第二話
俺は今とても緊張している。それはなぜか。そんなことは簡単だ。あと5分で家に杏奈が来る。二人の同居が始まるのだ。
俺は今とても緊張している。それはなぜか。そんなことは簡単だ。目の前に杏奈が座っている。杏奈を家に招き入れたところまではよかった。しかし、その後お互いに黙り込んでしまった。これは仕方のないことなのだ。これから始まる同居にお互い緊張していて、何を話していいのかわからないのだ。しかし、気まずい。そんな時、
「もう、12時だしお昼どうする?」
と、杏奈が聞いてきた。俺はこの時ほどお昼ご飯という存在に感謝したことはない。休日はお昼ご飯を抜くこともある俺だが、これからは絶対食べることにしよう。
「どっかに食べに行く?それとも出前でもとる?」
そう聞いた俺に、
「よかったら私作るから食べてくれない?」
俺は今日、2回もお昼ご飯に感謝することになるとは。彼女のいない男子の夢トップ3の常連である好きな人にご飯を作ってもらうがこんな簡単に実現してよいのだろうか。いやよくない。思わず反語を使ってしまうほど感動した俺だが、そんな内心は悟られないように返事をするとしよう。
「お、お、お願いします!」
最悪である。まず「お」が3回。さらに敬語。極めつけは気持ちの悪い勢い。不自然の極みである。いきなり大きなミスを犯して落ち込んでいる俺に、
「ぜ、ぜ、ぜひ作らせてもらいます!」
杏奈の焦った返事の理由は、俺にはわからない。
杏奈が作ってくれたのはオムライスであった。なぜか冷蔵庫にはオムライスを作る材料が揃っていたのだ。昨日まで両親と一緒だったのだ。たまたま余っていたのだろう。しかし、オムライスは素晴らしい。男子のあこがれが詰まっている。しかも、俺の好物でもある。今回のことで両親には振り回されたが、オムライスの材料を残していってくれたのはナイスである。
「「いただきます。」」
二人でいただきますをして、俺はオムライスを一口食べた。
「!?」
衝撃であった。こんなにうまいオムライスは初めてである。卵は半熟で、チキンライスの味付けが濃いめなのも俺の好みに合っている。母さんの作るオムライスに近い感じだが、それよりもうまく感じた。やはり好きな人に作ってもらうと違うのかと感動していると、
「口に合わなかった?」
杏奈に聞かれてしまった。あまりのうまさに感想を言うのを忘れていた。
「こんなにおいしいオムライスは初めてだよ。まるで俺の好みを知っていたみたいだし。」
「そ、そ、そんなことないよ。でも、ありがとう。」
なぜか、ちょっと焦っている。なんか変なこと言ったかな?まあいいか。
「そんなことより一希君、これから私たちどうする?」
そうだった。俺たちのこれからのことを決めなければならない。今日は土曜日で月曜から学校が始まる。それまでに家事の分担とか決めなければいけないことはたくさんある。
「同居すること決まってから杏奈の家具とか家に入れて、父さんと母さんのアメリカへの引っ越しの手伝いして・・」
「私のお父さんとお母さんも東京に行くからその手伝いもして・・」
「昨日お互いの両親がそれぞれ新天地に行って、今日から同居開始だもんな。ほんと父さんも母さんも突拍子がなさすぎるよ・・」
「お互い苦労するよね。昔からそうだったし。」
「俺らは二の次ってとこあるからな・・」
昔から俺たちは親に振り回されてきたのだ。そのたびに今のように愚痴りあってきた。ある意味二人は同志なのである。
「昔、突然旅行に行ったこともあったよね・・」
今の杏奈の言葉で思い出した。あれは小学6年の時、卒業記念だとか言って突然アメリカに連れていかれた。しかも、若林家と合同旅行である。聞かされたのは俺も杏奈も出発の前日。杏奈とは小学校は同じだったが中学は別になることが決まっていたので、記念にというのが一番の理由だったみたいだ。結局高校は一緒になったが。
「あの時、俺ら父さんたちとはぐれたんだよな。」
「そうだね。あの時の一希君頼りになったよ。」
杏奈はこう言ってくれているが、英語なんて当然話せない俺たちは大型ショッピングモールのベンチに座って父さんたちが探し出してくれるまで待っていただけだ。
「結局、父さんたちは俺らを愛してくれてはいたってことだな。」
「確かにそうだね。ちょっと夫婦愛が強いだけだね。」
「ちょっとではないな。かなりだな。」
こんなくだらない会話をしていると、この同居というおかしな状況にも慣れてくるわけで、
「まあ、父さんにも母さんにも感謝してるよ。話のタネにもなってくれるし、オムライスも。そして、杏奈との縁をつないでくれたことも。」
と、心の中で呟いた。