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失われた右腕と希望の先に  作者: 瑪瑙 鼎
第11章 劫火
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190:直諫

「フリッツが叛旗を翻すとは、また身の程知らずな事を…」


 クリストフから話を聞いたグレゴールは、むしろ呆れたように息をつき、太い腕を組む。ハーデンブルグはガリエルと国境を接する軍事的要衝ではあるが、地の利を得ているだけであり、戦力としては5,000にも満たない。半減したとは言え、未だ4万以上の兵力を誇るエーデルシュタインから見れば、あまりにも寡兵である。しかも、ハーデンブルグの背後をガリエルが常に脅かしており、何時までもこの状態を維持できるはずがない。グレゴールの言葉の後を、クリストフが引き継いだ。


「フリッツは強情な男ではありますが、馬鹿ではありません。彼なりにギリギリの線を見極めて、我々に翻意を促そうとしているのでしょう。流石にあの男も、本気で我々と事を構えようとは思っていないはず。ハーデンブルグに圧力をかけて我々の本気度を示せば、流石にフリッツも観念し、御使い殿を差し出すでしょう」

「それでは、少なくとも数だけは揃えた方が、良さそうですな」

「ええ。グレゴール、いくつ出せますか?」


 クリストフに問われたグレゴールは腕組んだまま暫く押し黙っていたが、やがて低い声で答える。


「…15,000」

「いいでしょう。早速編成に取り掛かって下さい」

「御意」


 クリストフの言葉にグレゴールは頷き、引き続き問う。


「指揮官は如何しましょうか。必要とあらば、私が率いても構いませぬが」

「いえ、そこまでする必要はありません」


 グレゴールの問いに、クリストフが首を横に振る。


「北は示威行為で済みます。であれば、あなたは当初の予定通り中部に展開する軍10,000に合流し、オストラの奪還に取り掛かって下さい。いい加減西を制圧しない事には、カラディナがまたちょっかいを出さないとも限りませんから」

「御意」


 こうしてクリストフとグレゴールの二人は今後の行動について協議を重ねていたが、その二人の許に近侍が近づき、クリストフの前で膝をついた。


「殿下、失礼いたします。コルネリウス・フォン・レンバッハが参内し、至急の面会を求めております」

「…コルネリウスが?」




 ***


「殿下、御使い様への命を、即刻取り下げていただきたい」


 ヴィルヘルムめ…、余計な真似を…。


 コルネリウスの憤怒の様相を見たクリストフは、アンスバッハとレンバッハ、両家のヴェルツブルグの館が隣接していた事を思い出し、内心で舌打ちする。クリストフは、舌打ちを一切表に出さず、静かにコルネリウスを諭す。


「コルネリウス、ヴィルヘルムに何を吹き込まれたか知りませんが、あなたは誤解しています。私は、御使い殿の我が国に対する数々の功績を讃え、我が国が用意できる最も崇高な地位をもってその功績に報いようと考え、王太子妃に迎えるのです。いずれ王妃として私とともにこの国の頂点に君臨し、栄光を共に分かち合おうと思っての事。これほどまでの栄誉を前にして、一体何が不服なのですか?」

「…世迷言はどうでもよろしい」

「世迷言だと!?貴様、殿下を愚弄するつもりか!?」


 クリストフの説明に、コルネリウスはまるで地下に溜まったマグマの様な唸り声を上げ、それを聞いたグレゴールが声を荒げる。しかし、コルネリウスはグレゴールを一顧だにせず、クリストフの氷の壁を焼き切らんと睨み付けた。


「…この一年、我が国の守護神は、いずれにおわしましたか?我々は西誅の役に敗れ、その後リヒャルト王子との内戦に明け暮れ、国の西部を荒廃させた。東と南から健康な男子を引き抜いて西へと送り出し、土地を痩せ細らせた。そのいずれにも、ガリエルは関わっていない。我々はこの一年、本来の務めを忘れ、醜悪な権力争いに終始して国力を大きく損ねたのだ」

「…その間、我が国を守っていたのは、一体誰だ?ここ100年以上例のない、大規模なハヌマーンの攻撃に三度も晒され、亡国の危機に瀕死していたはずの我が国が、見苦しい内乱に(うつつ)を抜かしていられたのは、誰のおかげだ?王家と東と南と西が職務を放擲し、孤立無援となったはずの北が、唯一人責務を全うできたのは、一体誰のおかげだ?」

「彼女が、御使い様が、その身を挺してまで守ったのは、我が国ではない。…北だ。御使い様の御座所であり、第二の故郷でもある北を愛するが故に!その身を投げ出して、我々を救ったのだ!」




「…その御使い様を北から引き離す、ですと?御使い様を現人神と讃え、あらん限りの感謝を捧げる北から引き離し、身勝手な、権力の腐臭と嫉心の渦巻くヴェルツブルグに閉じ込める、ですと!?」

「その通りです、コルネリウス。ハヌマーンの血生臭の届かない、煌びやかで栄光に彩られたヴェルツブルグの新たな希望の光として、輝いていただく」


 クリストフはコルネリウスの熱線を跳ねのけ、氷点下の言葉を叩きつける。


「『ロザリア様の御使い』が放つ光は眩しすぎ、北の無骨なランタンではあまりにも不釣り合いです。彼女の輝きは、ヴェルツブルグの豪奢なシャンデリアこそ相応しい」

「…」

「王太子たる私の命に叛いて御使い殿を引き留め、礼儀を失した書状を送り付けたフリッツには、謀反の疑いがあります。このままでは、長子マティアスと御使い殿との結婚を企て、御使い殿を旗印に地方に割拠するかも知れない。早急に追及の軍を差し向け、フリッツの企みを未然に防ぐ必要があるのです」

「…幾度もの救援の声に耳を貸さず、手を払いのけておきながら、功成った味方を咎め、兵を差し向けるというのか!」

「ぐっ…は、離せ…!」

「コルネリウス!?貴様!」


 クリストフの物言いにコルネリウスが激発し、クリストフへと飛び掛かった。コルネリウスは怒りのあまりクリストフに馬乗りになって襟元を掴んだ手に力を籠め、クリストフの息が止まる。グレゴールや衛兵達がコルネリウスを引き剥がそうと群がる中、コルネリウスは拳を震わせながら、苦しそうに藻掻くクリストフに言葉を叩きつけた。


「功には賞をもって報いよ!これ即ち王道である!罪をもって報いるは鬼道であり、即ち亡へと至る!殿下には、それさえも分からぬのか!?」

「コルネリウス!無礼な!殿下から手を離さんか!」


 やがて、複数の男達によってクリストフから引き剥がされ、コルネリウスはグレゴールらの手で床に組み伏せられる。グレゴールらが全力を注いで、なおも抑えきれない活火山と化したコルネリウスの前で、クリストフは咳き込みつつ立ち上がり、コルネリウスに冷たい視線を浴びせた。


「げほっげほっ…コルネリウス、王太子に対する数々の狼藉、本来ならば万死に値するが、お主のこれまでの功績に免じて命だけは助けてやる。大将軍の地位を剥奪し、蟄居を申し渡す。連れて行け!」

「我が命など、どうでもよい!殿下、亡国の途を歩まれるな!」


 多数の衛兵に取り囲まれ、コルネリウスはなおもクリストフに訴えながら部屋を出て行く。扉が閉まりコルネリウスの後姿が見えなくなると、グレゴールは後ろを向き、未だ息の整わないクリストフに問いた。


「…この場で斬ってしまった方が、良かったのではありませぬか?」

「はぁ…はぁ…いや、それは取るべき手ではありません」


 グレゴールの問いにクリストフは首を振り、やがていつもの口調で答える。


「この1年閑職に追いやられ影響力が低下したとはいえ、未だ軍の中にコルネリウスを信奉する者は多数います。今ここであの男を斬ってしまうと、ただでさえ弱体化している軍が動揺しかねません」

「左様でございますか…」


 グレゴールは納得いかない表情をしつつも頷き、近侍達に服を整えてもらうクリストフの許へと歩み寄る。クリストフは襟元を緩めながら顔を上げ、口を開く。


「グレゴール、方針に変更はありません。至急、兵15,000をもって懲罰軍を編成し、ハーデンブルグへと向かわせなさい。威をもってフリッツの企みを挫き、御使い殿を連れてくるのです」

「御意」


 こうして中原暦6626年 ガリエルの第6月、15,000の懲罰軍がヴェルツブルグを進発し、ハーデンブルグへと進軍する。ハーデンブルグの余命は、後1ヶ月に迫っていた。

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