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失われた右腕と希望の先に  作者: 瑪瑙 鼎
第10章 エミリア
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185:帰還(2)

「族長、急いで下さい!こちらです!」


 若いエルフの男に先導され、グラシアノをはじめとする複数のエルフが、ティグリの森を駆けていた。


 彼らは、真剣な眼差しを前方へと向け、脇目も振らず疾走する。グラシアノ、ナディア、ヘルマン、ティグリ族の有力者、そしてセレーネの幼馴染達。地位も年齢も性別も異なる男女が一丸となって、疾走する。その表情は皆一様に緊張し、辺り一面に張り詰めた空気が漂っていたが、不思議と悲愴さは感じられず、まるで神の降臨の場に馳せ参じる信者の様な、マグマの如く体内から湧き立つ感情を無理矢理理性で押さえつけている様な、静けさを保っていた。


 やがて彼らの前に何処までも広がっていた木々が次第に疎らになり、緑に代わって眩い光が視界を覆う。彼らは森の庇護を抜け出し、燦々と降り注ぐ陽の光にも気にせず、目の前に立ちはだかる巌と、その手前に立ち並ぶ三人の男女の前へと飛び出した。


「トウヤ様!」


 エルフの一団が三人の前で立ち止まり、次々に地面に膝をつく中、ナディアは唯一人立ち止まる事なく前へと躍り出て、中央に佇む隻腕の男の胸元へと飛び込む。男が狼狽して硬直するのも構わず、男の背中に両手を回して激しく掻き抱くと、涙を流しながら男の耳元で歓喜の声を上げた。


「嗚呼、トウヤ様!よくぞご無事で!私達エルフは勿論、サーリア様をはじめとする三姉妹全てを統べられる、いと尊き御方!このグラシアノの妻 ナディアは、あなた様のご帰還を心よりお慶び申し上げます!」

「ちょ、ちょっと、ナディアさん、落ち着いて!」

「ナナナ、ナディア殿!?」

「ちょちょちょ、ちょっと、お母さぁん!?」


 自分の体が一番落ち着いていない柊也が慌ててナディアを宥めるも、ナディアは構わず柊也を抱き締め、ついに外見を誤魔化せなくなった柊也の腰が引ける。やがてナディアが気恥ずかしさで頬を染めながら身を離すと、涙で濡れた顔で柊也の体を眺め、うっとりとした表情を浮かべた。


「嗚呼、トウヤ様、何という神々しいお姿に…。まるで光の如く輝く白…まるで空の様に鮮やかに澄み渡る青…これが天上にて御身を守護したもう、神衣であられますのね…」


 ごめん、ナディアさん。これ、ユ〇クロとリーバ〇スだから。それよりいい加減、そこから目を離して。


 柊也は、目の前でデニムの中心を見つめたまま、陶然とするナディアに心の中で泣きを入れると、背後で膝をついて首垂れる一団へ顔を向ける。柊也の視線に気づいたグラシアノが、首を垂れたまま口上する。


「トウヤ様、御身に些かの煩いもなく、長きに渡る御親征から無事にお帰りあそばされました事、このティグリ族 族長グラシアノ、全エルフを代表し、心よりお慶び申し上げます」

「グラシアノ殿、遅くなりました。おかげさまで、何とか無事に戻って来ることができました。グラシアノ殿も皆さんも、そんな畏まらないで、どうかお立ち下さい」

「それでは主上の御言葉に従いまして、失礼いたします」


 柊也の言葉に、グラシアノは下を向いたまま一つ頷くと、顔を上げて立ち上がる。背後に佇む有力者達がグラシアノに倣って次々に立ち上がる中、グラシアノは柊也達の背後に佇む巌に油断なく目を向けながら、疑問を口にした。


「…ところでトウヤ様、背後に従える、その…岩の様な魔物は、一体何でございますか?」

「ああ…」


 グラシアノの発言に合点がいき、柊也がグラシアノ達の視線を辿る様に後ろを向く。そこには、複数のエルフが剣や弓を構えて警戒する中、柊也達を運んできたボクサーが停車していた。柊也は後ろを向いたまま、グラシアノに答える。


「これは装甲車と言って、私の生まれた世界の乗り物です。言うなれば、鉄でできた馬車です」

「これが馬車ですと!?」

「これが、神の乗り物…」


 柊也の言葉にグラシアノ達が驚きの声を上げ、ナディアが柊也の腰に手を回したまま、肩越しに目を瞠る。その手を振りほどく様にセレーネが二人の間に割り込み、ナディアの手を取って自分に引き寄せた。


「そうなの、お母さん!この車を私とシモンさんが操縦して、サーリア様とエミリア様にお会いしに行ったの!」

「セレーネ、あなた、その恰好…」


 ナディアはセレーネが纏う衣装を見て、驚きの声を上げる。サーリアのメインシステムで服を失ったセレーネは、日本のファッションに身を包んでいた。白のブラウスの上から黒いカーデガンを羽織り、襟元から広がる大きな白いリボンが黒で覆われた慎ましい胸元を飾りたて、幅の広い革ベルトが腰を彩り丈の短いデニムのスカートの先から現れた白い脚が、膝まで届く黒のロングブーツに吸い込まれる。セレーネの美しさを妖しく引き立てる衣装に、ナディアは口に手を当てて思わずほぅ、と息を漏らした。


「素敵よ、セレーネ。神のお召し物を身に纏えるなんて…。お母さん、羨ましいわ…」

「セレーネ!その服、私達にも触らせて!」

「うわ!何これ、凄ぉい!薄くてスベスベじゃない!」

「あ、ちょっと!お母さんもララも、服引っ張らないでよ!アンナは何処に手を突っ込んでるのぉ!?」


 ナディアがセレーネの服に手を伸ばして子供のように羨む中、アンナとララがセレーネを抱き寄せ、生地の肌触りに驚きの声を上げる。グラシアノは、ナディアと幼馴染達に羽交い絞めにされ、撫でまわされるセレーネを捨て置き、柊也とシモンの三人でボクサーを見ながら話を続けた。ちなみにシモンは、三人の中で唯一、この世界の衣服を身に着けている。


「何はともあれ、お車に乗って、広場までお越し下さい。我々は後から走って追いますゆえ」

「いや、グラシアノ殿。私達も此処から先は、皆さんと一緒に歩いて行きます。コレは重すぎて、森を傷つけかねませんし」

「え!?しかし、こんな所にお車を置いたままでは…」


 柊也がボクサーに背を向け森へと歩き出したのを見て、グラシアノ達が慌てて駆け寄る。気遣わしげに後ろを向くグラシアノ達に、柊也が答えた。


「実は私の特殊能力で、あの車はいつでも呼び出せます。その代わり、2メルド以上離れると消えてしまうので、このまま森の中に持ち込んでもいずれ消えてしまいます」

「え!?あんな大きな車が!?」

「ええ」


 柊也の説明を聞いても、グラシアノ達は半信半疑の様相で再び後ろを向き、ボクサーの巨体を眺める。まあ、信じられなくて当然だな。柊也はグラシアノ達の表情を見ながら頷き、話題を変えた。


「それよりグラシアノ殿、私がいない間、中原の状況に何か変化はありましたか?」

「いえ、中原から和平の使者が来て以降、新しい情報は私の耳に届いていません。此処は中原から離れすぎていますから。最近、モノの森に駐屯するミゲル殿がサンタ・デ・ロマハを訪問していますので、彼に最新の情報を聞くと良いでしょう」

「そうですか。ミゲル殿やコレットさん…ミゲル殿が捕えた人族の捕虜は、元気ですか?」

「ええ、二人とも元気です。どうもあの二人、くっついたみたいですよ」

「…え、コレットとミゲル殿が!?」

「ええ」


 二人の話を聞いていたシモンが驚いて口を挟み、グラシアノが頷く。柊也は、口を開けたままのシモンの顔を見て、顔を綻ばせた。


「そりゃあ、良かった。シモン、今度会った時には、お祝いしないとな」

「ああ、そうだな」


 そうして柊也はグラシアノ達に今後の予定を伝えながら一行はティグリの森へと入り、広場へと歩いていたが、途中後ろから聞こえて来るセレーネの声に、柊也は慌てて振り返る。


「トウヤさぁん、何処ですかぁ!?私を置いて行かないでぇぇぇ!」

「あ、やっべ!」

「トウヤ様?」


 グラシアノが訝し気に後ろを向く中、藪の陰から見え隠れするセレーネを見つけた柊也は、手を振って声を上げた。


「おおーい、セレーネ!此処だ、此処!」

「トウヤさぁぁぁぁぁん!」

「ちょっと、セレーネ!?あなた、何でそんなに急いでるの!?」


 ナディアや幼馴染達が後を追いかける中、セレーネは柊也の姿を認めると脇目も振らずに駆け込む。そして、目に涙を浮かべながら柊也の胸元へ飛び込み、二人は勢い余って地面へと倒れ込んだ。


「痛ててて!」

「トウヤさん!もう私を何処にも置いて行かないで下さい!トウヤさんが傍に居なかったら…私…私…ふぇぇぇぇぇ…」

「ゴメンな、セレーネ…悪かったよ…」


 危ういところで露出プレイを免れたセレーネは、柊也に馬乗りになったまま柊也の胸元に顔を埋めると、そのままぐすぐすと泣き出してしまう。そんなセレーネの姿に柊也は庇護欲を覚え、身を起こして震えるセレーネの頭を優しく撫でた。セレーネの後を追ってきた幼馴染が、人目もはばからず抱き合う二人を見て、呆れた声を上げる。


「…男と手も繋いだ事がなかったセレーネが、ここまで溺れるだなんて…」

「片時も離れられないなんて…ズブズブじゃない」


 頭上から降りかかる幼馴染の台詞に、セレーネが柊也の上で蹲ったまま硬直する。そして一同が二人を見下ろす中、セレーネはプルプルと震え始め、やがて顔を真っ赤にして勢い良く振り返った。


「ちちちち、違うから!アンナ、ララ、それは誤解だから!これはただ単に、私がトウヤさんから離れられないだけで…!」

「「それを、男に溺れるというのよ」」

「違うのぉぉぉぉぉっ!そぉじゃなくてぇぇぇぇぇっ!」


 柊也に跨ったまま、顔を真っ赤にして幼馴染に弁解するセレーネの姿を、ナディアは微笑ましく、グラシアノは拗ねた様な顔で、眺めている。


 中原暦6626年ガリエルの第4月。感謝祭明けのティグリの森は、10ヶ月ぶりの主の帰還に、喜びに沸いていた。

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