村人、合掌する。勇者ちゃん、勧誘する。主人公くん、断る。
痛む体を労りながら、全身の筋肉を解し、堅パンと干し野菜を頂いてから、彼は二人の少女が何処へ行ったかを聞いて回った。
結果として、二人の少女は村長宅へ厄介になった事が判明した。
「しっかし、昨日のレストは傑作だったなぁ! 見てて面白かったぞ」
「彼女持ちのお前には分かるまい、この初恋の強烈さを。俺は彼女を嫁にする!」
昨夜、二人の少女によくした村人がレストをからかうと、彼は握り拳を掲げてそう宣言した。その目は何処までも本気である。
「あー、意気込んでるところ水を差すようで悪いんだけど、初恋が成就する可能性ってな」
「あー、あー、聞こえない! きーこーえーなーいー!」
レストは耳を押さえて聞かざるの姿勢に入った。
するとそこへ、朝食を終えたらしい件の二人がやって来た。
「あ! エレメレストさん、昨日は突然倒れられましたがどうされたのですか? もしや何か悪い病を患っておいでで? それなら、知り合いに腕のいい医者が居まして――」
凛とした佇まいは何処へやら。軽装を身に纏ったアリサはレストを見付けると小走りで近寄り、絶え間無いマシンガントークを炸裂させる。後ろで赤毛の少女が欠伸をしていた。
「やっ! 昨日は眠れたかい?」
気のいい村人が軽く声をかける。ライネは悩ましげに呻き、
「うぅん、眠れた眠れた。ぐっすりよぉ。ぐっすり過ぎて寝たりなぁい……ぐぅ」
「立ったまま寝たっ!?」
「っは! 寝てない、寝てないよ?」
誰に対しての言い訳なのか、ライネはビクリと身を震わせたと思えば見えない誰かに必死に弁解している。どうやら寝惚けているようだ。
「てあれ? 学院じゃない? よかったぁ」
「あだだだだだっ!? 今全身筋肉痛で触られるとあびゃー!?」
「あーーっ!? エレメレストさん大丈夫ですか!? エレメレストさんっ!」
マシンガントークの最中もずっと耳を塞ぐレストを怪訝に思い、アリサは彼の手を勢いよく耳から離すとレストは絶叫して転げ回った。そんな彼を心配したアリサの追撃、彼女はレストの体を揺さぶっている。
レストは泡を吹いて失神した。
「エレメレストさん! エレメレストさーーん!!」
「んぅー? んん? なぁに、この状況?」
「レストよ、きみの事は忘れない。なーむ」
気のいい村人は手を合わせた。
「たいっへん、申し訳有りませんでしたぁーー!!」
昼過ぎになって目を覚ましたエレメレストへ、アリサは勢いよく頭を下げた。場所は彼の自宅であり、ダイニングの椅子に座りながらである為、ごんっ、とテーブルに額を打ち付ける事となる。
「まさか『身体強化』の後遺症とは露知らず、鬼畜な所業をどうか許してください!」
エレメレストの友人を名乗る村人から、失神した彼がどんな状態なのかを聞かされアリサはしばらく落ち込んでいた。具体的には、部屋の隅で「の」の字を永遠と指で書き続け、頭からキノコを生やす勢いであった。
本来ならジャンピング土下座を敢行する予定だったが、それはライネが全力で止めた。流石に勇者がしていい行いではない。というか、見たくないという理由が強い。見てしまったらなんだか悲しくなりそうだ。
そんな訳で、長時間に及ぶ説得の末、妥協案として座りながらの謝罪である。
窓の外から様子を窺っているライネもまさか頭を打ち付けるとは思ってなかった。
「これから毎日ご飯を作ってくれるなら許す」
「はい、喜んで!」
そして予想通りの桃色空間。両者共にベタ惚れである為にノータイムでの形成である。しばらくすれば落ち着くだろうが、あのいちゃらぶ空間、どうしてくれようか。
放っておいたら勇者の責務などその辺に投げ捨てそうな勢いがある。
誰かに唆されたらほいほい誘いに乗って、無人島などで細々と暮らしそう。
――今まで感情を押し殺してた反動かなぁ? アリサちゃん燃え上がってる。
幼少の頃から勇者として自分を律してきた彼女が初めて感情を爆発させている。義務や責務に縛られ続けていたから感情の制御が利かないのだろう。
初めて彼女と顔を合わせてから今日まで、どうにかやって来れていたが、現在のアリサの方がライネ的には好ましい。
――人間、心には素直じゃなきゃね。
うんうんと一人で頷き、ライネは頃合いを見て甘ったるい桃色空間へと踏み込んだ。
「はいはいお二人さん、子作りは後にしなさいな」
手を二度叩きながら存在をアピールし、抱き合っている二人の意識を自分へと向ける。ライネに気付いたアリサは照れから羞恥へと赤くなる理由を変えた。
途端にわたわたし始めるアリサと、対照的に落ち着き払っているエレメレスト。彼は至極真面目にこう言った。
「子作りの前にキスだろ、キス。順番的に」
アリサは煙を噴いた。
「……アリサちゃんが初すぎてつらい、笑い転げそう。くくくっ」
「因みに子どもは二桁は欲しい。大家族はロマンだ」
「あぅあぅあー」
キスだけでも昇天しそうなのに、話題はよりディープに。アリサの処理能力を著しく超過した大家族宣言は、彼女の鉄仮面をべりっとひっぺがしてみせた。
ライネは我慢しきれず笑い転げた。
場が落ち着くのを待ってから、三人は席に座る。エレメレストは遠回りせずにストレートな問いを投げた。
すなわち、二人の少女の訪問理由である。
「はい。女神様の神託に従い、貴方をパーティーへ誘いに来ました」
加護なしである自分が栄えある勇者パーティーへのお誘いである。なんたる事かとレストの脳内は愉快な状態になった。
聞けば、一目惚れした彼女は勇者であると言う。
なんたる事か、なんたる事か、なんたる事かッ!!
「……女神様ってのは随分と手前勝手だよなぁ、オイ」
レスト自身、女神の神託とやらにいい思い出はない。あるのは全て忘れ去りたい過去である。女神の神託は彼から多くのものを奪っていった。
レストの母親は神託に従ってこの村へやって来て、父親と結ばれてエレメレストが産まれた。その後流行り病で死んだ。辺境の村であるが為に、薬が届かなかったのだ。
レストの父親は神託に従って山へ入り、帰らぬ人となった。動物に食い散らかされ、原形を留めない惨めな最期を迎えたのだ。
レストの幼馴染みは神託に従って首都へ赴いた。聖女としての素質を見込まれて、アリサとは違う勇者パーティーへ入り、陥れられ、奴隷となり、自殺した!
全ての切っ掛けは神託だ。
「――否定はしません」
教会で育てられた勇者は、エレメレストの冒涜的な物言いに目くじらを立てる事なく耳を傾ける。否定はしない、けれど肯定もしていない。
「女神様がどのような思惑で神託を我々人類にもたらしてくださるのか、それ自体の解釈は難しく、全く異なる形で受け取ってしまう事も少なくは有りません」
「けれど」と彼女は続ける。その目は何処までも真っ直ぐで、確固たる信念を感じた。
「決して、女神様は人の不幸を願っている訳では有りません。わたしに勇者としての加護を授けて下さった時、彼女はとても苦しそうでした。とても悲しそうでしたっ」
レストは女神本人と会った事がない。過去に何度か降臨している事は知っているが、それも小さな頃に父親に話して聞かされた程度で、とても朧気だ。
あまり女神を責めてくれるな、と訴える彼女へ、反論する言葉を彼は持たない。
突き詰めてしまえば、それはただの私怨なのだから。
涙さえ浮かべて必死に女神を弁護するアリサを見て、レストは何かを飲み込むように深呼吸をする。切り換えなければならない。
「……悪かった、失言だった」
「わたしも、熱くなってしまいました」
彼女は浮かんだ涙を指先で拭い去り、凛とした佇まいへと自分を正した。
騎士然とした彼女に見守られながら、レストは厳かに口を開いた。
「勧誘の答えは、NOだ」