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失われた右腕と希望の先に  作者: 瑪瑙 鼎
第8章 引き裂かれた翼
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126:後背者達

「ドミニク・ミュレー。奴をどうやって出し抜き、排除するか。それが、最初の難関だ」


 テーブルに肘をつき、顔の前で手を組みながら、リヒャルトが陰鬱な意見を述べる。それに対し、ギュンター、ダニエルも異を唱えず、黙ったまま頷いた。


 ドミニク・ミュレー。西誅軍の各司令のうち、唯一敗戦を喫していない男。リヒャルト達の後背を守っているはずのドミニクを、リヒャルト達は敵と認めていた。


 実のところ、彼が敵になるであろう事は、リヒャルト達にとっては明白であった。ドミニクは、確かに敗軍の将にはなっていない。しかし、彼の兵は違っていた。西誅軍はサンタ・デ・ロマハにおいて大草原へ進軍するために大幅な軍の再編を行い、素質に依存しない正規兵を中心に侵攻した。そのため、ドミニク麾下の南方軍も9割以上が大草原へと進軍し、そのうちの3分の2が大草原で命を落としていた。


 つまり、ドミニク自身も麾下の兵損失の責任を取らなければならない。そして、それを回避する方法が、リヒャルト達を拘禁し、全ての責任を取らせる事であった。また、ダニエルとドミニクではダニエルの方が上席であり、この機会にライバルを粛正するという副次目的もあった。


 エルフ達は未だ時期を明確にしていないが、リヒャルト達をいずれ解放する事を約束している。そして現時点では、リヒャルト達が解放され、サンタ・デ・ロマハに到着した時、自らの破滅を迎える事になるのだ。それは何としてでも避けねばならない。


 自由を奪われた状態で、すでに37,000を掌握して身を固める相手から、37,000を奪還する。リヒャルト達は、あまりにも分の悪い賭けに、自らの命をベットしなければならなかった。




 ***


 サンタ・デ・ロマハの中心にそびえる、セント=ヌーヴェル王城。その一角を占める豪勢な一室で、ドミニクはソファに座り、度数の高い蒸留酒を呷っていた。彼の前には分厚い肉や濃厚なチーズ、瑞々しい果物がふんだんに並べられ、王侯貴族の如く食卓を彩っている。実際、彼はサンタ・デ・ロマハの実質上の支配者であり、首を付け替えられたセント=ヌーヴェルの新王よりも力を持っていた。


 部屋の重厚な扉が二度ノックされ、ドミニクが肉を摘まみ上げながら答えた。


「入れ」

「失礼します。閣下、お呼びでしょうか」


 ドミニクは肉を口に入れながら、入室してきた男へと顔を向ける。30代前半と思しきその男は、引き締まった肉体と気品を備えており、その洗練された所作は、平服に身を包んでいるのにも関わらず、男が騎士である事を声高に主張していた。


 ドミニクは男を手招きすると向かい側に座るよう促し、蒸留酒の瓶を傾ける。


「バルトルト殿、忙しいところすまんな。一杯、どうだ?」

「はっ、有難くいただきます」


 バルトルトと呼ばれた男は、自分の前に置かれたグラスを手に取り、ドミニクへと差し出す。ドミニクがグラスに蒸留酒を注ぎ、琥珀色の酒が波打った。そして二人は乾杯もせずにグラスを傾けると、ドミニクが酒精を吐きながらバルトルトに話しかけた。


「バルトルト殿、貴殿の所にも手紙は来たか?」

「はい」

「どんな内容だった?」

「西誅軍を預かる私の身を案じ、体を労わるよう書かれていました」

「そうか…」


 バルトルトの言葉を聞いたドミニクはソファに深く座り直し、大きく息を吐く。そのドミニクの姿を、バルトルトは酒精に負ける事もなく、グラスを手に持ち、背筋を伸ばしたまま見据えていた。


 バルトルト・フォン・キルヒナー。西誅軍19,000がモノで降伏した後、リヒャルトから指揮権を預かり、サンタ・デ・ロマハまで率いた指揮官である。現在、サンタ・デ・ロマハに駐留する西誅軍のうち、18,000をドミニクが、19,000をバルトルトが指揮していた。バルトルトが、ドミニクに問い掛けた。


「閣下に宛てた手紙も、同様ですか?」

「ああ、似たようなものだ。サンタ・デ・ロマハを混乱なく治めているその手腕を賞賛し、高く評価している、だとよ」


 ドミニクは、自分に対する賞賛にも関わらず、面白くなさそうに呟く。


「殿下は、アレで我々を懐柔しているつもりなのかね?」

「今や彼らは、我々の顔色を窺うしかありませんからね。我々がへそを曲げれば、破滅する他にありません。生まれてからずっと人の上にしか立ったことのない人達ですから、へりくだる方法を知らないんでしょう。見苦しくて、仕方ありませんな」


 バルトルトは、自分が仕えているはずの王太子を、冷たく突き放す。つい先日まで忠誠を誓い、後を託したはずの家臣に見限られ、ドミニクは敵であるにも関わらず、リヒャルトに内心で同情した。


 ドミニクとバルトルトの許には、数日おきにリヒャルト達からの手紙が届いていた。大体はサンタ・デ・ロマハにおけるドミニク達の統治を評価し、労わる内容に終始し、その文章の合間に、自分達に関する本国の反応を窺う文言が垣間見えていた。それに対し、ドミニクはリヒャルトの賛辞に謝意を示し、当たり障りのない内容でお茶を濁し、肝心の情報は一切書かず返信していた。


 バルトルトが姿勢を崩し、前のめりになって口を開く。


「閣下。決して甘言に惑わされぬよう、お気をつけ下さい」

「アレじゃ、甘言にもなってないだろう」

「それもそうですね」


 ドミニクの感想にバルトルトは苦笑するが、すぐに真顔に戻る。


「閣下、我々の立場も決して良くはありません。ここサンタ・デ・ロマハに駐留し、兵を掌握している限りは問題ありませんが、敗軍の将である事は同じです。本国に戻れば、お互い粛正されるのが目に見えています」

「そんな事は、わかっている」

「ですから、我々がいわれなき罪を被らず、本国に復帰するためには、リヒャルト達司令部の面々を拘禁するまで、ここから動くべきではありません。彼らを捉え、罪を償わせて、初めて我々は大手を振って本国に帰還する事ができるのです」


 バルトルトが、自分が仕えているはずの王太子の名を呼び捨てにする。その瞳には、暗い光が宿っていた。


「閣下、エーデルシュタイン、カラディナからの召還命令を上手くあしらって下さい。サンタ・デ・ロマハの治安維持でも、セント=ヌーヴェル国内の反乱でも、いくらでも理由がつけられます。とにかく、リヒャルト達が解放されるまで、時間稼ぎをして下さい。その間、私は兵の掌握に努めます」

「ああ。だが、その間、兵達は大人しくしてくれるのか?すでに貴殿らの帰還により、軍の中にも敗戦が伝わってしまっているだろう?」


 ドミニクが懸念を表明する。実際、バルトルトが大草原から帰還した事で、駐留軍の間に大草原での敗戦が伝わり、軍の中には厭戦気分が漂っていた。ドミニクの懸念に対し、バルトルトが策を講ずる。


「そこは餌で釣り上げれば、よろしいでしょう。金でも酒でも女でもよろしい。此処サンタ・デ・ロマハに居続ければ、好い目に会える。そう思わせれば、兵達は戻りません」

「殿下達がいつ解放されるのか、わからないのに?金がもたんぞ」

「何のためのセント=ヌーヴェルですか」


 ドミニクの質問に、バルトルトが赤点を付ける様な顔をする。


「必要な費用は、新王に出させればよろしい。あなたは今や、セント=ヌーヴェルの支配者なんですよ?」

「むむむ…」


 難しい顔をするドミニクに、バルトルトが詰め寄った。


「私の見立てでは、リヒャルト達はおそらく1年以内に解放されるはずです。決して遠い未来では、ありません。それまで駐留軍を維持し、本国を牽制してサンタ・デ・ロマハに居座り、リヒャルト達を捕らえて帰還する。それこそが、我々が選択できる、唯一の活路です」

「そうか…」


 バルトルトの説明に、ドミニクが頷く。


 大草原から遠く離れた場所で、リヒャルト達に対する包囲網が、少しずつ窄められていた。

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