学院
【学院】
エールデは15歳になる年、学院へと入学する。
この学院は三年制で、貴族たちが将来領主になるために必要な、領地経営や他国との戦争の備え、王家に仕えるための知識や教養を身に付けるための機関である。
残念ながら今では建前となり果て、実際には各貴族たちの人脈作りの場と化しているのが現実だ。
領主によっては学校を作っているが、高い授業料が必要で、まだまだ平民には門戸は開かれていない。
平民は学びたくても学ぶ事が出来ない現実があり、豊かな大公領であっても遅れている分野であった。
無事に入学式を終え、今年は意外にも3クラスとなった内の、一つへと案内される。
貴族のためのとは言え、同年代の子息や子女が毎年数十人と居るはずも無く、精々10名程に、残りは貴族たちの推薦による将来有望な者たちで1クラスである。
例外は王家やそれに連なる血筋、有力貴族の子息子女が居る場合で、その年の入学者はとても多くなる。
事実、今年はヴェーヌスが有望株のトップとなり3クラスの要因となっている。
授業だが3クラスあっても基本クラス単位で行われる。
通常ならば1クラスしかないのが普通なので、その年々で教育方法を変えないため措置である。
専門的な知識や、より深い技術の習得には、二通りの方法が用意されている。
その道に秀でた講師の開くセミナーに参加する方法が一つ。
もう一つは、クラブを立ち上げ講師に顧問になってもらうと言う物である。
エールデは自己紹介の時に、国王の命通り自分が大公である事を明かす。
「初めまして、エールデと申します。爵位は大公を預かっております」
「(あれが・・噂の・・)」
「(ザトゥルン公爵令嬢の婚約者の・・)」
「(禁忌の大公・・)」
それぞれの実家で、大公家については聞いてきているのだろう、ザワリと空気がどよめく。
その中で婚約者のヴェーヌスだけは、笑顔で手を振っている。
事前に手紙で学院内での接し方について、彼女から相談を受けていた。
確かに2人っきりの時間を取りたいと思っても、一番はヴェーヌスの身の安全である。
最低限の挨拶だけで留める様にお願いしておいたのだ。
付かず離れずのクラスメイトの中、何の躊躇もなく声をかけてくる者たちが居た。
「相変わらず一人か、エールデ?」
そんな彼に声をかける人物がいた。しかも3人。
「初めまして、貴方は?」
大公の古くからの決まり事を頑なに守り、初めて会うように接する。
「なあ、エールデ? 最初の挨拶の時に言った通り、俺たちは三男坊の集まりだ」
「長男の予備の次男でもねぇ。精々騎士止まりで大した事にはならねって」
「そうそう。お前さんの護衛役として、うちの上司から命令を受けてるしな」
そこまで聞くとエールデは嘆息して答える。
彼らの上司とはモント公爵で、ザトゥルン公爵と並ぶ名立たる大貴族である。
「そうは言っても、大公家と簡単に関係が持てると思われても困るんだけど?」
「大丈夫だ、・・多分な」
「まあ、人脈が欲しい奴は近寄りもしないだろうし」
「公爵家の婚約者がいるから、子女も迫ってきた事はないだろう?」
本当の事を改めて指摘されると、溜息しか出てこない。
「はぁー、分かったよ3人とも。で、何の用かな、ノイ、ズィヘル、フォル?」
「ん? 別に何もないぞ?」
「単に挨拶だけだな」
「強いて言うなら・・、休みの間に変わった事が無かったか聞きたかっただけだ」
あまりに大雑把で適当な対応に唖然とし、すぐに苦笑いが出る。
「特に気付いた事はなかったと思うけど・・」
「そうか。なら良い」
「何か起きてからの対処をするよりは、起きる前に準備しておいた方が楽だから」
「早めに教えてくれよ」
そう言うとサッサと所定の位置、少し離れてエールデを囲むように座る。
「こちらが出来事を思い返している最中に席に帰られてもなぁ・・。
そもそも聞いた話では、影ながらの護衛じゃなかったのか?」
今までになかった関係に、エールデもどう対処して良いか分からず戸惑いを隠せない。
そんなエールデには、学院に通う事が決まった時から、是非学びたい事があった。
「ほぉ、今時の貴族には珍しい事を学びたがるものですな」
「どなたかご紹介いただけませんでしょうか? 医術を教えていただける方を」
母の死がきっかけである事は間違いない。
力不足・・。いや、これ以上の力はないと言う限界を作ってしまった自分が許せない。
あの出来事以降、人を治す、癒す術に大いに興味を持ったのだ。
「医術と言うのは、まだまだ未知の分野。
魔法使いも攻撃重視となり、ポーションに頼り切っり。その結果、回復魔法も廃れてしまった」
「そうですよね、医術はまだまだ・・? 回復・・? 教授、回復魔法とは!?」
「知らぬのも無理はない事。建国以来、魔法使いは攻撃中心・・」
何やら同じ事を繰り返しそうだったので、少し強引に話に割り込む。
「申し訳ありません。出来れば回復魔法だけお願いできますか?」
「おぉ、そうですな。回復魔法とは、傷ついた者を癒す、毒におかされた者を解毒する、体の一部を欠損した者を再生すると言った魔法の総称です」
教授の言葉に愕然とする。
人々を癒す魔法があった・・、この事実がエールデを打ちのめす。
「回復魔法と言えどもポーションと同様に、体の事を熟知し症状に合わせた物を選択しなければ効果が得られません。
例えば、体が欠損している状態で、毒を治す魔法もしくはポーションを使っても意味がない様に・・」
教授の話の後半は、殆ど耳に入ってこなかった。
「回復の魔法を知っているだけで・・、治せる、救える可能性があった?」
この一言がエールデの心をしっかりと掴んで離さない。
知っていれば、母を救えたかもしれない。
『大いなる力』を使えば、より強力な回復魔法を使えたはずである。
「教授! 回復魔法について、詳しい方をご紹介いただけませんか!」
「うーむ・・廃れて久しく、誰ぞ研究している者がいたかのぉ・・」
教授に心当たりはなく、学院の関係者にもあたってもらうが見つける事は出来なかった。
「すまぬのぉ。力になれずに」
「いいえ、まだ手はあります。回復魔法に関する資料や書物をご存じありませんか?」
「一から調べ直すつもりか? エールデ殿」
「出来る事は全てやって見たいと思っています」
「そうか・・、残っている可能性として一番高いのは、王宮の大書庫じゃろう」
「王宮の・・大書庫・・。ありがとうございます」
教授に礼を言うと、直ぐに大書庫を管理する司書たちへ手紙をしたためる。
ここで問題となったのが大公の立場である。
大書庫の利用には、王宮へと赴かねばならない。
これは非常に不味い。
「貸るだけでも、何とかならないだろうか?」
考えた手段が書籍などの貸し出しであったが、回答は否である。
建前としては、重要な書籍の持ち出しを禁止しているという話だが、受け渡しその物の行為そのものが、大公との関係の疑いを招くと考えられた事が一番だからだ。
「はぁー、これは難しいか・・」
深く溜息を吐き、今ほど大公と言う爵位を疎ましく思った事は無かった。
学院の図書館の書籍は、一般教養に攻撃魔法や経営、経済、人心掌握などで埋め尽くされており、医学書など片隅に追いやられて量としては極僅か。
しかし大公としての立場を振りかざして入手させるつもりはさらさら無かった。
仕方なく医術に秀でている者に師事しながら、ポーションの研究に携わる事にする。
エールデが医術やポーションにのめり込んで一年が経とうとした頃、護衛であるノイ、ズィヘル、フォルの三人組のはおかしな様子に気付く。
「なあ、男女の関係って言うのは、ああいう物なんか?」
「うーむ、分からん」
「俺に聞かれてもなあ・・」
エールデはクラスメイトと一線を画すように、婚約者ヴェーヌスとも同様にしている。
これは当然の理由がある事なのだからやむを得ない。
しかしヴェーヌスは、他の貴族たちと仲睦まじく交友を深め・・、傍目には恋人同士とも取れる親密な関係な上、数名の異性の取り巻きに囲まれている事が増えた。
「何と言うか、ヴェーヌス嬢もエーデルに合わせて一人貫くってしねえのか?」
「確かにそこまでやるべきって感じはするが・・」
「女性はちやほやされたいらしいから、仕方ないのかも知れん」
一応報告に上げるが、こればかりは自分たちの範疇外と、様子見をするしかない。
更に半年たった頃、ヴェーヌスはおかしな動きを始める。
「エールデの話じゃ、子女に呼び出されて告白されているらしい」
「安全のため蔭ながら覗かせてもらった」
「本人のために言っておくが、お断りを即答していた」
暗殺を考えれば、告白は1対1で誰もいない格好の機会なのだから仕方ない。
「で、婚約者の居る大公に手を出す勇者の素性を調べてもらったら・・」
「ザトゥルン公爵の派閥に所属するか、実家が弱みを握られている子女だった訳だ・・」
「ちなみに取り巻きは、公爵と宰相の派閥の混合部隊な訳だが・・」
「「「・・やっぱりおかしいな」」」
公爵と宰相がくっつきたがっている?
どちらかは分からないが、わざわざ揉め事を持ち込む理由はそれしかない。
「モントのおっさんも苦虫をかみつぶした顔してたぞ」
「なら上は上で手を打つだろうから、放って置くのが一番だな」
「いや、もっと情報と証拠を集めて来いとさ」
上司であるモント公爵の方でも、彼らが何をしようとしているのか調べている。
最近エールデは何かに没頭している様子で、ヴェーヌスの細かな変化に気付かない。
ヴェーヌスも、エールデの前では入学当初と変わらない態度を保つ。
公爵か宰相のどちらかの派閥に属する護衛と称する監視役よって、エールデの動きがヴェーヌスたちに逐一伝えられ、事前に準備をしているためであった。
当のエールデは、そんな事に気づかずに、学院でひたすら医術とポーションについて学んでいた。
教授たちに教えを請いながら、僅かばかりの図書館の隅に眠る本を暗記する程読む。
長期の休みの機会には、領内のポーション作りで生計を立てる人たちを訪れもする。
やがて今の医術の限界という壁にぶち当たってしまう。
今の医術は、地域ごとの経験を元に組み立てられた物が多く、解剖学や新しい薬の効果検証と言った物はかなり遅れていた。
「後は、王宮の大書庫しかないか・・」
今の自分には、この手段を使う術がない。
バルコニーに出て深く溜息を吐く。ふと天を仰ぎ浮かぶ月が目に入る。
「・・・・・待てよ」
ガバッと振り返り部屋とバルコニーを行ったり来たりしながら、視線を巡らせ考える。
前に居た世界にも昔からあった技術・・写本。
今の世界も印刷技術はないから、本の複製を作るには同様の方法が採られている。
「出来るのか・・、いや出来る、必ず! アクティブ!」
『大いなる力』鍵をしっかりと持ち、視界にターゲットスコープが映し出されるのを待つ。
「王宮、いやこの世界に存在する、医学、ポーションの書籍を複製!」
エールデを中心として、幾何学模様が描かれた光の輪が放たれる。
世界の果てに達すると、光の輪はエーデルへと戻ってくる。
そして次々と目の前に、大量の書物が積み上げられる。
「凄い! これが・・『大いなる力』。正に無限にして神秘の力だ!」
しかし目の前の資料をペラペラと捲り、内容を見てガッカリする。
「これらは地域ごとの経験を元に体系づけられた医学、薬、ポーションと言った物を集めた書籍でしかない・・。これじゃ目の前の命を救うには充分じゃない・・」
エールデは頭の中で、得られた資料を有効に使う方法を必死に考える。
「教授は言っていた、症状に合わせた正しい選択が必要と。
正しい選択がなければ、救える命も救えないと」
部屋をぐるぐると回り、バルコニーと部屋を行ったり来たりしながら再び思考の海へ。
「考えろ、自分の価値観や先入観にとらわれるな。前世の記憶も使うんだ」
人を癒すには、症状を正しく見極め、薬や・・魔法を正しく処方する・・
「『大いなる力』よ! 人の体の症状を見極め、治療法を知る魔法を作って欲しい!」
目の前に色々な文字や、幾何学模様、数字が下から上へと流れて行く。
そして一行だけ目の前に浮かびあがって止まる。「診察魔法 作成完了」と。
「出来た・・のか? 良し試してみよう!」
診察魔法が間違いなく機能する事を確認するために、授業やセミナーの時間に、無断ではあるが近くに居る人たちの体で使い方をマスターする。
そして正しく症状を見極められるのであれば、次は正しく癒す手段である。
「『大いなる』よ! 人の体にある症状を正しく癒す魔法を!」
診察の時と同じように文字や、幾何学模様、数字が下から上へと流れる。
そして「回復魔法群 作成完了」と表示される。
「出来た! 回復魔法が出来た!」
ここまでに長い期間を費やしたが、それだけの価値ある物を手に入れたのである。
そんなエールデのいない所で、宰相の子息に身を寄せるヴェーヌス。
その周りを取り巻きの貴族の子息たちが固める。
更には影の護衛たちが、エールデの行動を監視している。
「一体何時になったら、婚約破棄が出来るのですか?」
「こういう事には手順が必要なのですよ、ヴェーヌス嬢」
「分かっておりますが・・」
言葉に表れている通り、ヴェーヌスの心は既にエールデから離れている。
「ヴェーヌス様、もう少しの辛抱ですよ」
「その通りです。準備は着々と整っておりますから」
周りの子息たちも、宰相の子息の言葉に合わせる様に。ヴェーヌスを慰める。
「やはり全ての貴族たちに、婚約破棄が正当な物である事を示さねばなりません」
「全ての貴族・・ですか?」
婚約破棄がが正しいと言う事を、皆に知ってもらう必要はある。
「そう。全ての貴族の子息、子女が集まり、学院の関係者の邪魔が入らない機会と言うのは、何時だと思いますか?」
「うーん、そんな機会は・・ないと思いますが」
考え込むヴェーヌスに答えを告げる。
「卒業パーティですよ」
「えっ・・、あっ!? なる程、確かにあの場であれば」
「その時までにしっかりと証拠や証言を集めて、大公がぐうの音も出ない状況で、婚約破棄を宣言する」
「それは・・、とても良い考えですわ!」
既に頭の中は、その時の状況が浮かんでいる様子だ。
「ヴェーヌス様、そちらの準備に抜かりはありませんか?」
「お任せ下さい。多くの子女に協力いただいており、何時でも証言して下さいます」
「結構です。あとは悟られない様に、何時も通りに過ごして下さいませ」
「分かっております。ふふっ、卒業パーティが楽しみですわ」
着々とエールデを貶める罠が用意されて行く。
それが自分が陥る事になる罠かもしれないのに・・
護衛であるノイ、ズィヘル、フォルの上司であるモント公爵は、国王に謁見するとエールデと彼を取り巻く状況を伝える。
「それで何が言いたいのだ、モント公? まさかこの程度で、不仲や不義を疑って釘をさせとでも」
「いいえ、国王陛下が取り持たれた婚姻を蔑ろにしてまで、彼らがやろうとしている事とは何なのか気になるのです」
「エールデが学院に通おうが、領内に閉じこもろうが、同じ結果だったのではないか?」
「国王陛下がそれでよろしければ、私は何も言う事は御座いません」
その様に言うと国王の前を辞し、さっさと謁見の間を出てしまう。
「ふむ、モントの考え過ぎであろう・・が、真偽は調べておくべきか」
二人を婚約させたのは自分であるし、先代大公との約束とはいえ、学院へ通わせたのも自分である。
そして自分のあずかり知らない所で、事を進める者たちが居るのは気にはなる。
しばらして上がってきた報告に眉をひそめる。
「ヴェーヌスが宰相の子息とヴェーヌスが? ザトゥルンや宰相は知ってか?」
爵位が上の者の籍に入った方は、何をされても黙って耐えるしかないと言われている。
自分の実家がそれに見合う、いやそれ以上の恩恵を受けるからである。
しかし今回は大公が爵位では上であり、国王自らの執り成しである。
「確かにおかしな事をしている様じゃな」
ヴェーヌスの相手は宰相の子息、周りの取り巻きは公爵や宰相の手の者。
これは何かを画策していますと疑われても仕方のない事だろう。
「何を考えておるヴェーヌス。いや、ザトゥルン?・・、宰相もか?」
今度は国王の方から、モント公爵を呼びし、二人についての極秘裏に情報を擦り合わせる。
エールデが18歳になる年。
学院での最高学年を無事に卒業をした後に行われるパーティの席で事態は動く。
「エールデ様、見損ないましたわ!」
ヴェーヌスは宰相の子息を傍に、背後を自分の取り巻きの貴族の子息で固める。
その視線は正面のエーデルを見据え、彼らをぐるっと囲むように人の輪が出来る。
「何かヴェーヌス嬢の気に障る様な事をしましたか?」
「戯言を! 大公という地位を振りかざし、か弱き子女たちに体を強要するとは」
「・・何か誤解されている様ですが?」
弁明するエールデの言葉に対して、証人たちを呼び寄せ厳しく追及する。
「誤解? 困った子女たちが私に相談しに来るのです!
中には婚約者さえいる方もいる。あなた達、そうですわね?」」
何人もの子女が現れては、ヴェーヌスの言葉通りの証言をする。
エールデは彼女たちを知っている。
彼女たちの言い分は真逆で、彼女たちの方から呼び出され、愛人として囲って欲しいと求められたのだ。
「待って下さい。彼女たちの言っている事は・・」
「この期に及んでまで言い訳なさるのですか! 貴方の様な方は貴族の風上にも置けません。ましてや私の夫たる資格も無い!」
エールデの言葉を遮って、ヴェーヌスは捲し立てる。
「本日、この場を持って婚約破棄を申し立てます!」
この二人プラス取り巻きの様子を見ていたノイ、ズィヘル、フォルたちは、こそこそと耳打ちする。
「ここまで来ると、茶番も笑えんな」
「既に陛下は承知の上って言うのにね」
「一応、絡んどく?」
彼女たちの言い分は一方的な証言だけであり、実際の証拠となれば何一つない。
3人の護衛が警告するための行動を起こそうとした矢先にエールデが動いてしまう。
「ヴェーヌス嬢の言い分は分かりました。今回は自分の不徳が故でしょう。
裁量は国王陛下に委ねると言う事でよろしいでしょうか?」
「お好きになさいませ!」
エーデルは少し寂しそうなな表情を浮かべる。
ヴェーヌスは興奮し、肩を怒らせる。
ノイ、ズィヘル、フォルの三人の護衛は、あーあと言う顔をする。
周囲は固まったまま。
決着は国王の前、謁見の間へと持ちこされる。




