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失われた右腕と希望の先に  作者: 瑪瑙 鼎
第10章 エミリア
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183:新たな門出(2)

「…ど、どうだった?ミゲル」


 部屋の中で一人、落ち着かない様子で待っていたコレットは、扉を開けて入ってきたミゲルの姿を認めると、不安気な面持ちで問う。コレットの問いに、ミゲルはしかめっ面を浮かべながら答えた。


「最初は驚いていたが、納得はしてくれたよ。何より、お前と俺の誓い(こっち)の方が先だからな。流石にリアナもその辺は良く理解しているし、受け入れてくれている」

「そう…良かったぁ…」


 ミゲルの答えを聞いたコレットは、張り詰めていた緊張の糸が切れ、崩れる様に椅子の上にへたり込む。脱力のあまり上半身を支えきれず、膝に手をついて俯くコレットの頭を見やりながら、ミゲルは腕を組み、眉を上げる。


「だが、俺ができるのは、此処までだ。個々の誓いが複雑に絡み合ってしまっているが、矛盾は生じていない。これで個々の誓いの間で矛盾が生じていれば、族長会議を招集して矛盾を解消するという手もあったんだが、今回はそれも使えない。そもそも、そんな事態は、100年に一度あるかないかだぞ」

「ぞ…族長会議で協議されるほどの大事なのか…」


 ミゲルの口から飛び出した無情な結論に、コレットはあんぐりと口を開け、明らかに不機嫌なミゲルの顔を見る。ミゲルは、舌打ちを堪える様に口を歪め、眦を上げてコレットを叱り付けた。


「コレット、だいたいお前はサーリア様への誓いを軽く考えすぎる。普通、サーリア様への誓いと言えば、夫婦の契りを除けば、エルフでも一生に一度か二度しか行われないものだ。なのに、何でお前の周りだけ、こんなに誓いが入り乱れているんだ!?」

「私にそんな事を言われても…」


 凶相と化したミゲルの叱責に、コレットは両膝に手をついたまま、しょげ返る。サーリアの誓いの集中度で言えば柊也が群を抜いているが、彼の場合はエルフから見れば神みたいな存在なので、次元が違う。それに比べると、コレットはただの人族であるのにも関わらず、複数のエルフからサーリアの誓いを受けており、しかもコレット自身も他者に誓いを立てているので、非常にややこしい相関関係が誕生していた。


 声を荒げたミゲルは自分の心に整理をつけるかのように大きく溜息をつき、項垂れるコレットの頭を見ながら、宣言する。


「何にせよ、お前とリアナの姉妹の誓いが成立している事に、変わりはない。リアナの想いにしっかりと応えてやれよ」

「ミゲルぅ…」


 ミゲルの宣言に、コレットは捨てられた子犬の様な、情けない声を上げた。




 ***


「ふーんふふーん、ふーん、ふーん…」

「…」


 台所に立つリアナは機嫌良く鼻唄を歌いながら、慣れた手つきで野菜を切り、鉄鍋へと放り込んでいく。エルフの中では豊満な部類に入る、起伏に富んだ姿態をリズミカルに揺らし、リアナは楽しそうに鉄鍋を振って素材を炒めていく。そのリアナの左右に揺れる後姿を、コレットは食卓の椅子に座りテーブルに頭を乗せたままぼんやりと眺め、そのコレットの力ない姿をモニカとエリカの二人が、テーブルに肘をついて頭を乗せたまま、興味津々の様子で眺めていた。


「…お姉様、そろそろリリアの粉を溶いた水を入れても、大丈夫ですか?」

「…え?…あ、ちょっと待ってね」


 振り返ったリアナに声をかけられ、コレットは我に返ると席を立ち、リアナの脇に並んで鉄鍋を覗き込む。


「ああ、良い塩梅だ。一旦野菜を鉄鍋から空けて、調味料を入れて煮立たせておくれ」

「え?ここに、リリアの溶き水を入れるんじゃないんですか?」

「ああ。このまま味付けを進めると、野菜がしなり過ぎて歯ごたえがなくなっちまう。リリアのトロみがついた後、最後に野菜と肉を入れるんだ」

「はい、わかりました」


 コレットの指摘にリアナは嬉しそうに微笑むと、野菜を取り出し、空になった鉄鍋に手際良く調味料を放り込んでいく。コレットは、鉄鍋に放り込まれる調味料の煮立ち具合に気を配りながら、そのリアナの様子を窺った。


「…お姉様」

「ん?何?」


 鉄鍋の中をかき回しながらリアナが声をかけ、鍋の煮立ち具合に気を取られていたコレットがリアナに顔を向ける。その一瞬の隙をついてリアナが首を伸ばし、コレットの唇を奪う。


「ん」

「!?…リ、リアナ!」


 コレットの唇を啄んだリアナは眩いばかりの笑みを浮かべ、コレットは思わず口に手を当て、顔を真っ赤にして体をのけ反らせる。そのコレットの大げさな動作を見て、リアナの表情が曇った。


「お姉様…もしかして私が居ると、ご迷惑ですか…?」

「ととと、とんでもない!リアナ、君と一緒に居られて、私は凄く嬉しい!」


 リアナの不安気な表情を見たコレットの脳裏に「自害」の文字が横切り、コレットは慌てて言い繕う。そして取って付けた様な笑みを浮かべながら、探る様に言葉を続けた。


「でも、リアナ。君はこんなに綺麗なのに、私みたいな女と一緒に居たんじゃ勿体ないよ。君に相応しい男は沢山いるんだから、もう少し周りをよく見て…」

「そんな!私、もしお姉様に捨てられたらと思うと、ショックのあまり鍋の中にジョカの葉を取り落としそうに…」

「オーケー!君のその海よりも深い愛は良く分かったから、ヤンデレ化するのは止めようね!」

「はい!お姉様!」


 コレットは、リアナの目に浮かぶ涙を見て急いでリアナを抱きしめ、リアナもコレットの背中に腕を回し、二人は互いの愛を確かめ合う。そしてコレットは料理の盛り付けをリアナに頼むと、食卓へと戻り、テーブルの上にうつ伏した。


「あぁぁ…」


 テーブルの上に、コレットの溜息と魂が広がる。その姿を見たモニカとエリカは互いの顔を見合わせ、うつ伏したままのコレットの両の耳元に顔を寄せる。


「「ねぇ、コレットさん…」」

「…何だい、モニカ、エリカ?」




「「…私達も、コレットさんと姉妹の誓いを立てた方がいい?」」

「君達は私の事なんか気にせず、自由で素敵な人生を歩もうね!」




 ***


「お姉様、荷物運ぶのを手伝ってくれて、ありがとうございます!」

「ああ、気にしないでいいよ」


 服や荷物を机の上に置いたコレットにリアナが深々と頭を下げ、コレットが笑いながら手を振る。リアナは頭を上げると、部屋の脇に置かれた大きな戸棚を開けながら、コレットに尋ねた。


「お姉様、私の荷物も此処に入れて構いませんか?」

「ああ、構わないよ。私の荷物は大してないからね」

「はい!」


 リアナはコレットに向かって嬉しそうに微笑むと、戸棚の奥に手を突っ込んで自分の荷物を並べ始める。コレットはベッドに腰を下ろして体を休めながら、片付けをするリアナの後姿を眺めていた。


 昼食を摂った後、二人は攫われる前のリアナの家へと向かい、残っていためぼしい家財を持って、コレットの部屋へと運んでいた。リアナは西誅の際に家族全員が殺されて天涯孤独となっており、それを聞いたコレットが近所への引っ越しを提案したのだが、リアナのごり押しに負け、結局二人はコレットの部屋で同棲する事になった。


「…これで良し、と…後は…」


 戸棚の片づけが終わったリアナは、手を叩きながら腰を上げる。そして机の上に残された大きな枕を抱えると、鼻唄を歌いながらコレットのベッドへと向かい、枕を二つ並べ始めた。それを見たコレットは慌てて腰を浮かし、声をかける。


「ちょ、ちょっとリアナ…」

「え?お姉様、一緒ではいけませんか?」

「い、いや、そうじゃないんだけどさ、せっかくベッドが二つあるんだし…」


 恐る恐る提案するコレットの姿を、リアナはベッドの脇に佇んで静かに見つめる。するとリアナは少し寂しそうな笑顔を浮かべ、口を開いた。


「…大丈夫ですよ、お姉様。そんなに心配なさらないで下さい」

「…え?」


 リアナは、予想外の言葉を受け驚いた顔をするコレットの手を取ると、自分の胸元に引き寄せながら言葉を続ける。


「ミゲル様から、お姉様とミゲル様の誓いは、伺いました。私は別に、お姉様とミゲル様との間を裂きたいわけではありません。私達エルフにとって、サーリア様への誓いは神聖なものです。私は、お姉様の妹としてお姉様の立てられた誓いを尊重し、その上でお姉様と人生を共に歩んでいきたいのです」

「…」

「お姉様、どうかミゲル様への想いを抑えないで下さい。私は、お姉様の事を応援しています。その上で、どうか私の事も見て下さい…」

「リアナ…」


 コレットは、自分の手を力一杯握りしめ、その上で穏やかな笑みを浮かべるリアナの眼差しに縫い付けられる。やがて、リアナの手が震え出したのに気づいたコレットは、空いた手をリアナの頬に添えて、優しく答えた。


「ありがとう、リアナ。安心して。私がリアナの事を傷つけるわけがないじゃないか」

「本当ですか!?」

「ああ、勿論だよ」

「嬉しい、お姉様!」


 リアナの縋るような表情を前に、コレットは眩しい笑顔を浮かべて大きく頷く。だって、傷つけたら自害だもん。


 コレットの笑顔を受け、リアナは満面の笑みを浮かべてコレットへと抱きつく。そして、コレットの胸元で俯きがちに目を伏せながら、おずおずとした表情で口を開いた。


「そうだ、お姉様。一つ、お聞きしたい事があるんですけど…」

「何だい?リアナ」




「…ミゲル様って、ジョカの葉のお浸しは、お好きかしら?」

「私はヤンデレ化していない君の方が好きだなぁ!」

「本当ですか!?私は、お姉様の全てが大好きです!」

「リアナ、ちょっと待っ…んむぅ!」


 コレットの告白を受け、リアナは湧き上がる歓びの赴くままにコレットをベッドへ押し倒し、その唇を奪う。リアナはそのまま溢れる想いをコレットへと送り届け、モニカとエリカは、隣室から聞こえて来る物音に顔を真っ赤にして、耳をそばだてていた。




 ***


「…で、お使いと称して、此処に逃げてきたのか…」


 ミゲルは自室のベッドに腰を下ろし、腕を組んで舌打ちを堪えたまま、コレットを見下ろす。コレットは、ミゲルの目の前で床の上に正座し、躾けられたペットの様に項垂れている。


「…ヤ、ヤバい。アレはヤバい。何がヤバいって、同じリアナとは思えないアグレッシブさもヤバいし、それに流されてしまう私もヤバい」

「…」


 コレットを見下ろすミゲルの目が次第に険しさを増しているのにも気づかず、コレットは俯いたまま焦燥の念を口にする。思えば、過去の自分は全て男から言い寄られ、その熱意に流されて愛を育んで来た。その事に今更気づいたコレットだったが、まさか同性にまで適用されるとは、予想していなかった。


 自分に自信が持てないコレットは一縷の望みを賭け、ミゲルにアドバイスを乞う。


「な、なぁ、ミゲル、何か良い手はないかい?サーリア様への誓いを反故にするつもりはないけど、リアナをもう少し落ち着かせる方法か何かあれば…」

「…嘘だったのか?」

「い、いや、別にサーリア様への誓いが嘘というわけじゃなくて…」




「…お前が、身も心も俺のモノだと言っていたのは、嘘だったのか?」




「…え?」


 ミゲルの口から飛び出た予想外の言葉に、コレットは驚いて顔を上げる。コレットの視線の先で、ミゲルが顔を赤くし、不貞腐れた様な目でコレットを睨み付けている。


「ミ、ミゲル、アンタ、急に何を言って…」

「お前がギルドハウスで言っていた事は、嘘だったのか?」

「…ぁ…」




 ――― 私がペドロなんかに身を委ねるわけが、ないだろ。私はもう、身も心も旦那様のモノなんだ。


 ――― こうして目を閉じて集中すれば、この建物の中の会話は手に取るように分かるさ。




「…あああ、アンタ、まさか、アレが聞こえて…」

「…」


 サンタ・デ・ロマハで発した呟きを思い出し、コレットの頭が沸騰する。突然の事に狼狽したコレットは、顔を真っ赤にしたまま大声を上げた。


「アンタ、何勝手に他人の独り言を盗み聞きして…!」

「…嘘だったのか?」

「!」


 あまりの恥ずかしさに非難の声を上げたコレットだったが、自分を睨み付けるミゲルの声のトーンと、眉の端が下がったのを見て、慌てて軌道修正する。


「嘘なわけがないだろ!そうだよ!私はもう、身も心もアンタのモノだよ!悪かったな!」

「そうか」


 コレットの涙目の告白にミゲルは、顔を赤くしたまま留飲を下げる。そして、左手を伸ばしてコレットの顎を掴み、自分の手元へと引き寄せた。


「この唇は、俺のモノか?」

「!…ア、アンタのだ」


 ミゲルは右手を伸ばし、コレットの胸を鷲掴みにする。


「この胸は、俺のモノか?」

「ああ、アンタのだ」


 ミゲルは右手を伸ばし、コレットの起伏に富む腰に手を這わす。


「この体は、俺のモノか?」

「ああ、アンタのだよ!ミゲル、私はアンタの事が大好きなんだよ!」

「俺もだ。コレット、お前を愛している」

「あ、ミゲ…んむ…」


 ミゲルはコレットの後頭部に左手を回し、荒々しく唇を奪って体を引き寄せ、ベッドへと押し倒す。コレットもミゲルの後頭部に両手を回し、唇を重ねたまま、その身を委ねる。


 刻一刻と静けさを増す暗闇の中で、一対の命の炎が、熱く高らかな音を立てて、激しく燃え上がっていった。

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