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無限の書  作者: まる
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母の願い

【母の願い】


王宮内では、あわただしく人が動いている。

中でも大公が運び込まれた一室周辺では、実に物々しい雰囲気である。


ベッドに横たわった大公は、全身を包帯に巻かれ痛々しい姿を晒す。

エーデルも傍で、負担にならない様に静かに手を握り、静かに・・しかし、しっかりした声をかけている。


「どうじゃ?」

「・・・」


見舞う国王が医師や魔法使いたちに小声で尋ねるが、静かに首を振るのみ。


「そうか・・」


未だ薬は神秘のレベルに到達せず、攻撃に特化してしまった魔法使いの間では、回復魔法は失われた技術であった。


エーデル自身も前世の戦争と言う記憶に縛られ、人を癒す術の存在に思いが至っていなかった。


「エールデ、少し席を外してくれるか?」

「分かりました、国王陛下」


部屋から出て行くのを確認すると、大公に声をかける。


「気分は如何じゃ?」

「・・全く、問題ありませ・・ん、国・・王陛下」


傷みを抑える薬を使っているとはいえ、そんな事はあり得ない。


「余に何か望む事はあるか?」

「な・・にも」

「そなたはもう助からぬ。最後の最後ぐらい伯父として聞かせておくれ」


瀕死の時にさえ大公であろうとする姪に、優しく語りかける。


「・・・一つ・・だけ」

「何じゃ?」

「一人・・残るエー・・ルデに、生涯の友・・を、その・・機会を」

「友・・、学院か」


東国には貴族たちが通い、将来のために教えを受ける学院と呼ばれる物が存在する。


「息子・・が、道を違えば・・、大公・・領を封じ・・て」

「相分かった、後は任せるが良い」


大公は包帯を全身に巻かれ、痛々しい姿のまま、皆に看取られてこの世を去る。




エールデは前の世界でも、親しい人たちを同じように見送ってきた。


ごく当たり前の光景だからか、心が壊れたのか、母の前でも涙が零れなかった。






宰相とザトゥルン公爵は、大きな過ちを犯していた。


宰相は大公領の豊かさゆえに目が眩み、公爵は大公と言う爵位に惑わされた。


エールデの母は、国王の弟の子であり、即ち姪に当たる。

そしてその母と、王太子の兄弟の間の子こそエールデであり、国王の孫に他ならない。


正当な理由なくして大公家に手を出す事は、国王への謀反に他ならない事を。

人として普段何もしてやれぬ、姪や孫に手を出されて黙っている程、国王は出来ていなかった。


こんな簡単な事、最も重要な事がすっぽりと抜け落ちていたのである。






国王は大公の死に際し、全ての家臣を緊急に集める。


「この度の大公並びに、その子息エールデへの暗殺があった」


暗殺・・。国王の厳しい視線が、並ぶ者たちを射抜く。


「王宮で、謁見の間で、ましてや余の前で、これがどういう意味か分かるか?」


誰もが頭を下げ、視線を避けようとする。否、合わせられるはずがない。

一つ間違えば、国王を傷つけ、死の淵を歩ませた可能性がある。


「余の暗殺にも及び、王宮内の警備の不始末であり、王家の恥であるな」


国王は静かに皆へ語りかける。


「大公の取り成しもあり、今回に限り誰の責任も問わぬ。しかし二度とこのような事があってはならぬぞ」


国王の言葉に、家臣たちはほっと安堵の表情を浮かべてしまう。


「もう一つ、大公の最後の願いであるが、子息エールデに学院へ行かせて欲しいというものじゃ」

「お待ち下さい、国王陛下!」

「何じゃ宰相?」

「大公家は今まで人々と関係を築かぬよう努めてまいっております。それ故、多くの特権を・・」

「ならば今すぐ犯人を捕らえてまいれ」

「えっ!?」

「トカゲのしっぽ切りなど許さん、王家の名に掛けて黒幕を捕まえよ」

「そ、それは・・」

「場合によっては、家臣総入れ替えかもしれぬな。いや、大公の執り成しをもっても厳罰は免れまいて」

「・・・・・」


国王の厳しい言葉に、宰相も口を閉ざろう得ない。

謁見の間での暗殺・・、この一言の重みを簡単には覆せない。

それを許されているのは大公の執り成しであり、エールデを学院に通わせると言う事を思い知る。


「国王陛下、発言をお許し下さい」

「許す、何じゃザトゥルン公?」


誰も黙る中、公爵が一人声を発する。


「国王陛下のお怒りはごもっとも。家臣一同あらゆるものを投げうってでも真相を究明いたします。

その上で今一度、大公家の立場、目的を思い起こして下さいませ」

「・・大公家の、・・本来のじゃと?」


国王はこの場に及んでも、大公の遺言を果たさせようとしない者たちに怒りを表す。


「ならばエーデルよ」

「はい、国王陛下」

「そなたの命は誰の物じゃ。大公家とは何を守るものか?」

「勿論、国王陛下の者にございます。すべては国王とその領地をお守りするための物」

「ならば学院へ通うように命じる」

「畏まりました」

「「国王陛下!?」」


国王とエールデのやり取りに、宰相と公爵が声を上げるが、次の言葉に愕然とする。


「そして囮となれ」

「御命・・承りました」


臣下の礼を獲るエールデに対して、二人は国王の言葉をいぶかしむ。


「「囮・・?」」

「居並ぶ全ての者に申し伝える。公爵が申した通り、一刻も早く事件を究明せよ」

「「「はっ!」」」

「究明の間、学院に囮としてエーデルを送り、再度狙い襲わせる。

決して表に出る事無くエールデを守護し、犯人を取らえ必ずや黒幕を引きずりだせ。良いな?」

「「「承知いたしました」」」


家臣たちは一同了承の声を上げ、公爵は自分の発言が藪蛇となった事を悟る。




一同に厳命を与えた後、誰に言うでもなく口を開く。


「最後に、エールデにどのような立場で学院に言って貰うのが良いか?」

「恐れながら国王陛下に申し上げます」

「何かあるのか、宰相?」

「エールデ様には、正々堂々大公を名乗っていただくのが良いかと存じます」

「・・ほう、それは何故じゃ?」

「大公家は本来、他の貴族との接触する事を固く戒められておりますので、大公であるとはっきりしておかれた方が、他の方々のためにもよろしいかと」

「ふむ・・」


その上でも親しくしたいと言う者たちから、生涯の友が生まれるかも知れない。


「よろしいでしょうか、国王陛下」

「ザトゥルン公もか? 何じゃ?」

「エールデ殿には大変申し上げにくいのですが、囮となっていただく以上、標的であると明言する上でも大公を名乗られるのが良いかと」

「それは・・」


国王自ら言いだした事ではあるが、孫であるエーデルを学院に行かせるための方便であり、大公の遺言を守るためだ。


実際に囮に使うつもりではなかったが、こう言われてしまえば引くに引けなくなる。

自分の言葉を取り消せば、再びエールでの学院の話に戻ってしまう。


「エーデルよ。構わぬか?」


仕方なくエールデに一任する。彼の答えを承知の上で。


「全ては国王陛下の御心のままに」


エールデは躊躇う事無く、国王の命を受ける。


「相分かった。エールデよ。亡き大公の後を継ぎ、本日より大公に任ずる。

また学院でも大公を名乗る事を許す」

「畏まりました」


その日、エーデルは大公となり、15歳となる来年、学院へと入学する事が決定する。






ザトゥルン公爵の別邸で、宰相と今日の結果について話し合う。


「不味い事になりましたな・・、お二人に国王と話す機会を与えてしまうとは」

「すまぬ。自爆と言う中途半端な情報を流してしまった」

「それも被害を最小限に抑えるための、細心の注意を払いしが上の事」


実行では無く、あくまでも警備の話であった事にする。


「しかしこれで手を出し難くなってしまったわ」

「よもや囮という大義名分を使ってくるとは、私も驚きでした」

「これならば普通に通わせた方がまだ機会はあっただろうに。ワシの不要な発言で・・」

「いいえ、あの時ばかりは致し方ない事と思っております」


監視と言う名の物とに、数多の護衛が学園内に、エールデの周囲に配置されてしまう。


「流石にこの状況で学院内で手を出すのは下策であろう」


出入りの限られる学院では、用意に尻尾を捕まれる恐れがある。


「・・今度は私の手を使ってもよろしいでしょうか?」

「ん? 何か手立てがあるのか?」


自爆という手段は公爵の発案であり、次は自分の番と宰相が手札を見せる。


「この様な筋書きは如何かと。例えばエールデ殿が学院になじめなかった、もしくは大公と言う立場を使って暴挙をした」

「・・それで?」

「ご息女のヴェーヌス様が呆れて婚約破棄、醜聞で暗殺をうやむやにしつつ、大公領に籠っていただくと言うのは?」

「学院内の事は、我らも直接手を出し難いが上手くいくか?」

「エールデ様を蔭ながらお守りする手の者を複数送り込んで、時間をかけて」

「なる程・・、最悪は卒業までに手を打てれば良いと言う事か」


宰相の提案を吟味する公爵。


「失敗しても三年と言う時間が経過して領地へ戻られるのですから、ほとぼりを冷ますのには十分かと」

「領地の方にも、何らかの手を打つ時間が出来ると」

「策と言うのは一つで成り立つ物ではありません。幾重にも仕掛けた一つが・・」

「どちらに転んでも、十分な時間は得られるとはいえ、出来る事ならヴェーヌスを未亡人にする前に片を付けたいのだがな」


一応は自分の娘、むざむざ悲しませたいと考えるつもりはない。


「望まれるか分かりませんが、未亡人のヴェーヌス大公妃様に国王陛下に近しい人を」

「ふむ、その手も悪くはないか。ならばこちらでも手の者を選んで送るとしよう」


ヴェーヌスも国王の孫娘であり、大公の名を継ぐには何の問題もない。

ならば多少の悲しみは背負わせても、得る物の大きさからやむ無しと切り替えもする。


二人は次の一手として、エーデルの護衛と言う名の工作員を用意する。

大公領内にも、少しずつ間者を潜り込ませていく。






母を大公領連れ帰る日が近づくと、ザトゥルン公爵がエールデの元を訪れる。


「すまぬ、このような時に・・」

「いいえ、お気遣いなく」


しばしの沈黙の後、公爵が訪れた理由を告げる。


「身贔屓を避けるためとはいえ、囮と告げた事を許して欲しい」

「いいえ、誰であっても正しい発言でした」


公爵の対応について、責めるどころか肯定する。


「学院での生活も、人との接触を極力避けようとするのだろう?」

「はい、そのつもりです」

「そなたには酷かもしれんが、寮生活を頼めぬか?」

「どう言う理由からでしょう?」


国王からは、どのような生活をするかまでは言及されていない。


「ヴェーヌスの婚約者殿に万が一があってはならん。本当に囮にするつもりもない。

学院と大公領が近いとはいえ、移動にはどうしても隙が出来、狙われやすいものだ。

領内の事も心配ではあろうが、エールデが寮生活をするのが良いと考えている」

「ご心配をおかけし、申し訳ありません」

「息子となる者を心配するのは、当り前であろう」


きっと公爵も影の護衛を用意するに違いない。

囮とは言ったが、傷ついて欲しい訳では無く、守り犯人を捕らえる準備を考えれば当然であろう。


公爵の助言は尤もだと納得すると、エールデは生活方針を伝える。


「次の日授業がある時は寮で生活し、休みの時は大公領に戻る事に致します」

「むぅ・・、そこは妥協せざろう得ないか」


これ以上の無理強いは良くないと判断し、エールデの案を受け入れる。


「くれぐれも領内や道中注意せよ。必要ならワシを頼ってくれ、護衛ぐらい用意できよう」

「ご忠告ありがとうございます」


自領に戻る大公の一団の後ろを見つめながら呟く。


「悪く思うな、全てはザトゥルン公爵家のため」


公爵も自分の馬車へと向かっていく。






大公領へ戻ると、大公である母の死と、自分が新たに大公を継いだ事を領民に伝える。

その後、エールデはしめやかに母の葬儀を行う。


領民たちも、豊かで穏やかな生活をもたらしてくれた先代大公に哀悼の意を示す。


棺に入れる遺品を整理していた時、あまりの装飾品の少なさに驚く。


「これは一体・・」

「先代大公は質素を旨とされており、常々人に会わぬ大公に装飾品は不要とおっしゃられて・・」

「・・


『「最近、母の首回りや指先がさみしいとは思いませんか?」

「・・・思いませんが?」』


そう、ですか」


過ぎ去りし日の、装飾品が欲しいと母子のやり取りを思い出す。




自分の家臣たちを集めて、国王の言葉と先代大公の遺言を伝える。


「色々と心配もあるだろうが、国王陛下より大公を継ぐ事を認めていただいている。

至らぬ所があるだろうが、今まで通り支えて欲しい」

「家臣一同、今まで以上に誠心誠意エールデ様にお仕えいたします」


侍従長が代表してエールデに答える。


「先代からも自分はまだ未熟ゆえに、学院で色々と学ぶようにと命じられ、国王陛下の了承も得ている」

「それでは領地をお空けになるのですか?」

「授業のある間は学院の寮を使い、休日にはこちらに戻ってくるから安心して欲しい」

「承知いたしました」

「私が不在の間は、そなたたちに領民の事を委ねるしかない。どうかよくよく声に耳を傾け、何かあれば直ぐに知れせて欲しい」

「畏まりました」


その後は、それぞれの担当や役割毎に細かな話し合いを行い、調整と指示をする。


「エールデ様、学院ではどの様な物が必要になるのでしょうか?」


大公家に生を受けたもので、学院に行くのはエールデが初めてである。


「学院は国費ですべて賄われているので、基本必要な物は学院で用意されている。

精々プライベートで必要となる服や、装飾品と言った所だと思う」

「つまりエールデ様の領地巡りと大して変わらないと言う事でございますね」


にこやかに答える従事長の表情が、一転して真剣な物となる。


「馬車は如何いたしましょうか?」

「ん? 今まで通りの物で良いと思うが?」

「道中の事を考えますと、重厚にして頑強の物をご用意された方がよろしいかと」


主だった家臣たちには、先代の死について暗殺である事を伝えてある。


「大公と言う立場上、道中は援軍などに期待は出来ない。

学院へ向かう途中なら未だしも、領内に戻るのではじり貧になるだろう」

「しかし、それでは・・」

「ならば一刻も早く移動できる馬車の方が良いのではないかと思う?」

「と申されますと?」

「学院と領内を全力で駆け抜けられるだけの力を持った馬や、馬に負担をかけず、且つ重要な所は強く、固く。それでいて軽いという馬車と言う事だ」

「それはまた難しい注文ですな」


にこやかに頷いて、お任せ下さいと侍従長が馬車を仕立てに行く。


「『大いなる力』で馬車を守る方法を考えておいた方が良いな。

魔法の真似事はしてきたけど・・、戦う準備も必要になるか」


家臣たちの思いを無駄にしない様に、エールデも準備をする。





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