持ち、20代前半の絶世とも言える美貌を参加者達に向けていたが、その眼差しに色情を構成する要素は見当たらず、ハンターとしての苛烈な光を有していた。仙骨から伸びる豊かな尾と、側頭部から反り立つ三角形の耳が、彼女が銀狼である事を声高に主張している。長身で、耳の長さも加えれば柊也より20cmは高いであろう彼女は2つの素質を持ち、「疾風」による機動力と、「防壁」を利用した近接格闘を、得意としていた。


「あ、あの、シモンさん、今日はよろしくお願いしますっ!」

「確かフルール、だったか?給水と治癒は君頼りだからな。しっかり頼むぞ」

「はいっ!任せて下さいっ!」


 シモンに駆け寄った支援隊の水の魔術師が、シモンに激励され、感激している。タカラジェンヌの追っかけみたいだな、と場違いな事を柊也は考えた。




 ***


 ハンターの階級は、上から順に、SS、S、A、B、C、D、E、Fとなり、ハンター登録をしたばかりの者は全てF級からとなる。その後、クエストの達成や討伐した魔物のグレード等の評価で階級が上がり、最終的にA級まで達する事ができる。ギルドが独自認定できるのはA級までで、S級はそのギルドが属する国の承認が、SS級は中原三国全ての承認があって初めて認定される。現在、S級はエーデルシュタインに1人いるが、カラディナとセント=ヌーヴェルには存在しておらず、SS級に至ってはここ30年存在していない。つまり、今回のクエストには、カラディナに100人ほどしかいない最高ランクのハンターが、2人投入されているという事になる。


 なお、柊也がハンターになってからわずか3ヶ月でD級まで昇級したのは、確かに早いが、異例というほどではない。それは素質の有無が大きく影響する。


 ハンターになるには何の資格も縁故も必要ないので、農家の次男坊三男坊や食い詰めた労働者が群がり、すぐにF級としてスタートする事ができる。ここで多数の犠牲や脱落者を出しながら経験を積み、D級まで行ければ、ようやく一人前と呼ばれる世界であった。ただ、D級までなら素質無しでも到達できるが、C級以上となると、素質による魔法や身体能力の向上が必須となってしまう。


 そのため、すでに素質(に相当する魔法)を持っていた柊也は、D級まで容易に到達できたのだ。ついでに言えば、E・F級という廉価で、地も水も治癒も使え、ポーターとしての能力を一通り持っていた柊也は、D~F級のハンターから引っ張りだこであり、それで昇級がさらに早まっていた。


 次に素質の話だが、素質を持つ者全員が魔術師になれるわけではない。むしろ魔術師になれるのは少数派である。


 魔法の発動には、「管制」「形成」「射出」「発動」の4つの工程が必要となる。「ファイアボール」を例にとれば、以下の通りだ。


「汝に命ずる(発動)。炎を纏いし球となり(形成)、我に従え(管制)。空を駆け(射出)、彼の者を(管制)打ち据えよ(発動)」


 ところが、この4つ工程全てを素質として受け取れる者は少なく、大多数の人間はいくつかの工程が欠けた状態となる。その場合、素質は魔法として成立せず、魔術師にはなれない。


 しかし、それは必ずしも欠点というわけではない。ある工程が欠けた事で、残りの工程の効果や効率が向上するのだ。これを活用して、前衛職は自身を強化する。


 例えば、ジルは火の属性を持つが、「管制」と「射出」が欠けている。そのため、「形成」と「発動」を使って武器に炎を纏わらせ、強化を図っているのだ。これが「炎鬼」である。またシモンは風の属性を持つが、「管制」と「形成」が欠けている。そのため、自分の後方に「射出」して爆発させる事で、高速移動に用いる。これが「疾風」というわけだ。


 ちなみに、最も極端な例が、「再生」である。これは光の属性のうちの治癒の素質であるが、「管制」と「形成」と「射出」が欠け、しかも「発動」でさえ自身での制御ができない。そのため、祝福を受けた直後から死ぬまで治癒魔法が自身の体を駆け巡り、その間、本人は常に魔法消費による軽度の疲労を覚えるという副作用まで持つ素質である。その代わり治癒の効果は絶大で、裂傷や切断による怪我はものの数分で治癒し、部位欠損でさえ数十日で回復する。現在、部位欠損を回復する事ができる素質は、この「再生」だけである。「光を極めし者」でさえ、部位欠損を回復する事はできない。能力的な問題ではなく、回復が完了するまで魔力がもたないのだ。


 C級以上のハンターは、ほぼ全員何らかの素質を持つ。つまり今回の討伐隊は、全員素質を持つ精鋭部隊と言えた。




 ***


 ラ・セリエを出発した討伐隊は、ジルを先頭、シモンを殿とし、緩やかな縦隊を形成してコルカ山脈へと向かった。支援隊を中央に配し、前衛に本隊の6名、左右に各1名、後衛に支援隊の護衛を加えた3名という布陣を組む。支援隊の魔術師4名が大量の荷物の入った背嚢を担いでいるのに対し、残りの者は、非常食等最小限の荷物であるのは、明確な役割分担である。戦闘となった場合には、本隊のメンバーが身を挺して支援隊を守る事になる。支援隊の魔術師についても、柊也を含めた土の3名は「ライトウェイト」により見た目より遥かに軽量化しており、フルールは荷物が少ない。自分の役割を認識しており、誰からも不満の声はない。


 出発して7時間ほどで七つ岩まで来た一行は、目撃情報に基づき、一旦ここで散開して2人4組での偵察が行われ、残りのメンバーは支援隊の護衛に務める。その間に支援隊が設営を行い、今日の露営地を整える。設営方法は簡単で、「ストーンウォール」で壁を作り、上に雨除けを張るだけである。土の魔術師が3名もいるだけあって、設営は短時間で完了した。後はフルールが「クリエイトウォーター」で水を生み出し、夕食の準備に取り掛かる。


 結局この日は、七つ岩の近辺でヘルハウンドは見つからなかった。七つ岩を過ぎると、森は一層と茂り、視界が遮られる。明日からは緊張の連続となるであろう。夕食が終わると、一行は明日に備え、本隊のメンバーが2人ずつ2時間毎の不寝番を行う中、早々に就寝した。

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