栄枯盛衰
【栄枯盛衰】
ザトゥルン公爵は大公領を管理する者を、自分の派閥に属する者ではなく、人脈として欲する貴族たちに声をかける。
選ばれたのは侯爵が一人、伯爵が二人の計3人であった。
「ザトゥルン公、本日我らをお呼びいただいた理由をお尋ねしたいのだが?」
「貴殿たちに声をかけたのは他でもない、大公領についてだ」
「大公領・・」
既に貴族たちの中では、一時的とはいえ大公領が公爵預かりである事を知らぬ者はいない。
「我らと何の関係があるのでしょうか?」
「当然、貴殿たちに大公領を任せたいのだ」
大公領は金を生み出す鶏の様な物だ、今なら誰だって手に入れたい・・
「何故・・、我らに?」
他の派閥に属する貴族に声をかけるその意味・・
「貴殿たちが、領地経営に長けていると聞いてな」
「我らを買っていただき、とてもありがたいお話ですな」
・・多分に公爵側に付けと言う事であろう。
「但し、貴殿たちにやってもらいたい事がある」
「・・どの様な事でしょうか?」
単に公爵派に属するだけではなく、ここからが本題と言う訳だ。
「大公より優れた領主であると事を、領民に示して頂きたい」
「んん? それはどう言う意味でしょうか?」
国王陛下の話では、大公は子を生せば大公領へ戻すと言う。
考えれば他の派閥だろうが何だろうが、一時的な領主でしかありえない。
「大公は、不要としたいのだよ」
「ふむふむ、なる程・・」
此処で新たな領主が、大公より領民のために尽くしていると示せば・・
つまりは自分たちは大公の完全な追い出し役と言う事だ。
そして自分の派閥以外の者が、裏工作をする方が疑われる事が少ない。
「それは大役ですなぁ・・」
「ああ、かなりの大仕事ではあるが・・、是非受けてもらいたい」
幾ら違う派閥とはいえ、大公領を任せられれば恩義を感じる。
それならばと、公爵からも大公領を奪おうと考える者。
もしくは、公爵の派閥に進んで入ろうと考える者。
いかに、公爵にいかに恩を売ろうかと考える者。
しかしこの場で公爵に出した答えは3人とも同じ・・
「我らがザトゥルン公のお眼鏡にかなったのであれば、謹んでお受けいたします」
3人の貴族たちは、大公領の領主を兼任する事を了承する。
「それは良かった。貴殿たちほどの人物を改めて探すのは一苦労だからな」
4人はそれぞれの本当の思いを見え隠れさせながら、湖と避暑地を管理する侯爵、森を管理する伯爵、牧草地を管理する伯爵と、大公領の分割管理を行う事になる。
しかし彼らは大公領の現状を知らない。
彼らにとって最悪のシナリオが進んでいる事に・・
エールデはノイ、ズィヘル、フォルの友人たちを見送った後、もう一つの準備をした。
荷物そのものは既に纏められ、殆どは既に東の果ての地へと送られている。
では、何の準備が必要なのか・・
大公領全体に祝福の魔法をかけた時の様に、一人バルコニーに佇む。
「皆には悪いと思うけど、少しの間我慢して欲しい。必ず助けるから」
大公家は、国王の命に絶対服従を貫く。
しかし公爵や宰相が、大公家にしてきた事を黙っている事とは全く別である。
他の貴族との接触は避けているが、争わないと言う話ではない。
『大いなる力』の鍵をぎゅっと握りしめる。
「パッシブ:解除 この大公領に掛けられた祝福を止めよ」
大公領全体に金色の幾何学模様が現れパリンと砕ける。
その後、個別に祝福した湖、森、牧草地にも幾何学模様が現れては壊れる。
「パッシブ:呪詛 この大公領の大地、森、湖より恵みが取り去られよ」
祝福と同じように金色の幾何学模様が広がっていく。
「『大いなる力』としては共通しているから、金色は変わらないのかな?
幾何学模様はどこがどう違うとか、同じかすら見分けがつかなかったなぁ」
呪詛は、祝福の魔法を停止させた時の反動を、大きくする様に創った魔法だ。
きっと今回もザトゥルン公爵と宰相が絡んでいるに違いない。
この移封にも裏ががあり何かを画策・・、領地を奪おうとしているのではと疑う。
前の世界の記憶。
逃げる際に井戸に毒を入れたり、田畑を焼いたり、罠を仕掛けたり・・
エールデは正しく公爵や宰相と戦争を始める心積もりのようであった。
大公領の湖と避暑地を管理するのは侯爵である。
避暑地の建物の一つを自分用の別邸とすると、直ぐに領民からの訴えに驚く。
「侯爵様、よろしいでしょうか?」
「どうした?」
「領民が湖で問題があると訴えております」
「ん? どう言う事だ?」
いぶかしみながら領民たちと会う事にする。
「湖に問題があると言う事だが?」
「はい領主様。湖に異変が起きております。是非対処していただきたく」
「よかろう。直ぐに向かおう」
素晴らしい領主である、と印象付ける早速のチャンスに感謝する。
湖に近づくと、鼻に付く異様な臭いに気付く。
「こ、この臭いは何だ!?」
「・・湖からの臭いでございます」
「何だと!?」
以前避暑地に来た時は、このような臭いは無かった。
更に現地で湖の姿を見て驚く。
底まで澄んで見通せる湖は、深緑のドロッとした物に濁っている。
良質で美味な魚たちは、既に大量の死骸となって湖に浮いている。
どちらが原因か、両方かそれとも別なのか、猛烈な悪臭を放っている。
「こ、これは何なのだ・・」
「分かりません。なので領主様へご報告に伺いました」
「ワシにどうせよと言うのだ!?」
「前のエールデ様は、直ぐに調査隊を組んで下さり、問題解決まで色々な方法に取り組んで下さいました」
「な、何だと・・」
当たり前と言えば当たり前、問題の無い領地など存在はしない。
大公も豊かな土地にするために、最善の努力をしたと言う事だろう。
「・・仕方あるまい。調査隊を編成させよう」
耐えがたき匂いと風景に、それだけ言うと直ぐに別邸へ帰ってしまう。
エールデは領民に所替えになる際に、次の領主は大地を祝福する魔法を使えないだろうから、領主にとって最善をさせる様に助言を念押ししていた。
それから祝福については一切口にしてはいけない事も・・
しばらくして調査隊の報告が侯爵に届けられる。
「原因は分かりませんでした」
「・・原因が分からない? ならばどうせよと言うのだ!?」
「湖の汚れをひたすら取り去り、清らかな水と入れ替えるしか・・」
「何だと・・」
正にドブに金を捨てる行為である。
「何でワシがこんな目に!? やってられるか!」
そう叫ぶと、家臣と一緒に自分の本来の領地へ逃げて行ってしまう。
牧草地を管理するのは伯爵である。
彼も避暑地の建物の一つを、別邸として移り住むと直ぐに領民の訴えに悩まされる。
「領主様。仔牛たちの死産が続いております。親牛も病気にかかって弱っております!」
「ふふん。良い機会が巡って来たではないか!」
訴えを聞いた当初、伯爵はこの機会を逃すまいと牧草地へと向かった。
「こ、これは一体・・。な、何が起きているのだ!?」
牧草地では倒れた牛を何とかしようとする者や、牛舎では懸命に治療する者がいた。
「お願いします領主様、手を打っていただかねば全滅してしまいます」
「わ、分かった。牛に詳しい者たちを手配しよう」
彼は領地経営に秀でていたかも知れないが、酪農に関しては素人同然であった。
何の問題も無いと思ったからこそ、大公領の代理領主を引き受けたのである。
しかし獣医の答えを聞いて絶望する。
「大公牛は元々、病に弱く、死産が多い品種です。今まで無かった方が奇跡だったと言わざろう得ません」
「何じゃと・・。ならワシに出来ることなど無いではないか!」
獣医にそう言われてからは、領民たちの訴えを無視する。
「エールデ様は色々な方法を考えて下さいました。領主様も何か手立てをお考え下さい」
ここでもエールデは領民に、次の領主は魔法を使えないので、祝福については口を噤み、領主にとって最善策をさせる様に助言していた。
「煩い! そんなものは無理だ無理。諦めよ」
領民のあまりの訴えに嫌気がさし、伯爵も自分の領地へと逃げて行ってしまう。
森を管理するのも伯爵で、前の二人と同じように避暑地の建物の一つを別邸にする。
彼の場合は領民から訴えが無かった代わりに、彼の方から無理難題を押し付けた。
「軍よりポーションの求めがある。ありったけ全部のポーションを差し出せ」
「領主様、かなりの金額になってしまいますが?」
「・・はぁ!? ワシは差し出せと命じたのだぞ? 何故、金を支払わねばならん?」
「エールデ様は、余剰分をお買い上げ下さっておりました」
「何じゃと? 大公は買い上げておったのか・・」
成果を早く出そうと、先ずは軍の要望に応えようとした事が裏目に出る。
「ならば大公が購入していた余剰分は何処にある?」
「確か・・、監視されていた三人の貴族様にお渡ししていたかと」
「ちっ!」
有り余る程の私財を領民や軍、ひいては国のために還元していたと言う事になる。
いくら伯爵とはいえ、タダでくれてやる様な私財は無い。
「ならば無償で差し出せ」
「お、お待ち下さい。それでは我らの生活が立ちゆきません」
「煩い。今まで儲けてきた分を出せば良いのだ」
領主の命令に、領民たちから声が上がる。
「ならば森の状況をご覧下さい。エールデ様はワシらが声をかける前に森に足を運んで下さり、何かあればワシらの声に耳を傾けて下さいました」
「黙れ! ワシは大公では無いわ!」
森の状況など確認せず、兵士を派遣して強制的にポーションを差し押さえる。
別宅に持ち込まれた大量のポーションに満足げに頷くが、それ限りとなってしまう。
「ポーションが無いだと? あれだけ隠していたのだ、もう作れたであろう」
「その件につきましては、領主様に説明しているの一点張りで」
「ん? ワシは何も聞いておらんぞ?」
そう言うと伯爵は森へと向かうが、遠目に見ても森がおかしい事が分かる。
「な、何じゃ、この森は・・」
ポーションを創っている村に着くと説明させる。
「何故、ポーションを作らない。無償での差し押さえは、今までの儲けの分と言ったはずだな?」
「・・領主様はご存じのはずですが?」
「ワシは何も知らんぞ? 一体何の事だ?」
「最初にお会いした時に、森をご覧下さいとお願いいたしました」
「・・むっ!?」
「良くご覧ください! これが今の森の状況です。
原因は分かりませんが木々は枯れ、薬草も例外なく! 動物たちもいなくなり狩人たちも困っております!」
「知らん、何も知らんぞ!」
「ならば何故森に来て下さらなかったのですか! 領民の声に耳を傾けて直ぐに調べて下さらなかったのですか!」
「知らん。あとはお前たちで何とかせよ、良いな!」
「・・領主様」
領民たちの悲痛な叫びに、伯爵は耳を塞ぎ別宅へ戻ると、そのまま自領に戻ってしまう。
東の果てに居るエールデの耳にも、大公領の悲惨な状況の噂が届く。
国王も既に噂を耳にしており、宰相やザトゥルン公爵には、何も知らぬ振りをして、早急に大公領の解放をするように厳命する。
反面、東の果ての地には、大いなる繁栄があった。
『大いなる力』で祝福の魔法を行い、しばらくしてから各地を再び精力的に巡る。
最初に言った海に面した村へと行く。
「領主様の祝福のお陰です」
「良い成果がありましたか?」
興奮した様子で寄ってくる、漁村の人々に笑顔で答える。
「はい。海は静まり漁を再開する事が出来ました。
取れる魚全てが上質で、美味いものばかりでございます」
「それは何よりです」
やる気を取り戻している村長や漁民たちから、更なる提案がある。
「この様に海に静けさが取り戻せたのであれば、塩作りも再開したいと思っております」
「素晴らしい。必要な資金や資材があれば連絡下さい。準備いたしますから」
「いえいえ、滅相も無い」
「まずは領民の生活の安定が一番です」
「・・ありがとうございます」
エールデの言葉に漁村の人々は、感謝を伝えるしか出来なかった。
次は鉱山へと足を運ぶと、同様に嬉しそうな人々の歓迎を受ける。
「領主様の祝福の魔法の効果が出ております」
「それは良かった」
次々と人々が寄ってきて、色々な成果を報告してくれる。
「ご覧下さい」
「これは・・、以前見せてもらった銅鉱石ではありませんね」
「鉄鉱石でございます」
「と言う事は鉄が産出する様になったのですね」
「鉄だけではなく、貴金属でさえ産出する様になっております」
「それは・・」
喜びを言葉にしようとすると遮られてしまう。
「金属だけではありません。こちらをご覧ください」
「えっ!?」
何種類かの綺麗な鉱石がトレーの上に乗せられて運ばれてくる。
「これは、何の鉱石でしょうか?」
「宝石の原石でございます」
「えっ!? 宝石も産出する様になったのですか?」
「はい、とんでもない奇跡でございます」
別の者がピンク色の石を持ってくる。次から次へ持ち込まれる物に苦笑いである。
「今度は何ですか?」
「舐めてみて下さい」
「・・・・・舐める?」
村人たちのにこやかな笑顔の勧めに断れず、拳大の石を一舐めしてみる。
「うぉほぉ!? しょっぱっ!」
エールデの仕草や表情に、村人たちから笑い声が起こる。
「山師が新しい鉱脈を探している途中で見つけた岩塩にございます」
「岩塩・・、塩ですか!」
海からしか得られない塩を、内陸に岩塩として見つける事はかなり重要である。
「これらはすべて領主様の祝福の魔法のお陰です」
「いいえ、皆さんへの信仰の表れと、日々の忍耐と努力の賜物に他なりません」
領主の答えに、その場にいた人たちは口々に感謝を言葉にする。
東の果ての邸宅から見えた平野は、豊かな実りがある様に見えていた。
最後に領都へ戻りながら、農村の人々に声をかけて行く。
「領主様、ありがとうございました」
「依然見たときよりも、青々と茂っているようですが?」
「はい! 今までにないほどの収穫が期待できます!
「そうですか、それは良かった!」
平野は痩せた僅かな土地にも拘らず、食物を豊かに実らせ、多くの収穫を期待できそうだ。
農民たちの喜びを、エールでも一緒に喜ぶ。
「これも領主様の祝福の魔法のお陰で・・」
「私の魔法はちょっと後押しをしただけです。皆さんの日々の努力の成果です」
農民たちを評価するエールデの言葉に、その場に居た者たちから感謝の言葉が聞かれる。
エールデは東の果ての地が、少しずつ良い方へ向かい始めるのを見ると、国王の生誕の祝いに伺いたいと書状を出す。
ザトゥルン公爵、宰相と大公領の決着を付けるために・・




