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失われた右腕と希望の先に  作者: 瑪瑙 鼎
第8章 引き裂かれた翼
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125:抑留者達

この章は、ある制約を設けて書いています。どの様な制約かは、この章の最後にて。


第8章-地図 ※オストラ周辺を若干修正しました。

挿絵(By みてみん)


 鬱蒼の茂る森の中に、いくつもの丸太小屋が点在していた。


 樹々は小屋の上空を覆い、しかし地上に住む者達に対し閉塞感ではなく開放感を与えるほど、高い場所に枝を生やす。枝の隙間からは木漏れ日が射し込み、地上までの広い空間に光り輝く縞模様を描く。朝靄の中に浮かび上がる緑と茶と光のコントラストが、丸太小屋の立ち並ぶ森に幻想的な雰囲気を齎していた。


 その中で、森の中心から少し離れた所に、丸太小屋が2棟、建ち並んでいた。2棟の小屋の前には、数名のエルフが立ち上がったり座ったりして、思い思いの姿勢で寛いでいる。彼らにはこの小屋の警備という仕事が与えられていたが、その規律は緩く、中原の軍隊であれば上官が見たら懲罰ものであろう。しかし、エルフの中ではそれが普通であり、またそれだけ規律が緩いにも関わらず持ち場から居なくなる様な不届き者は皆無という辺りに、彼らの愚直なまでの律儀さが表れていた。


 片方の丸太小屋の扉が開く音が聞こえ、エルフの一人が振り向く。中から出てきた、近侍を連れた若い人族の男を認めると、近づいて気さくに声をかけた。


「おはよう、リヒャルト殿。昨夜はよく眠れたかい?」


 リヒャルトは、近づいて来るエルフに気づくと、人好きのする笑みを浮かべて闊達に答えた。


「ああ、おはよう。お陰様で、ゆっくりと休ませてもらっているよ。今までがあまりにも(せわ)しない毎日だったからな。これだけゆっくりとした時間があると、むしろ暇を持て余して、何をしたら良いかわからないくらいだ」


 リヒャルトの答えを聞いたエルフは苦笑し、リヒャルトに提案する。


「それは難儀だな。なら、どうだい?気分転換に狩りにでも一緒に行ってみるかい?」


 エルフの提案に、リヒャルトは驚く。


「うん?いいのかい?君達の狩りと言えば、馬を駆って森の外で行うのだろう?我々は、曲がりなりにも虜囚だぞ?」

「ああ、大丈夫だ。長にも了承は貰ってある。流石に武器は携帯させられないが、獲物が見つかったら、俺達の弓を貸してやるよ」


 リヒャルトの問いに、エルフは手を振って気軽に答えた。この適当さには、流石のリヒャルトも呆れ、発言者が裏表のないエルフでなければ、敵の奸計ではないかと疑いたくなるくらいだった。


 とはいえ、気分転換にはちょうどいい。腕を鈍らせないせっかくの機会を、リヒャルトは活用する事にした。


「では、有難く同行させてもらおう。皆、体が鈍って仕方ないのでね。この機会に存分に汗を流させてもらおう」

「わかった。1時間後くらいに呼ぶから、それまでに準備してくれ」

「了解した」


 そう言うと、リヒャルトとエルフは背を向け、別々の方向へと歩き始める。リヒャルトは小屋に戻りながら、近侍に言いつけ、ギュンター達を呼びにやった。




 ***


 モノの森で降伏し、エルフに抑留されたリヒャルト達一行は、一旦セルピェンの森へと移動し1ヶ月程過ごした後、最終的にコネロの森へと移送された。これは、合議場における族長会議の結論として、出されたものである。セルピェンの森は、一時的にティグリのエルフの疎開先となった事で、西誅軍の暴虐ぶりを間接的に知っている。その心象の悪さからリヒャルト達への風当たりが強く、抑留には適さないと判断されたのである。そのため柊也の意向も踏まえ、最終的に大草原の最も奥にあり、西誅軍の影響が少なかったコネロの森が、リヒャルト達の抑留先として決定した。


 抑留されたのは、王太子リヒャルト、エーデルシュタイン軍司令のギュンター・フォン・クルーグハルト、カラディナ軍司令のダニエル・ラチエール、両軍の高級幕僚5名、それと近侍4名の、計12名である。彼らには2棟の丸太小屋が割り当てられ、リヒャルト、ギュンター、ダニエル、近侍2名で1棟、残りがもう1棟に住むようになった。2棟の丸太小屋には、数名のエルフが四六時中張り付いていたが、その警備は厳重なものではなく、リヒャルト達はエルフの同行の下、自由に森の中を歩き回る事ができた。


 その中でリヒャルト達は、様々なエルフの日常生活を目にする事になった。森のあちこちに実る様々な木の実や果実を採取する子供達や、機織りをする女達。山羊や馬の世話をする男達を眺め、時にはエルフに誘われて、リヒャルト自身が作業を体験する事もあった。


 それは、抑留に当たりティグリ族 族長グラシアノがリヒャルト達に示した、「生活をともにし、我々エルフが何者か少しでも知ってもらいたい」という意向が、体現した姿だった。コネロのエルフ達は、つい先日までリヒャルト達と敵同士であったとは思えないほど気さくで、親しみやすい者達だった。週に一度はコネロの族長もリヒャルトの許に顔を出し、生活に不自由がないか、病気や怪我がないか尋ねるほどの、気の配りようだった。


 リヒャルト達は当初、抑留となった身を憂い、エルフに隔意をもって接していたが、エルフのあまりの裏表のなさにリヒャルト達は半ば呆れ、やがて隔意を持つ事が馬鹿らしくなった。それに、リヒャルトは元々、目下の者に気さくに話しかけるだけの度量を持ち合わせている。虜囚の身であるとの自意識もあり、エルフの身分の差を考慮しない言動も許容した結果、リヒャルト達は虜囚とは思えないほど、自由な生活を送るようになっていた。


 もっとも、エルフ側がリヒャルト達の脱走を危惧しないで済む理由もある。大草原は、八氏族の森を除けば、給水箇所が全くと言っていいほどない。そのため、大草原の最奥で地理感覚もないコネロの森から脱走を謀ったとしても、広大な大草原の真ん中で渇死するのが、目に見えていた。




 ***


 地平の彼方まで平坦な草原の中を、1頭の草食動物が駆け抜ける。ガゼルにも似た巻き角を持ったその動物は、自分を追い立てる複数の動物から、必死に逃れようとしていた。しかし、追いかける者は数の優位を活用し、分散して獲物の逃げ場を塞ぐように囲い込む。やがて進退窮まった獲物に何本かの矢が迫り、そのうちの1本が首に突き刺さると、獲物はついに横転した。


 横たわったまま四肢を空しく蹴り回す獲物に、壮年の男が近づき、巻き角を掴みながら、リヒャルトを賞賛する。


「殿下、お見事です。騎射で仕留めるとは、エルフも顔負けの腕前です」


 ギュンターの賞賛に、リヒャルトは苦笑して答えた。


「彼らの腕前と比べたら、私の腕など児戯にも等しいよ。これほど囲い込んでいながら、仕留めるのに4射もかかっているからな」

「いや、リヒャルト殿の筋は良いと思うぞ。我々だって駆け出しの頃は、一矢も当たらない事もざらだからな」

「君達にそこまで評価されるとはな。有難く受け取っておこう」


 エルフから高評価を受けたリヒャルトは、闊達に笑い、エルフ達に礼を述べる。彼らが会話をする目の前で、幕僚や近侍、エルフ達が、お互いの立場を気にせずに合同で、獲物の血抜きと解体に取り掛かっていた。




 結局、リヒャルト達一行は、その日4頭のガゼルもどきを仕留め、心地よい疲労感に抱かれたままコネロの森へと帰ってきた。ギュンターやダニエル、幕僚達も久しぶりの騎馬を楽しみ、鈍った腕を磨き直していた。エルフ達はこの日、狩りには主体的には参加せず、リヒャルト達に大草原での狩りのコツを教えると、傍観に徹していた。


 小屋の前に戻ると、エルフ達は、解体した2頭分の肉と革をリヒャルト達に手渡した。


「これが、今日のあんた達の分だ。好きにしていい」

「そうか。有難くいただこう」


 ダニエルと数名の幕僚が進み出て、エルフから肉と革を受け取る。


「それと、これから我々は自分達の分を燻製にするんだが、やり方を教えようか?」

「是非ご教授いただきたい。この量は今晩だけでは食べきれないからな」

「じゃあ、ついて来てくれ。その時に香草やチーズも少し分けてやろう」

「何から何まで、すまんな」

「いいって事よ」


 エルフの言葉にダニエルは謝辞を言い、リヒャルトへと顔を向ける。リヒャルトも頷き、幕僚3名と近侍3名がエルフに同行する事になった。


「それじゃ、リヒャルト殿。また明日」

「ああ、今日は楽しかった。ありがとう」


 エルフの別れの挨拶に、リヒャルトは笑みを返す。そしてリヒャルト達は、警護のエルフ達にも挨拶をすると、丸太小屋へと入って行った。




「…ふぅ」


 小屋へと戻ったリヒャルトは、木製の質素な椅子に腰を下ろし、一息ついた。ギュンター、ダニエル、幕僚2人も各々椅子に座り、五人はテーブルを取り囲む。近侍がお茶の支度を始めたのを、リヒャルトは暫くの間、黙って眺めている。そのリヒャルトの顔からは、小屋の前で見せていた人好きのする笑みが消え失せ、苦悩する表情に取って代わっていた。


「今日も、返事は来ていないようだな」

「はい、殿下」


 渋面を作るリヒャルトの前で、ギュンターが神妙に頷く。彼らが手紙を出したのは3週間ほど前。大草原の広さを考えれば返事がまだ来ないのは当然だったが、それでもリヒャルトが動向を尋ねてしまうあたりに、彼らの焦りが窺えた。


 リヒャルト達は抑留され行動の自由を奪われたが、エルフは寛容にも、サンタ・デ・ロマハに駐留する西誅軍との手紙でのやり取りは許可していた。その内容はエルフによって検閲され、ゆえにエルフに不利益な情報を書く事はできなかったが、それ以外に咎めはなく、リヒャルト達は西誅軍と渡りをつけるために矢継ぎ早に手紙を送り、その返事を待っていた。


 西誅軍を繋ぎとめる事。それは今や、リヒャルト達にとっての死活問題になっていた。対エルフのためではない。抑留されて1ヶ月半が経過した現在、リヒャルト達はエルフの気質を知り、彼らが一本気で裏表のない、謀略とは無縁の種族であるという事に気づいていた。そして、このコネロの森に抑留されている間は、自身に危害が加わる事はないという確信も持っていた。


 問題は、その後。リヒャルト達が、エルフから解放された後の事である。リヒャルト達は大草原の攻略に失敗し、35,000もの兵を失って虜囚の憂き目にあった。この事は、彼らの将来に対する、死刑宣告にも等しかった。リヒャルトは王太子の地位を失い、玉座はクリストフの手に落ちる。そればかりか、クリストフはリヒャルトの再起を阻止するために、この大敗の責任を取らせ、リヒャルトを処刑するのが目に見えていた。そして、王太子派であるギュンターも同じ運命が待ち受けていると言えた。


 カラディナ軍司令ダニエルも、立場が同じである。カラディナは共和国であり、エーデルシュタインよりも民衆の声が強い。例え「六柱」であっても、表向きは民衆の意思に従った国家運営をしている。そのため今回の敗戦に対し、「六柱」が民衆の追及の矛先を躱すために、ダニエルに一切の責任を負わせるであろう事が、容易に想像された。


 その運命から逃れるための唯一の方策、それが西誅軍の掌握である。35,000もの兵を失った西誅軍であったが、サンタ・デ・ロマハには37,000の兵力が残り、その他にもラモア、アラセナ、アスコーに各3,000残っている。かき集めれば、未だ46,000もの大兵力である。この軍を基幹にして東方に圧力をかけ、活路を見い出すしか方法がなかった。


 しかし、リヒャルト達は未だ虜囚の身。サンタ・デ・ロマハの37,000も掌握できていない。リヒャルト達と西誅軍の間には、1枚の大きな壁が立ちはだかっている。




 ドミニク・ミュレー。


 カラディナ南方軍司令。そして現在は、サンタ・デ・ロマハ駐留軍司令である。

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