表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

空を飛んだおばあちゃん

作者: 尾妻 和宥

 なんと、僕のおばあちゃんは空を飛んだことがあるらしい。

 アメリカ映画のヒーローなんかじゃない。映画だと、ヒーローの意思で自由自在に飛びまわることのできる、いわゆる『特殊能力』ってやつだけど、おばあちゃんの場合は、望まずして飛ばされたと言った方が正しいかもしれない。

 じっさいに、この現実世界で飛んだわけじゃない。さすがに僕がまだ小さいからって、それぐらい無茶なのはわかってる。

 死にかけたとき、生と死のあいだで、っていう意味でだ。……そうとしか言いようがない。


 おばあちゃんは何年か前に、インフルエンザにかかって意識をなくし、救急車で総合病院に運ばれたことがある。

 僕が保育園に入ってすぐのことだった。

 病室に入れられ、身体じゅう管で通されたうえ、機械の力を借りて命をつないだんだ。

 とにかく、自力で生きていられないような状態だったみたい。かなり危なかった(、、、、、)そうだ。




 ここからはおばあちゃんが生と死のはざまで体験した話。おばあちゃんはこう言った――。

 ハッと気づいたら、自分は宙に浮かんでるんだと。

 風をはらんだたこみたいに空を舞い、地面に足をつけたくても、深い海でしっかり足がつかないように、勝手に浮いてしまう。


 おばあちゃんはとっさに思った。

 「私はいま、霊魂だけとなってしまったのかも。だとしたら、死んでしまったのかしら?」

 そうこうするうちに、自分の意思とは関係なしに、暗い夜空を飛行しはじめた。


 うつ伏せになった姿勢で、頭を前にし、ぐんぐん加速して飛ぶ。飛びたいわけじゃないのに、飛ばされてるって感じなんだとか。

 もう漂うっていうレベルなんかじゃない。

 高速で突き進む。オリンピックの競技、ボブスレーなみにとにかく速い。

 

 なにかに引き寄せられるかのように前へ進む強烈な感覚。

 まわりは真っ暗なやみ。まるで墨汁をこぼしたかのような黒一色の世界。


 さすがに怖い、と思った。

 高速移動した先に、地獄が口をあけてるんじゃないか、おばあちゃんは不安でおののいた。

 たしかに気が気じゃないと思う。僕でもたまらない。


 飛行に身をまかせているうちに、だんだんと眼が闇になれてきた。

 さっきまで真っ暗な視界だったけど、まわりの景色がおぼろげにわかるようになってきたんだ。

 眼下に竹林がひろがっていた。豊かな枝を張らした竹が一面生えていた。

 どうやら竹林の上を、おばあちゃんは猛スピードで飛んでるらしい。


 さらに進むにつれ、竹の形がシンプルになったような気がした。

 おばあちゃんは眼をこらした。

 竹の様子がおかしい。


 それもそのはず。枝が断ち切られ、幹さえも中途から斜めにカットされているんだ。

 その切り口は、鋭い刃物で切断したようなあざやかさ。先端が尖ってる。

 数えきれないほどの竹の罠なんだ。ちょうど生け花に使う剣山みたいな感じ……。

 

 空を飛ぶスピードが落ち、まさかその上に落ちようものなら、くし刺しになるような仕掛けだ。

 落ちるまい。あんたところに落ちたらひとたまりもない。落ちてたまるか!

 おばあちゃんはそう念じて、飛び続けた。


 どれほど時間が経ったろうか。

 なんとか飛行を保ち、だだっ広い竹林の真上を抜けたらしいんだ。


 そうすると、前方の夜空に光がさした。

 はじめはほのかなオレンジ色だったけど、すみれ色へとかわり、やがてまばゆい雪のような白さが太陽みたいに輝いた。

 おばあちゃんは無我夢中で光の中心に身をおどらせた。


 全身が光に包まれたと思った瞬間、我に返った。

 気づけば病室の天井を見あげていた。ぼんやり、この世に帰ってこれたんだと実感したそうだ。


 おばあちゃんはこう語ってくれた。

「一時は重体に陥り、お医者さんが家族の者を集め、ダメかもしれないと告げたそうなの。最後の光の向こうで誰かが見えたわ。もしかしたら、あれが神さまか仏さまだったのかもしれない。でもね、ヒサシちゃん。こうして生きて戻ることができたのも、あなたのパパやママ、それにあなたがあきらめず、夜どおし私の手を握ってくれたからだと思うの。ありがとね、ヒサシちゃん」


 おばあちゃんはそう言うと、ホロリと涙を見せた。





        了

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] おばあちゃんならではの臨死体験のリアルさ。特に竹槍のあたりの発想は多分他の世代では出ないかと思います。 [一言] 私もタイムリーに臨死体験について考えてたところでした!臨死体験は光を見るV…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ