12:残された者たち
7日目にして、ついに捜索は打ち切られた。
美香に対する過剰なまでの気遣いと、腐敗の進行に伴う溺死体の浮揚の可能性から、規模を縮小しながらも異例と言える長期の捜索が続けられたが、ついに柊也は行方不明のまま打ち切られる事となった。
捜索の打ち切りの報を、美香は王城で受けた。
美香は結局3日間リーデンドルフに滞在していたが、結果には繋がらず、その身を案じるレティシアとカルラに説得されヴェルツブルグに戻り、自室で吉報を待ち続けた。その間部屋から一歩も出ず、もちろん魔法の訓練もせず、ひたすらソファに座り、待ち続けた。傍らには常にレティシアが付き添い、カルラは二人が体調を崩さないよう身辺に気を配り、駆けずり回った。
「どうしよう…、私、独りになっちゃった…」
捜索打ち切りの報を聞いた美香は、ソファの上で両膝を抱え込んだまま、力のない感情の欠けた声で呟く。それを耳にしたレティシアは、美香を即座にディークマイアー邸に連れていく事に決め、その場で美香を抱きしめた。レティシアの意を酌んだカルラが各所への調整を行い、美香の悲しみを慮ったリヒャルトにより承認され、その日の夜には美香はディークマイアー邸に身を寄せる事となった。
***
7日後、ヴェルツブルグの郊外において、柊也の葬儀がしめやかに執り行われた。参列者は少なく、美香の他には、王家の名代としてリヒャルトが、またディークマイアー家から当主のフリッツとレティシアが参列した以外は、3家の名代が見えたのみであった。ハインリヒは捜索が打ち切られて以後謹慎しており、参列していない。
「ロザリア様、あなたの御許にのぼるかの御霊に、安らぎを与えられんことを。そして幾多の安寧の後、再びこの世に生を賜らんことを」
教皇の名代として遣わされた司教が聖句を唱え、式は厳かに進む。遺体の見つからなかった彼の棺には、召喚時に身に着けていた物が代わりに納められ、埋葬された。
美香は式の間ほとんど身動ぎもせず、その場に佇んでいた。レティシアから借り受けた喪服に身を包み、顔をベールで覆い、終始俯いたままだった。その表情はベールに隠され、伺い知ることはできないが、先日ディークマイアー邸を訪問して彼女の憔悴ぶりを目にしていたリヒャルトは、彼女の悲嘆ぶりを思うといたたまれず、彼女にお悔やみの句を告げると、早々に辞した。
式が終わった後、美香はしばらく独りで柊也の墓の前に佇み、ベールで顔を隠したまま何か話しかけていたが、やがてレティシアに引かれ、墓地を後にした。
***
柊也が行方不明になってから1ヶ月。謹慎が明け、久しぶりにリヒャルトの下を訪れたハインリヒは、リヒャルトから予想もしなかった事実を突きつけられる。
「え…、ミカ殿が辺境伯領へ?」
「ああ、先日フリッツが参内してな。すでに陛下から承認を得ている」
「一体、どうして」
「あの日以来の、彼女の悲嘆ぶりは耳にしているだろう?フリッツの申すところによると、ミカはシュウヤ殿が亡くなられたこの地を疎んじており、どうしても去りたいと言ってきかないらしい。ディークマイアー邸に閉じ籠ったままの日が続いており、このままでは彼女も心身を損ねるおそれが出ていた。そのため、フリッツの帰省に合わせ、一旦ヴェルツブルグを離れて辺境伯領での静養を提案したところ、ミカが了承したそうだ。レティシア嬢も同行する」
リヒャルトは、ハインリヒに説明しながら、その時の事を思い出す。美香がディークマイアー邸に身を寄せた翌日、リヒャルトは美香を見舞いにわざわざディークマイアー邸を訪れた。その時の美香は憔悴しきっており、目も当てられない様子だった。一晩中泣きはらしたのか、目は真っ赤に腫れ、隈も色濃く残っていた。にも拘わらず、リヒャルトに対しての気遣いか、無理に笑みを浮かべる姿があまりにも痛々しく、カルラの無言の圧力もあってリヒャルトは早々に退散する事になったのだ。
「し、しかし、何故、最も遠い辺境伯領なのですか?」
「やはり、レティシア嬢との友誼が一番の理由だろうな。二人の親密ぶりは私もよく耳にしている。シュウヤ殿亡き後、ミカが心を許す者は、レティシア嬢ただ一人と言っても過言ではない。彼女に一刻も早く立ち直ってもらうためにも、レティシア嬢の存在は欠かせないだろう。それに、辺境伯領は自然も豊かで、何よりも対ガリエルの最前線だ。ミカが立ち直り、人族の先頭に立つにあたって、まず最初に訪れる場所でもある。であれば、最初からその場に居た方が、都合も良かろう」
「で、ではせめて、私も同行いたします」
「すまんが、それも許可できない。お主にとっては誠に不本意だろうが、ミカにとって、お主は唯一、シュウヤ殿の死の責任を追求できてしまう相手なのだ。ミカは聡明な女性だが、今はまだ彼女の心の整理がついておらず、お主と会った時にどの様な言葉を吐いてしまうか見当がつかない。お主とミカとの関係が修復不可能になる事は、王家としても看過できないのだ。ミカの魔術指導については、辺境伯領に駐在する魔術師が引き継ぐと、フリッツも申しておる。納得できないところがあろうが、今は堪えてくれ」
こうまでリヒャルトに言われてしまうと、ハインリヒとしても引き下がる他になかった。
それから3日後、美香はフリッツ及びレティシアに伴われ、辺境伯領へと出立した。カルラは、リヒャルトに対し引き続き美香への奉公を願い出て、美香の動向を定期的に知らせる事を条件に許された。出立にあたって人々の見送りはわずかで、ディークマイアー一行は、静かにヴェルツブルグを後にした。
こうして美香の、3ヶ月に渡るヴェルツブルグでの生活が、幕を閉じた。
***
「そうですか。ミカ殿が出立されましたか」
執務室で書類にサインをしていたフランチェスコは、司教から報告を受けるとペンを置き、報告者を見据える。
「シュウヤ殿には、申し訳ない事をしました。この世界に召喚しておきながら、何一つ報いる事が出来ず、非業の死を遂げられたのですから。ミカ殿のご様子は?」
「未だにシュウヤ殿の死から立ち直られてはおられないようで、心身にも影響が出ているご様子。我々としては、今彼女にこの地を立たれるのは不本意ではございますが、やむを得ない事かと」
「致し方ありませんね。本人のお気持ちは十分に理解できます。我々としては、一刻も早く立ち直られるのを待つしかありません。辺境伯領の司教には、ミカ殿に対し、できうる限りの支援を行うとともに、この件について報告を密にするよう、指示して下さい」
「御意」
フランチェスコは、この世界で最も影響力を持つ宗教のトップとしては、常識的な感覚の持ち主であった。そのため、柊也と美香を襲った不幸に対し、彼らを招いた者としての責任を感じていた。しかし、彼にとって最も優先すべきことは、教団の維持と教義の遂行に他ならない。ゆえに、美香に関する報告を受けても、その態度にはいささかの揺らぎもなかった。
「ところで、お二人の神託について、解析は完了しましたか?」
「ミカ殿については既知の範囲でしたので完了しておりますが、シュウヤ殿については難航しております。過去の蔵書との照会も開始しておりますが、おそらく結果が判明するのは、年単位で先になろうかと」
「仕方ありませんね。ただ、実際に彼は何ら力を発揮しないまま亡くなられましたし、当初の見解で概ね間違いがないでしょう。すでに亡くなられていますし、急ぐ必要はありません」
「御意」
そう報告を受けると、フランチェスコは司教を退室させ、物思いにふける。
昨年もガリエルの攻勢は厳しく、わずかではあるが、また人族の生存圏が狭まった。ミカ殿の心痛は察するに余るが、それでも一刻も早い快復が望まれる。何とか遅れを半年以内に抑え、今度こそ北伐を成功させなければならない。
フランチェスコは新たな決意を胸に、ロザリア教の教皇として人族の導き手としての責任を全うすべく、再びペンを取り、職務を再開した。