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失われた右腕と希望の先に  作者: 瑪瑙 鼎
第10章 エミリア
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176:コレットの誓い

「…さっき噂と言っていたが、信憑性はあるのかい?」


 すぐさま立ち上がりそうなミゲルの肩に手を置き、逸るミゲルを宥めすかしながら、コレットが尋ねる。カルロスは頷き、言葉を続けた。


「ペドロがモノから戻った後、酒の席で口を滑らせたのまでは、裏が取れている。『俺はついに、理想の女を手に入れた』とな。奴が使役派に与するのも、エルフの女性が持つ美貌と永遠とも言える若さへの執心から来るものだからな」

「まったく、下種な男って言うのは…胸糞が悪くなる話だねぇ…」


 カルロスの話を聞いたコレットは、辛酸を舐めたかつての自分を思い出し、顔を顰める。最初は、未熟で無垢で若さと美貌だけが際立った、青い果実。その後は腕が立ち、男を魅了する肢体と色香の漂う美貌を兼ね備えた、熟した果実。どちらの自分に対しても、芳香な果肉だけに目を奪われ、その実をしゃぶり尽くそうとする下心丸出しの男達が、数多く手を伸ばしてきていた。


 幸いな事に、彼女自身は若干の運と相手を見る目に恵まれ、そう言った輩に身を委ねる事なく、誠実な男と短くも夢のある時間を過ごす事ができた。だが、攫われたモノの娘は己の身を委ねる相手を選ぶ事さえできず、望まない男の欲望のはけ口にされている。コレットは、同じ女として、醜悪な男と同じ種族に生まれた者として、一本気すぎるエルフの気質を好ましく思う者として、モノの娘の境遇を憂い、憤りを覚えた。


「一刻も早くモノの娘を助けに行かなければ!男どもを集めてくる!」

「ちょっと落ち着きなよ、ミゲル。もう少し待っておくれよ」

「何故だ!?コレット!」


 肩に置かれた手を振り払う様にして勢いよく立ち上がったミゲルに対し、コレットが諫める。憤懣やるかたない表情のミゲルに、コレットが気遣わしげな目を向けた。


「そのままサンタ・デ・ロマハに雪崩れ込んで、人族と事を構えるつもりかい?それじゃ、西誅の二の舞になるよ?」

「ぐ…」

「ほら、もう一度座りな」


 心の傷を抉られ、棒立ちしたまま苦悩するミゲルの手をコレットが引き、腰を下ろさせる。コレットはそのまま拘束するかのようにミゲルに腕を絡め、カルロスとの話を続けた。


「カルロスさん、アンタもそこを危惧しているんだろ?」

「ああ、その通りだ、コレット殿。エルフ側にあなたが居てくれて、助かったよ。正直、どう宥めようか、悩んでいたんだ」


 カルロスは嘆息すると、居並ぶエルフの面々を見渡して宣言する。


「モノの娘を助ける、それは大前提だ。だが、そこで事を収めて、それ以上事態が燃え広がらないようにする必要がある。でないと、エルフと人族間の諍いに発展し、西誅の再来を招きかねないからな」




「…今のサンタ・デ・ロマハは、どんな塩梅だい?」


 コレットがカルロスに問う。カルロスとの会話に集中するあまり、他方への警戒が疎かになったコレットは、いつの間にかミゲルにしがみ付いていた。カルロスは、目の前で繰り広げられる場違いな光景に可笑しくなるが、咳払いをして神妙な顔つきを整えると、コレットの問いに答える。


「西誅軍の前に陥落した事で、大きく様変わりしたよ。国王と王太子が斬られ、今は軟禁されていた王弟が新王となったが、はっきり言えばお飾りだ。今はフレデリク・エマニュエルという、カラディナの軍人が執り仕切っている」


 そう答えたカルロスは腕を組み、難しい顔をする。前国王のパトリシオ3世であればパイプを持っていたカルロスだったが、政変によって失われ、何の力も行使できない立場となっていた。だが、何らエルフの力になれない事に臍を噛むカルロスの前方から、意外な声が上がる。


「…それなら、何とかなるかも知れないねぇ…」

「…え?」


 思わず顔を上げたカルロスの目の前で、コレットがミゲルに密着したまま体を揺すり、プレゼントをねだる様な声で尋ねる。


「…なぁ、ミゲル。確かアンタ、フレデリクとの仲は悪くなかっただろ?」

「ああ、アイツらの解放が伝えられた後に、前祝いと称して一回飲んだよ。アイツらとなら、今後も上手くやっていけると思う」

「…コレット殿、一体どういう事だ?」


 事情を飲み込めないカルロスが、前のめりになって尋ねる。それにコレットが答えた。


「フレデリクをはじめとする西誅軍首脳部は、半年に渡ってエルフの地に抑留されている。だが、それは彼らを罰するためではなく、人族とエルフ、両種族の相互理解と融和のためなんだ。…カルロスさん、フレデリクと繋いでくれないかい?彼と共同戦線を張ろう」




「…エルフにも知恵者がいるものだな。もう、そこまで手を回していたのか」


 カルロスが、半ば呆然とした表情で呟く。カルロスも、エルフの一本気すぎる気質を好ましく思う一人だったが、その分こういった根回しや計略に疎い種族である事を知っていた。カルロスに呟きに、コレットが苦笑する。


「流石にアイツも、此処まで読んで手を打ったわけじゃないよ。あくまで結果論さね。…だが、せっかく実った成果だ。遠慮なく拝借しようか。アイツも自分の策が役に立ったと、喜んでくれるだろうよ」




 ***


「…という事があったらしいんだ」


 カルロスとの協議を終え明日の出発を約束したコレットは、ミゲルとともに家に戻り、双子へと説明する。人族とのいざこざを極力避けるために救出隊は数を絞られ、ミゲルとコレットの他、ラトン、モノから選抜された6名のエルフの男達を加えた8名となった。


 コレットから話を聞いたモニカとエリカは、不安気な表情を浮かべ、顔を見合わせる。


「それって…リアナさんの事かな…」

「うん…それしかないと思う…」

「え?モニカ、エリカ、心当たりがあるのかい?」


 双子から飛び出した意外な言葉に、コレットが目を瞬かせる。双子はコレットを見て頷き、事情を説明した。


「うん、コレットさん。人族に囚われた人達に聞いたんだけど、虜囚となった人達の中で一人だけ、行方の分からない人がいるの」

「リアナさんと言って、モノの女性の中で一二を争う美貌の持ち主なの」

「そうか…」


 双子から情報を聞き、コレットは眉を寄せて唇を噛む。双子から得た情報は、ペドロがエルフを欲する理由と符合する。容姿という、自分の選択に因らない生来の特徴によって囚われ、未だに苦しみと辱めを受けているであろうリアナの事を想い、コレットは心を痛める。やがて、彼女は決然とした表情で顔を上げ、モニカとエリカの目を見て宣言した。


「と言うわけで、私はミゲル達とともにリアナを救出するため、サンタ・デ・ロマハへ行ってくる。エリカ、モニカ、二人には悪いけど戻って来るまでの間、お留守番を頼んだよ」

「「嫌よ」」

「へ?」


 高らかに宣言したコレットだったが、速攻で二人から拒否され、思わず間の抜けた声を出してしまう。モニカとエリカの二人は、そのコレットの腕を一本ずつ取り、慎ましい胸に抱え込んで決意を表明した。


「だって私達、コレットさんの事を、命を賭けて守るって誓ったじゃない!コレットさんがサンタ・デ・ロマハに行くのであれば、当然私達もついて行くわ!」

「そうよ!私達もサンタ・デ・ロマハに連れて行って!」

「ちょ、ちょっと待っておくれよ、二人とも。遊びじゃないんだよ?」

「「だから言っているのよ!」」


 二人の決意表明を聞いたコレットは、しどろもどろで翻意を促すが、二人の強固な意思の前にあえなく打ち砕かれる。


 こ、こんなところで「サーリアの誓い」が枷になるだなんて。


 打開策が思い浮かばず、困惑するコレット。その、モニカとエリカの二人に両腕を取られ、立ち往生したコレットの後姿を見ていたミゲルは、大きな溜息をついてコレットの肩を叩き、双子へと宣言した。




「なら、モニカ、エリカ、これならいいだろう?…ラトン族 族長ウルバノの息子 ミゲルは、モニカとエリカの二人に代わり、コレットの身を命を賭けて守り抜く事を、サーリア様に誓おう」




「あ、はい。それなら大丈夫です」

「ミゲル様、コレットさんの事、よろしくお願いします」

「ああ、任せておけ」


 ミゲルの言葉を聞いた二人はあっさりと手を引き、ミゲルに対し深々と頭を下げる。ミゲルは二人の頭を眺めながら鷹揚に頷き、もう一度コレットの肩を叩いて声をかけた。


「よし、これで全部片付いたな。じゃあ、コレット。明日また呼びに来るから、それまでに準備しておいてくれ。…コレット、どうした?」

「ちょちょちょ、ちょっと待っておくれよ、ミゲル!?い、今の誓いは、一体何なんだい!?」


 手を置いたコレットの肩が震えているのに気づいたミゲルが目を向けると、コレットが顔を真っ赤にしながら、ミゲルの顔を凝視していた。その鬼気迫る表情にミゲルは怪訝な表情を浮かべ、尋ねる。


「何だ?コレット、お前、何か不満があるのか?」

「ちちち、違うんだよ!ア、アンタから一方的に言われただけじゃ、不公平だろ!?」


 そう言い放ったコレットは、肩に置かれたミゲルの手を取って自分の胸の前に持ってくると、ミゲルの手を両手で包み、顔を赤らめたまま上目遣いでミゲルの顔色を窺いつつ、小さな声で呟いた。




「…わ、私、ラ・セリエのコレットは、ラトン族 族長ウルバノの息子 ミゲルを、しゅ、しゅ、主人と定め、彼の傍らを離れず、彼に一生を、さ、捧げる事を、サーリア様に、ち、誓います…」




「…コレット、お前は人族なんだ。わざわざ俺達の流儀に合わせる必要は、ないんだぞ?」

「ななな、何だよ!?ミゲル、わ、私の誓いの言葉は、受け取れないっていうのかい!?」


 頭上に放たれた盛大な溜息を聞き、コレットは勢い良く顔を上げてミゲルを問い詰める。耳まで真っ赤にしながら涙目で睨むコレットの剣幕に、ミゲルは体をのけ反らせながら答えた。


「そんなわけが、ないだろう。種族が何であれ、我々にとって、サーリア様への誓いは神聖なものだ。お前のサーリア様への誓いは、このミゲルがしっかりと受け取った。これでお前は、正式に俺のモノだ。お前の事は俺が責任を持って面倒見るから、これからもよろしく頼むぞ、コレット」

「ももも、勿論だとも!だから、何処へでも私を連れて行っておくれよ!…だ、旦那…様…」


 自分が発した言葉に腰を砕かれ、コレットは椅子の上にへたり込む。顔を真っ赤にして俯いたまま、暴れ回る心臓を両手で押さえるコレットの両脇に双子が駆け寄り、両耳から小声で話しかけた。


「…良かったね、コレットさん。ミゲル様に誓いを受け取って貰えて」

「…私達は、コレットさんの後でいいから。私達の事は気にせず、早く幸せを掴んでね」

「ア、アンタ達…!?」


 茹蛸のように顔を赤らめ、狼狽したまま双子に顔を向けるコレットの姿を見て、モニカとエリカの二人がくすくすと笑い出す。


 ミゲルが訝し気な顔をして見下ろす中、三姉妹は密やかな話題に花を咲かせていた。

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