主人公くん、猪狩猟。女勇者ちゃん、天を仰ぐ。
異形の生物、魔物。神秘の力、魔法。女神の加護、技能。
摩訶不思議が溢れている世界なれど、田舎村の主だった脅威にこれらは該当しない。技能を持たない村人は、人を喰らい、力を吸収すると云われる魔物から見ると、魅力のない生き物である為か、魔物による目立った被害はない。魔法が扱える人材は重宝され、厚待遇で首都へ迎えられる。技能を持った山賊や野盗だが、辺境の地に位置する村を襲ったところで、実入りを期待できない。等々の理由により、田舎村の脅威は特別でもなんでもなく、動物よる被害である。
人の手があまり加わっていない辺鄙な土地である為、自然の恵みに溢れている。当然、自然界に生きる彼等彼女等も恵みを求めてやって来る。そうすると、無力な村人は動物に怯えるしかない。
時たま猟師が弓を持って山へと入るが、小動物を数匹狩るだけで脅威の排除は出来ないでいる。
村娘は恐れて山菜を採りに行こうとはしないし、小動物に畑を荒らされない為に見張りを立てるも、辺境故に田舎村の人口はそう多くない。残念な事に、人を呼び込むような魅力も田舎村にはなく、何かあればあっさりと滅びてしまうだろうこと請け合いだ。
そんな訳で、村一番の器用貧乏、エレメレストが弓矢を携えて山へトライすること二桁台。真新しい獣道や足跡を発見している年若い彼は、脅威のおおよその活動範囲にあたりを付けているが、巡り合わせが悪いのか、発見には至っていない。
エレメレスト。大袈裟な名前をからかわれ苦い思い出を持つ彼は負けず嫌いであり、名前をバカにし見下してきた年の近い友人達をあらゆる分野で圧倒し、今では彼を下に見る者は居ない。親しい者達にはレストと呼ばせている。彼自身、亡き母から与えられた名前が少々長く、呼びづらい自覚があるのだ。
負けず嫌いで執念深い彼は、脅威となっている動物を発見出来ない事が悔しくて堪らず、時間があればこうして山へ足を踏み入れている。
茶色がかった髪はナイフで雑に切っているのか、少し野暮ったい。着古して落ちない汚れのこびりついた年季物の衣服から覗く四肢は鍛え抜かれており、きちんとした服装を着れば戦士と言い張れるだろう。
「……見つけた」
一文字に引き結ばれた口が開かれ、レストは思わず呟いてしまう。慌てて気配を殺し、雑草や枯れ枝で隠蔽工作をした茂みに伏せる。
レストの鋭い眼光の向こうには、大きく育った猪が居た。大猪はレストの伏せている茂みに顔を向け、頻りに鼻を鳴らしていたが、すぐに緊張を解いて視線を背ける。どうやら気付かれずに済んだようだ。
野生の嗅覚を侮ってはいけない。猟師をしていたレストの父は事ある毎に彼へそう教え込んでいた。故に、彼は念入りに自身の臭いを消している。もしも臭いを消していなければ、大猪に気づかれ、彼は今日も獲物を獲り逃していただろう。
――それにしても、デカイな。
大猪は雄であり、牙がある。一般的な猪の牙は鋭く、しゃくり上げれば丁度成人男性の太股に突き刺さるが、大猪は体格が大きく、そのまま腹に深々と突き刺さってしまうだろう。
発情期なのか、落ち着きがなく、気が立っているようにも見える。体を木に擦り付けたり、毒のないキノコを食べている様をしばらく遠くから観察し、レストは弓を取った。
――あれの突進を受けたら即死だ。
レストは矢筒から矢を二本取り出す。一本を口に加え、もう一本をつがえる。呼吸を落ち着かせ、精神を整えてから、矢を射る。
ひゅん、と風を切る矢は大猪の視界を横切る。驚き、立ち止まる大猪は矢を放ったレストへ顔を向け、もう一本の矢を射ち終えた姿を目撃する事となった。
大猪の動きに合わせるかのように射放たれた矢は一ミリの狂いもなく頭へ深々と突き刺さり、獲物の意識を暗転させた。
どしり、と崩れ落ちる大猪を視界に捉え、矢筒へと手を添えていたレストは二呼吸してから構えを解く。腰から短剣を抜き放ち、慎重な足取りで大猪へ近付き、光を失った瞳の前へと陽光を反射させる刃を近づけたりし、ようやく緊張を解した。
動物の死んだふりに騙され、重傷を負った猟師の話は絶えない。生き物のしぶとさをなめてはならないのだ。
「ふぅ。……これ、絶対百キロ超えてるよな」
『身体強化』という、筋繊維を魔力でコーティングして限界以上の力を引き出す魔法はある。だが、本来の限界を越えるのだから当然肉体に掛かる負荷はとんでもなく、あまり無理をし過ぎると下手をしたら一週間もまともに動けなくなってしまう。
大猪の肉の量は村の者達へ行き渡らせるには十分過ぎる量だ。残りを干し肉に加工して、冬の備えにするにもいいだろう。毛皮は売り払い、肝は錬金術師へくれてやれば村も潤うというもの。これだけ大きな牙も滅多に見られず、町の博物館が欲しがるだろう。等々の事情を加味して、獲物を放棄するのは勿体無いという結論に行き着く。
「んよしっ! 頑張ろっ!」
レストは『身体強化』を施して大猪を背負い、脚をぷるぷると震わせ、休憩を幾度となく重ね、どうにかこうにか日没までに村へと帰り着いたのだった。
「んあぁ~ん、もう! なぁんでわたし達がこんな辺境にまで足を運ばないとならないんですかぁ!?」
とんがり帽子からはみ出た赤みがかった髪をふらふらと揺らし、魔法使い然とした彼女は捻れた杖を支えに覚束無い足取りで歩を進めていた。
図書館で本を読む姿の似合う少女は見た目通りのインドア派で、運動なんて糞くらえを地で行くガチガチの魔法使いである。
「仕方有りませんよ。こうも道が荒れていると、馬車の車輪がダメになってしまいますから」
と、赤毛の少女の前をすたすたと、けれども彼女に合わせてゆっくりと行く人物が告げる。
胸当て、ガントレット、レギンスに腰に装飾が施された豪奢な剣を帯びる少女は凛とした顔を赤毛の彼女へと向けた。その目は何処と無くじっとりとしている。
「それに貴女、初めは『ダイエットだぁい!』とはしゃいでいたではないですか」
「だぁってこんな長いなんて思わなかったんだもぉん!」
「間食を無くせば万事解決するものを……」
「スイーツは乙女の必需品です」
赤毛の少女は大真面目に力強く告げた。
戦うには邪魔だからと、ベリーショートに整えたクリーム色の髪をふわりと揺らして彼女は天を仰ぎ見る。色々と気苦労が絶えないようだ。
「あぁー、もうすぐ日没だねぇー」
「……村を間近にしての野宿は勘弁願いたいものです」
「そうだねぇ」
「……」
「……」
赤毛の少女はこめかみを拳でぐりぐりされ甲高い悲鳴をあげた。
それから数十分して、彼女達はお祭り騒ぎとなっている村へと辿り着いた。