1巻 逆襲譚
プロローグ
『将来の夢』をテーマにした作文を書きましょう、という授業が大嫌いだった。
彼は夢を見ることが嫌いだった。
刃堂ジンヤには――――何もなかった。
夢も、才能も、友も、好きなことも、なにもかも。
夢がないから、日々前に向かって進もうという気概がない。
才能がないから、誰かに誇れることもない。
友がいないから、共に高みを目指すこともない。
好きなことがないから、何かに熱中するということもない。
なにもなかった彼の、全てを変えた出会いがあった。
約束をした。
夢が出来た。
しかし、その夢は、その約束は――――完全に潰えた。
◇
第一章 この再会がもたらす未来は
4月。
騎装都市。
騎士と魂装者という、異能を操る特殊な存在が集まる街。
そこにある7つの学園の一つ、黄閃学園へ入学を果たした刃堂ジンヤ。
彼にはある目的があった。
それは、再会と再戦。
離れ離れになっていた幼馴染、雷崎ライカと再会し、彼女と共に宿敵である龍上ミヅキにリベンジを果たす。
彼は中学時代の全ての、そのために費やしていた。
ライカと再会する前に、ジンヤはキララという少女に出会う。
ジンヤとは正反対の華やかな少女。
住む世界が異なりそうな相手ではあったが、彼女はジンヤに友好的に接してくれた。
そして、待ち望んだ幼馴染との再会。
しかし、そこで判明する事実。
キララとライカの因縁。
ライカは、ジンヤと離れている間に組んでいたパートナーと共に、ある男に敗北。
その男のモノになるという不条理を押し付けられていた。
キララはその取り立てにやってきていたのだ。
ジンヤはそれに抗うと宣言する。
◇
「この世界に、本気で願って叶わないことなんてない――そうだよね?」
その言葉は、誰のものだったか。
変わってしまった最愛の少女。
それでも、少年はもう二度と折れないと誓っていて。
《第二章 この敗北が意味するのは》
再び愛刀を手に取り、戦いの舞台に上がるジンヤ。
ジンヤは騎士の中でも最低のGランク。
少ない魔力保有量、その上ほぼ一切外部に魔力を出力できないという致命的な欠陥を持っている。
それにより、魔力による遠距離攻撃はまったくできない。
彼が学生騎士の頂点――神装剣聖を目指すと口にすれば、誰もが無理だと笑うだろう。
対するキララは才能溢れる騎士だ。
戦うまでもなく、結果は見えている。
キララはそう思っていた。
だが、ジンヤはキララを破ってみせた。
その敗北は、キララのプライドに傷をつけた。
大切に、大切に、ずっと守り続けて来た宝物に。
彼女には才能があった。
彼女は努力したことがなかった。
だから。
勝利すれば自分の素晴らしい才能のおかげ。
敗北すれば自分がまったく努力をしていないから。
そうやってずっと自分を守り続けていた。
なのに。
確実に、自分よりも才能がないジンヤによって、言い訳のできない敗北を与えられた。
◇
少女の中に、〝初めて〟が芽生えた。
初めての、〝敗北〟。
初めての、〝悔しさ〟。
そして、芽生えたものは、それだけだっただろうか。
《第三章 この因縁を断ち切らねば》
戦いの日々に訪れるほんの一時の休息。
ライカ、キララと共にデートに繰り出すジンヤ。
だが、微笑ましい時間は、そのまま終わりを迎えることはなかった。
雨谷ヤクモ。
ジンヤとライカの、かつての姉弟子。
まだ騎士になる前、同じ道場で共に剣を握っていた憧れの存在。
ジンヤと離れていた間、ライカが組んでいた騎士。
その憧憬は、変わり果てた姿になっていた。
脚部へのダメージにより、立つことができなくなっていた。
その事実よりもジンヤの心を抉ったのは。
「未だに憧憬を見る目だ。その目はな、私が今この世で一番見たくないものだよ」
「――怖いんだ、武器が」
「私には才能がなかったんだ。騎士になるには、才能が必要なんだ。才能がない私は、騎士の道を諦めて当然だろう、本当
にちょうどいい機会だったよ。気づくのが遅かったら、人生を棒に振るところだった、もっとも、とっくに遅かったかもし
れないね。だってもう、私は十分に、人生を棒に振ったも同然の有様だ」
彼女の心が、完全に折れていたこと。
敗北。
それも完膚無きまでの。
才能がなければ、騎士などやっていても仕方がない。
かつて、才能の壁に悩みながらも、それでも努力し続け、ジンヤに道を示してくれた憧憬の少女が至った結論だった。
彼女にその答えを示した相手の名は――――龍上ミヅキ。
キララの兄で。
ヤクモとライカを倒した相手で。
かつてジンヤが敗北し、ライカと離れ離れになる原因。
全ての因縁を束ねた先にいる宿敵だった。
《第四章 この決意を以て決戦に》
全てを諦めたヤクモ。
ライカにとって、その姿は、かつてのジンヤによく似ていた。
彼女は問う。
ジンヤが経験した敗北、その続きを。
ジンヤは一度、全てを諦めるような敗北を味わっている。
黄閃学園中等部の入学試験。
ジンヤとライカは二人でそれを受けて、ジンヤだけが試験に落ちている。
素質だけ見れば、ジンヤは入学の基準を到底満たしていない。
だからジンヤは、自身の実力を示そうとした。
実力を示すための、実技試験――その相手が、龍上ミヅキだった。
ジンヤはそこで、ミヅキに敗北した。
負けられない戦いだった。
ライカと夢を目指すための第一歩だった。
ジンヤの夢は、一歩も踏み出せずに潰えた――――はずだった。
失意の底にいるジンヤは、その時病床に伏せていた母のもとへ向かう。
母は全てを見抜いていた。
ジンヤがどれだけ隠そうとしても、彼の抱えているものに気づいてしまう。
そこで母は語りだす。
ジンヤは、自身の父が誇りであると同時に、負い目もあった。
彼の父は偉大な騎士だ。
だというのに、ジンヤは父の才能を継げず、騎士としての才に恵まれていなかった。
かつては父の背中に憧れ、父のような騎士を目指すと繰り返していた。
だが、自身の非才に気づいてからは、そんなことも口にしなくなっていた。
父も、ジンヤに騎士の手ほどきをすることはなくなっていた。
見限られたと、思っていた。
「『迅也』っていうのはね、父さんがつけた名前なのよ」
猛々しい迅雷の如く、強い男になってほしい。
そんな願いが込められていた。
母は言う。
父もまた、ジンヤに負い目があったことを。
騎士の道を無理に示してしまったのではないかと。
間違った憧憬を、間違った道筋を見せてしまったのではないかと。
さらに続ける。
ジンヤにとって、致命的な一言を。
「――強く産んであげられなくて、ごめんね……」
ジンヤは誓う。
母は好きな道に進めと言った。
だからもう二度と、才能を言い訳にしないと誓った。
だからもう二度と、敗北をしないと誓った。
だから彼は、全てを失ってもなお、立ち上がれた。
彼が立ち上がり、宿敵を倒すための力を得るのには、とある少年との《もう一つの約束》があったのだが、それはまた別
の物語だ。
《第五章 この一閃で決着を》
宿敵、龍上ミヅキとの決戦。
もう、かつての自分とは違う。
遥か格上、自分よりもずっと才能のある騎士と互角の戦いを繰り広げるジンヤ。
だが――――その壁は、ジンヤが思っているよりもずっと高かった。
ミヅキを倒すために編み出した技、《迅雷一閃》。
その斬撃は、ミヅキの絶対防御を誇る手甲に防がれ、さらに正体不明の斬撃により敗れ去るジンヤ。
負けられないはずだった戦いに、彼は敗北した。
《第六章 この迅雷で、逆襲を》
今度こそ、全てを諦めた。
ヤクモの絶望よりなお深く、全てを投げ出し、虚ろな瞳で無為な時間を過ごす少年。
底なしの闇から少年を引き上げたのは、最愛の少女だった。
「――――男がただやられっぱなしで、悔しくないのかッッッ!?」
初めて出会った時の再演。
何もない少年に夢を与えた少女が。
全てを失い、再び何もなくなった少年に。
もう一度、闘志を灯した。
「「――この世界に、本気で願って叶わないことなんてないッ!」」
その言葉には、いくつもの願いが込められていた。
何もない少年に、夢を与えた少女の願い。
最強の騎士を目指すも、自身が魂装者になってしまったことで、その夢が閉ざされて絶望した少女と、再び歩
み出すための少年の願い。
才能の壁を思い知り、少年の知らないところで夢を諦めかけていた少女と、立ち上がらせるための願い。
そして今。
再び、少年は、少女と共に――――逆襲のために、立ち上がる。
龍上ミヅキとの再戦。
ライカはこのために自身を改造し、新たに搭載した機構により、善戦するジンヤ。
互角――いや、ジンヤが押している。
敗北が過ぎった時、ミヅキの中で蘇ってくる感覚があった。
才能に恵まれていた。才能に胡座をかいていた。
努力をしていないわけではなかった。
それでも、自身を遥かに上回る才能に敗北した時、そこで諦めてしまったのだ。
才能が全てだと。
だからミヅキは、言い訳のように、才能の壁に抗うものを叩き潰していたのだ。
そんなものは見たくなかったから。
そんなものの存在を許せば、自分が惨めだから。
そうやって逃げるのが、楽だったから。
そんな後悔、言い訳も、惨めさも、誰にもわからぬ苦悩を、彼の魂装者の少女、めるくだけは知っていた。
誰にも言えない苦悩を受け入れられ。
さらに、目の前の敵は笑みを浮かべている。
かくして、かつて最強を夢見た男は、再びその夢に正面から向き合い、心から笑った。
互いに笑みを浮かべるジンヤとミヅキ――――神速の世界での剣戟は、ジンヤの逆襲に軍配が上がっ
た。
エピローグ
龍上キララは敗北を知ってもっと強くなろうと決意した。
雨谷ヤクモは自身を信じ続けてくれる少年の勇姿を見て、再び立ち上がり、剣を握ると誓った。
龍上ミヅキは一度は捨てた夢を再び拾い上げた。
蛇銀めるくは最愛の少年に全てを捧げるのが願いだった。
そして、刃堂ジンヤと雷崎ライカは結ばれ、果なき最強への道を進み始めた。
彼は夢を見ることが嫌いだった。
刃堂ジンヤには――――何もなかった。
だが、ジンヤはライカと出会い、夢を得て、歩み始めた。
誰もが無理だと笑った夢を掴むための物語。
迅雷の逆襲譚が、ここに幕を開けた。