勇者ちゃんと魔法使いちゃん、考察する。主人公くん、正気に戻る。
「いやー、レストが自分の状態を忘れてはしゃぐなんて滅多に見られないよ。余程嬉しかったんだろうね!」
エレメレストの友人を名乗る村人が、突然崩れるように倒れた彼を彼の自宅まで三人がかりで担ぎ込み、エレメレストを寝台に置くと爽やかな笑顔でそう言った。
途端に真っ赤になるアリサ。
実はこの三人、始めから見ていたのである。
アリサとライネがやって来てから、動けない筈のエレメレストが珍しくハイテンションではしゃぎ回る様から何もかもを目撃している。
三人の村人は二人の少女が何者なのかは知らないが、エレメレストが警戒せずに受け入れていたのだから、危険などある筈がないと信頼している。
女神の加護には恵まれなかったが、彼は腐らずに努力を重ねていた。その姿を知っていて、尊敬しているからこそ、三人の村人は彼に全幅の信頼を寄せている。
「あ! 後でご馳走持ってくるから、よかったら食べて行きなよ。と言っても、旅人さんからしたらご馳走とは呼べないかもだけど」
「うわぁーい! ご馳走やったぁ。ご馳走と聞くとテンション上がるよねぇ」
「ははは。喜んで貰えて何よりだよ。辺境の村にとって旅人さんは貴重だからねー。よくするよ?」
「あ、じゃあお湯欲しい! 体拭きたい」
「りょーかい。温めて持ってくるから、三十分くらい待っててね」
気のいい村人三人組は楽しそうに笑いながら、エレメレストの家を辞する。
残された二人の間にしばらく沈黙が走り、どちらからともなく口を開いた。
「女神様の神託では、魔王を終わらせる可能性を持つ人物、と告げられましたが……」
「うん。加護のない、普通の人だねぇ」
「加護のない人を普通と呼べるのでしょうか?」
「だよねぇ。女神の加護が有ってこその普通だもん。これじゃあ無力な人だよ」
普通、人は生まれると同時に女神の加護が与えられる。女神の加護によりもたらされた技能は千差万別で、複数の技能を持つ人から最低一つは技能を持つ人まで、技能の種類は様々だ。大きな括りとして、戦闘系技能、生産系技能と分けられている。が、技能が一つもない例など今までに皆無である。前例のない、異常な例。
「だからこそ、なのかも知れません」
「どういうことぉ?」
「女神様は加護がないこの方だからこそ、わたし達のパーティーへ加えるよう告げたのかも知れません」
「それは仮説でしょぉ? パーティーへ入れるって事は、日常的に身を危険に晒すんだよぉ? 加護なしを同行させるなんて、とても意味あるものとは思えないんだけど」
「例えば、魔王に加護による攻撃は通じない、などはどうでしょう?」
「それこそ有り得ないよぉ。歴代の勇者様方が魔王に挑んで封印なり弱体化なりをしてくれたから、わたし達人類は今日までやってこれてるんだよ? その証拠に、歴史上でも魔王軍は何度も勢いを弱めては、人類に押し返されてるじゃない」
魔王軍は、魔族と魔獣の混成部隊である。
魔族は人間をベースに魔物の因子を組み込まれ人工的に作られた生物の総称であり、魔族には例外なく異形の特徴がある。
魔獣は動物をベースに魔物を因子を組み込まれた生物の総称であり、魔物よりも禍々しい、奇怪な姿をしている。
そして魔王は、歴史上一度も表舞台に姿を現さず、具体的な姿形は誰一人として知らない。魔王が構える城へ乗り込んだ歴代の勇者も未帰還である為、詳細の証言を取ることが出来ないのだ。
「……女神様の意図はなんなのでしょう」
「それこそ、神のみぞ知る、てやつだよぉ?」
前例のない加護なしを危険な旅に同行させる理由。魔王を倒すだけなら必要のない人材だ。それこそ無意味に身を滅ぼす可能性さえある。
「んー。あっ、ならまだ真の力に目覚めていないとかはどうでしょう」
「有り得ないぃ、とは言えないけど、可能性としては限りなく低いと思う。だって加護は生まれつきのものだもん。当たりハズレの振り幅が大きすぎるから、教会も外付けで技能が使えるようになる装備を開発してるんだよぉ?」
「外付け技能を使いこなせる才能があるとか」
「加護のある人でも普通に使えるらしいよぉ」
「……はぁ。ますます分かりません。エレメレストさんである必要性とは一体なんなのでしょうか」
「さぁねぇ。それにしても、随分気に掛けるねアリサちゃん。戦士くんを勧誘した時は問答無用だったのにさ」
からかうような口調でライネが問いを投げると、アリサは至極当然とばかりにこう答えた。
「だって、死なれたら結婚出来ないではないですか」
「…………。お、おぉう、そう来たか」
アリサが妙に渋る理由を知り、ライネは一瞬思考が止まった。
余りにもピュアピュアな彼女の思考回路が若干分かってきた。
「というか、あの一瞬でどんだけ惚れ込んでるのさぁ……」
「一目惚れに理由など要りません。本能です」
「さいですかぁ」
恋する乙女は何時だって猪突猛進である。それが初恋であるなら尚更に。
気のいい村人からお湯を貰い、清潔な布で体を清め、肉を豪勢に振る舞われたご馳走を頂いて遅くまで待ったが、その日の内にエレメレストが目を覚ます事はなかった。
窓から差し込む朝日が瞼越しにエレメレストの目を焼き、彼は意識を覚醒させた。
途端に感じる全身の痛みに顔をしかめ、意識を失う前に何があったのかをゆっくりと思い出していき、死にたくなった。
――バッカッ! 俺のバッカッ!!
あれはない。流石にない。唐突すぎるうえに優男のような口説き文句。確かに一目惚れをしたがまさかあんなに我を失うなんて思ってもみなかった。
エレメレスト・ディ・ギャップ。彼女居ない歴=年齢。
彼もまた勇者ちゃんと同じく、恋愛初心者である。