冤罪
【冤罪】
ヴェーヌスによる婚約破棄の出来事は、子息子女を通じて実家に伝えられ、瞬く間に東国中を駆け巡る。
しかし王家、大公、公爵の揉め事であり、沈黙を持って応えるしかない状況でもある。
国王は事態の全容を解明するために、関係者を王宮へと招集する。
とは言え、既にモント公爵を通じて情報を得ており、密偵から報告との整合も取れていた。
「・・この様にエールデ様は、大公と言う権力を笠に多くの女性に肉体関係を迫ったのです!」
ヴェーヌスは、謁見の間に呼ばれると、如何にエールデが悪いかを力説する。
「ふむ、エールデよ。ヴェーヌスの申し立てに異議はあるか?」
「誓って申しますが、その様な事は一切ありません。ただ・・」
「ただ、何じゃ?」
「この様な申し立てを受けると言う事は、私の不徳であると感じております」
「なる程の・・」
エールデは、それだけを国王に告げ、国王もエールデの言葉に意味深に声を発する。
宰相とザトゥルン公爵は、ヴェーヌスと自分たちの息子たちが、勝手に動いた事に憤りを感じていた。
彼らとしては、ヴェーヌスの訴えを国王に陳情して、内々に婚約破棄をし、罪の償いとして他の領地に移封させるつもりだった。
そうしなければこちらの立場がまずくなる状況に陥ってしまうからだ。
「ならば、ヴェーヌスよ。そなたは何を望む?」
「この様な貴族の風上のも置けぬ様な者は、我が夫には相応しくありません」
「つまり?」
「婚約破棄致しま・・っ!?」
突然国王に射すくめられて、ヴェーヌスはビクリと体を震わせ小さくなる。
「ヴェーヌスよ。上位が下位の爵位の者に、何をしても良いという不文律は存じているか?」
「も、勿論、存じております」
この不文律、暗黙の了解ゆえに、公爵令嬢である自分は自由気ままに出来ていた所は大きい。
「ならば爵位としては公爵は大公爵の下である事も、十分理解しておるな?」
「・・・・えっ!?」
自分より上の爵位と言う言葉に、分かってはいるが理解が追い付かない。
「表立っては動けぬ身なれども、エールデ大公は、ヴェーヌス公爵令嬢より上ぞ?」
「えっ? あっ!? ・・そ、それは!?」
国王は、敢えて孫たちに爵位を使って関係性を強調する。
ヴェーヌスも国王の言葉を理解した上で、なんとか反論しようと必死に頭を回転させる。
「もう一つ、そなたとエールデの婚約は誰が決めた事じゃ?」
「勿論、国王陛下にございます」
「お主は誰の許可を取って、破棄を宣言した?」
「・・・・・っ!?」
国王は罪の有無ではなく、爵位の不文律と誰の執り成しかを指摘した。
宰相とザトゥルン公爵が憤りを感じたのは、正にこの2点であり反論のしようがない。
事ここに至って、ヴェーヌスは自分の仕出かした事の重大さに気付く。
自分より爵位が上の者を辱め、国王が定めた婚約を勝手に破棄・・
「さて、余はヴェーヌスの申し出を受け入れ、婚約破棄を認める」
国王は一度眼を瞑り、優しい視線でエールデの方へ向く。
「大公には、この度の不始末について蟄居を申し付ける」
蟄居となれば、領地からの出る事は勿論、貴族の出入りを禁じ、流通さえ禁止される。
「但し、モント公の3人の護衛は監視の意味を含めて、出入り及び流通を許可する」
「「「畏まりました」」」
ノイ、ズィヘル、フォルの三人は臣下の礼を取り、国王の命を受諾する。
「エールデも良いな?」
「畏まりました」
エールデも臣下の礼を取ると、国王に伺いを立てる。
「国王陛下、一つよろしいでしょうか?」
「ん? 何かあるのか、エールデ?」
「本日、卒業のパーティの席で、婚約者に渡そうとした物がございます。
傍に置いておくには辛すぎて、国王陛下にお贈りしてもよろしいでしょうか?」
「・・許す」
それを聞くとエーデルは家臣に持ってこさせて、国王に見せる。
国王、王妃は元より、周辺の貴族、特に女性陣より感嘆の声が上がる。
それは真珠が連なったネックレスで、色、形、大きさ全てが揃えられていた。
「何と見事な・・」
「我が領内の湖で採取出来る真珠から、時間をかけて仕上げた逸品でございます」
真珠そのものが手に入り難いのに、色形大きさを揃えるのは至難の業である。
「エールデ様! 何故、婚約者である私の首にかけて下さらないのですか!?」
突如、ヴェーヌスが恋する乙女の如く微笑んで声を上げる。
あまりの出来事に周囲は凍りつき、父親であるザトゥルン公爵は怒りを露わにして娘を叱る。
「ヴェーヌス! 何を言っているのか分かっておるのか!」
「・・・・えっ!?」
父に突然しかり飛ばされ、キョトンとする。
そこへ国王とエールデの言葉が重くのしかかる。
「そなた婚約破棄をした事を、もう忘れたのか?」
「・・・・えっ!?」
「何故、婚約者でも無い貴女に、贈り物をしなくてはならないのですか?」
「・・・・えっ?」
婚約破棄をした事を忘れたかの彼女に、国王が冷たく言い放ち、公爵が叫ぶ。
「まさかヴェーヌス? 自分は贈り物を貰って当然と思っておるのではあるまいな?」
「誰か娘を! ヴェーヌス連れて行け!」
頭が真っ白になったのか、茫然自失のヴェーヌスを侍女たちが連れ出す。
「お見苦しい所を」
「公爵。少し甘やかさせすぎではないか?」
「はっ・・、厳しく躾けますので、この度はどうかご容赦いただきたく・・」
孫とは言えザトゥルン公に苦言を告げるも、今度は王妃を尻目に困った様に呟く。
「まあこれだけの物を見せられれば、おかしくはなるか・・」
ヴェーヌスと同じ表情、いやそれ以上にとろけた笑みを浮かべる王妃を見て溜息を吐く。
持ち込んだエールデ自身も、少々困った表情を浮かべるしかない。
エールデが国王に差し出したネックレスを受け取れなかったヴェーヌスは、自分の仕出かした不始末に理解できずショックのまま邸宅へと戻る。
「何故、婚約者である私がこの様な目に・・」
「自分で婚約を破棄しておいて、何を言っているんだ! お前のした事はザトゥルン公爵家の顔に泥を塗ったのだぞ!」
邸宅で愚痴愚痴と言い募る娘に、父の怒りに触れ厳しく諭される。
「っ!? それは・・そうですが・・」
色、形、大きさの三拍子そろった真珠のネックレスなど、この世には存在しない。
正に貴族の女性たちの中では垂涎の品、国宝級なのは間違いない。
注目の的になったはず・・、そしてそれは私であるべき。
「私に贈られてもおかしくは無い筈です」
「国王陛下もおっしゃったけど、婚約者じゃなくても贈ってもらえると思ったのか?」
「あ、当たり前です。私はザトゥルン公爵家の・・陛下の孫なのですから」
今の自分の立場は周囲にちやほやされて当然、エールデからも贈り物を貰えていたのは当然と思っていたのは事実だった。
爵位の不文律や、陛下自らの婚約を忘れてしまう程に。
「大公家は、ザトゥルン公爵家は元より、どの貴族とも仲良くなるつもりなどない。
その上でお前は婚約を自ら破棄したと言う立場を良く考えなさい」
「・・わ、分かっています」
しぶしぶと納得するが、あれほどのネックレスが自分の物にならなかった事が辛い。
何より公爵の令嬢にして国王の孫という肩書きを持ってしても、思い通りにいかない事が今なお受け入れられなかった。
宰相は別の事で悩んでいた。
「大公の蟄居だと・・。不味い事になった」
蟄居・・。エールデは大公領から出られず、貴族の出入りも禁止である。
内緒で通っていた貴族たちから恨みを買ってしまいかねない。
「大公領からの高級品が、全て止まってしまう・・。手に入れるには、モント公爵経由のみとは・・」
流通の禁止・・
今や名産や特産となっている、大公牛、珍しい果実やポーション、淡水真珠に珍しい輝石たち・・。
全てが止まり、モント公爵の裁量で割り当てが決められる。
しばらくすると自分の息子から、蟄居による一方的な愚痴を聞かされなければならなくなる。
自分の行った事を棚に上げて、ヴェーヌスは料理人に文句を言う。
「最近、大公牛が食卓に上がっていません。早急に用意しなさい」
「申し訳ありません。入手が困難となっております」
「何故ですか? 今まで定期的に出されていたはずです。それが何故急に・・」
「大公領が封鎖され、モント公爵様からご提供いただきませんと・・」
「・・あっ!?」
大公の蟄居による流通の停止・・
ましてや婚約破棄しており、贈り物が届く事はない。
自分が仕出かした不始末がここに及び始めている。
ヴェーヌスは料理人に注文を出す。
「近々、友人方がお見えになります。茘枝の実や、檬果の実を用意しておくように」
茘枝や、檬果はヴェーヌスの所でしか食べる事が出来ず、来訪者への自慢の種である。
「申し訳ありません。ご用意する事はできません」
「何故ですか!?」
「エールデ様より届けられておりません」
「っ!? な、ならばすぐに手紙を・・」
もう忘れていた。これらの果物はエーデルが届けた物である。
「まだ理解できていないのか、ヴェーヌス!」
しかしその手紙は届けられる事無く、目の前で父に破り捨てられ燃やされてしまう。
ヴェーヌスは、自分の侍女たちに自慢げに尋ねる。
「今度の誕生日には、どのようなアクセサリーが届けられると思う?」
「さあ、初めての事ですので何とも・・」
「・・・・初めて?」
「宰相の子息様からは、今まで贈り物が届いた事は御座いませんので」
「っ!?」
侍女の言葉にハッとする。エールデからの贈り物はもう来ない。
そして宰相の子息からは、贈り物らしい贈り物は貰っていない。
自分の過ちを棚に上げ、父に訴える。
「エールデ様はあれほど贈り物をして下さいましたのに、手のひらを返したようにパッタリと止んでおります。お父様からも何とか言って下さいまし」
ヴェーヌスが仕出かした事を忘れての訴えに、辟易しながらザトゥルン公爵は応える。
「お前自身が婚約破棄を言いだした事だ」
「それとこれとは別です。何故私に贈り物しないのかと言う事です」
娘の言い分に呆れ果て、溜息と共に無駄な努力を重ねる。
「では聞くが、何故贈り物をすると思う?」
「勿論、私の気を惹くためですわ」
「その通りだ。しかし公衆の面前で婚約破棄した女性の気を引きたいと思うか?」
「そ、それは・・。それでも公爵令嬢である私であれば・・」
「何度も言うが大公家は、格下の公爵家に必要無いと思っていると言う事だ。
本来であれば、公爵家から大公家に貢ぐべき話なのだよ」
「なっ・・!?」
きっぱりと言い切る父の言葉、顔を悔しそうにゆがめる。
自分は公爵子女、特別な存在と言う気持ちが、未だに抜けきっていない。
仕方なく自分を籠絡した愛しい人たちに、手に入れて欲しいと駄々をこねるのである。
一国の宰相が、息子たちの戯言を聞かねばならない。
更に宰相は、軍関係者からも注文に頭を痛めている。
「宰相殿、どうにかならないのか? ダメなら臨時予算を組んで欲しい」
大公領は近年豊かさが増し加わっており、薬草の宝庫となっている。
最上級や上級を除いたポーションは、エールデから軍に無償で提供されていた。
「臨時とはいえ、今から予算の組み直しは難しいかと・・」
「ならば何とか大公領からのポーションを軍に提供する様に取り計らってくれ」
軍幹部の貴族からの厳しい注文に、渋い顔をするしかなかった。
ザトゥルン公爵と宰相は、どちらかともなく声をかけ、集まり、密談する。
「日々、大公領の解放を求める声が増えているようだな」
「蟄居にまでされるとは思いもよりませんでした」
貴族たちは珍しい物好きだ。
ましてや大公領内しか手に入らずに、貴族たちが一般人を装って入っていた避暑地も封鎖されている。
「国王陛下もどうやら今回の一件、何やら嗅ぎつけているようだ」
「そうでしょうな」
今回の采配は大公に非ありとしているが、知る者にとってはザトゥルン公爵家と宰相への制裁と分かる。
「モント公爵家を通じて、大公領の品々が流通しておるのも気に食わん」
「彼の家臣がエールデ様の友人だった事で、許された様ですからな」
建前は監視だろうが、大公に味方した恩賞にと思われる。
国王の怒りを買っている自分たちから、有力貴族が離れる事も十分に考えられる。
「やはり大公には、領地を出て行っていただく他あるまい」
「この世を去っていただく訳には?」
「あの者の母親が爆死で、我らが国王陛下から睨まれている状況では時期尚早だろう」
流石に婚約破棄を裏で操りつつ、エールデが亡くなれば、先代大公の死さえ疑われる。
血筋を保つという建前を除けば、何よりも純粋に国王の孫である。
「まずは国王陛下に進言してみる他ないな」
「私の方でも出来る限り、根回しするよういたします」
二人は大公領を奪う算段を練り直す。
国王の命により、大公領で謹慎となったエールデの所には、ノイ、ズィヘル、フォルの3人が監視と言って顔を見せに来る。
大概は一人ずつの順繰りなのだが、時折思い図ったかのように3人揃う事がある。
「いやーあ、大公牛は絶品だよな」
「すまんがお代りを貰いたいのだが、いいか?」
「この後、あの果実が出るんだ、程々にしとけよ。こっちにもお代わりを頼む」
監視などそっちのけで、大公領に来れる特権を存分に生かしているとしか思えない。
「・・おまえらなぁ、少しは遠慮しろよ」
エールデは3人を見て顔をゆがめる。
しかし侍従長や料理長は満面の笑みで、来客者たちをもてなす。
「おいおい、こいつらはそんなにもてなす必要無いぞ!?」
釘を刺すのだが、家臣たちはどこ吹く風である。
領地を巡り、回復魔法群の研究に没頭していても、先代大公である母親の死、婚約破棄、蟄居と続いたせいか思い悩む事が増えていた。
3人が来れば、文句を言いながらも、溜息は吐いても、楽しげな表情が増える。
自分たちが出来ない事をやってくれる来訪者を、もてなすのは当然であった。
「そんな事を言っていると、とっておきの噂話をやらんぞ」
「噂話?」
「エールデが、多分知りたがっている情報だな」
「・・多分なのか?」
「聞きたいか? 聞きたいだろう? ならばもっともてなせ!」
「・・聞きたくないかも」
エールデが義理で聞き返すのを、勘違いして良い気になる3人組。
楽しげに食事を続けながら、敢えて重くならない様に話をする。
「今回の事件のあらましだな」
「事件? 婚約破棄のか?」
「そう、婚約破棄の件。実際は自作自演」
「ぶっちゃけ冤罪だな」
「ふむ、こちらとしては身に覚えがない以上、当然そうなるな」
ここまで話を聞いてしまえば、噂話だろうと全て聞きたくなる。
「それで?」
「エールデも気付いているだろう?」
「ザトゥルン公爵と宰相がくっついている事を」
「えっ!? そうなのか?」
「・・気付いていなかったのか?」
確かにヴェーヌスは、エールデの動きを見張っていたし、傍では普段と変わらない態度で接していた。
「エーデルも医術の研究に没頭していた様子だったし、無理はないか」
「お前が婚約破棄された時、ヴェーヌスの周りに誰が居た?」
「・・すまん、分からん」
「エーデルは、壊滅的に人間関係に弱い」
「まぁ、大公家の宿命と言うやつだ」
憐れむ3人に、心の奥底にイラッとした感情を覚える。
「じゃあ、逆に質問をしよう」
「何だ急に?」
「まあまあ、良いから黙って聞けって」
いぶかしむエールデを宥めすかして考えさせる。
「ヴェーヌスに擦り寄ったのは宰相の息子だ。そして取り巻きにはザトゥルン公の手の者もいた」
「お前に不利な証言をした子女たちも、ザトゥルン公爵家に弱みを握られていたり、派閥に属する連中を親に持つ」
「さて、これらの情報から導き出される答えは?」
これだけの情報を提示されれば、何を言わんとしているか理解できる。
「ザトゥルン公と宰相が縁婚の関係を得たいために、ヴェーヌスは利用されただけ。
他の子女たちはその手伝い・・、弱みなら強要された?」
「まぁ、子女たちはそうだろうな」
「ザトゥルン公爵と宰相がくっつこうとしているのは、多分確かだろう」
「ヴェーヌスは・・、正直分からん」
「これとは別にしても、婚約者のある身で考えられん態度だったのは事実だ」
「なる程・・ね」
ここまで聞くと溜息を吐いて、肩をがっくりと落とす。
「でも何故だ? 二人に何のメリットがあるんだ?」
「エールデの前で大変言いにくいんだが・・」
「大公と宰相のどちらの人脈が、公爵には得と思ったかだな」
「人脈か・・、納得だな」
人脈の一点で言えば、大公家はどの貴族よりも劣っている。
「ただヴェーヌス嬢が、公衆の面前で婚約破棄をするのは予想外だったようでな」
「どう言う事だ?」
「考えても見ろ。自分より上位爵位を裁いた上に、国王陛下のお決めになった婚約を勝手に破棄した・・」
「最善策としては、秘密裏に国王陛下に願い出ると言う形を取りたかったんだろう」
「って、モント公の言っていた事の受け売りだけどね」
「事の真偽は分からんが、結果を見れば明らかだろう?」
「確かにその通りだね」
深い政治の部分には関わってこなかった影響か、言われなければ気が付かない。
「これからどうなると思う?」
「んー、モント公の考えで良いか?」
「ああ、構わないよ」
「多分だけどザトゥルン公爵と宰相にお灸をすえて、大公領の解放になるだろうって言ってた」
「何故だろう?」
「ぶっちゃけ貴族はお馬鹿だからな」
「そうそう。今なお大公領に来たがっているし」
「聞いた話じゃ、軍は大公領からのポーションを結構当てにしてるらしいぞ」
それほどまで自分の領地が、大きな役割を果たしているとは思っていなかった。
「だからしばらくは様子ってところかな」
「そうか。ならば国王陛下からのお言葉を待つとするか」
ノイ、ズィヘル、フォルは簡単に考えていたが、事態は大きく変化して行く。




