狙われる大公領
【狙われる大公領】
エールデは母の思慮深い言葉をしっかりと守り、ヴェーヌスに定期的な贈り物を欠かさなかった。
と言うか・・思慮深い言葉には、女性全般・・、母親も含まれている様な気配を感じたが。
エールデは毎月、ヴェーヌスと出会ったと同じ日に届ける程の気の入れようである。
大公領の特産や名産といった数々の品々殆どは、領内のみ流通しているのが現状だ。
国王や王家には献上してはいるが、それ以外としては客として避暑地へ赴くしかなかった。
しかも貴族たちは大公の立場上、表立って大公領に足を向ける事は厳しい。
初めて大公牛が届いた日の事・・
ヴェーヌスとザトゥルン公爵家の家族は、その日出された肉料理に驚嘆する。
「料理長! この肉は一体何なのだ!」
「柔らかく蕩ける様で・・、とても美味しいです」
「本日、エールデ様よりヴェーヌス様にと贈られてまいりました大公牛にございます」
「これが大公牛・・」
貴族たちは例え客としても、国王や他の貴族に疑われぬ様に、大公領に足を運ぶ事は限られている。
爵位が上がれば上がる程、その動きが顕著に表れる。
自らの公爵と言う立場は当然の如く、足を踏み入れる事を避ける事となっていた。
「以前は生産量も少なく、領内だけの流通だけでした。
最近になって少しずつ出回っておりますが、中々手に入りにくいのが現状でございます」
「噂には聞いていたが、これ程の物とは・・」
「エールデ様に感謝しませんと」
笑顔を見せるヴェーヌスに、妻も同じ様に笑顔で頷いていた。
ある月は珍しい果実である茘枝もしくは檬果を届けさせる。
ヴェーヌスと公爵家の家族は、その日初めてみる果物に唖然とする。
「料理長? これは?」
「本日、エールデ様よりヴェーヌス様にと贈られてまいりました茘枝と呼ばれる果実にございます」
「果物・・なのですか?」
棘にも見えるブツブツの付いた殻と言う程固い外皮に守られた茘枝を弄ぶヴェーヌス。
その間に料理長の手によって皮を剥かれ、一口大にカットされた物が運ばれる。
「とても良い香りがします。・・まぁ!」
一つ口に入れると、弾力がありながらも瑞々しく、優しい甘さが口いっぱいに溢れる。
「な、何だ・・、これは!?」
公爵家の面々も口にすると、驚きの表情を浮かべる。
「かなり希少なものらしく、領内でさえ出回っていないご様子です。
国王陛下の元にわずかに届けられており、王妃様がいたく気に入られている品とか」
「まさか国王陛下に届ける分を、こちらに回しているのか?」
流石にそこまでされると、いらぬ疑いをかけられるかもしれない。
「ご安心ください、『国王陛下の元にはきちんと届けております故、量は少なく申し訳ありませんが』との言伝でございます」
エールデは公爵が心配する事を見越しての言伝が用意されていた様だ。
「ふぅ、驚かせおって・・」
溜息と共に肩に力を抜き茘枝を口にする父を、コロコロと笑うヴェーヌス。
「後ほどエールデ様にお手紙をしたためましょう」
そして他の月にもヴェーヌスと公爵家の家族は、その日出された料理に驚かされる。
「料理長! どう言う事だ! 何故、魚料理が食卓に並ぶのだ」
「これが・・魚を調理した物・・」
ヴェーヌスは、初めてみる魚料理を興味深く見ている。
「本日、エールデ様よりヴェーヌス様にと贈られてまいりました湖魚にございます」
「大公領内にある湖の魚か!? しかしどうやって・・?」
大公領と王宮は1日程度の距離であり、魚を届けるのに問題は無いだろう。
しかし大公領から公爵の別宅へは早馬でも3日の距離はある。
「魚の鮮度を保つために、特別に設えた馬車を使っているとの事です」
「・・わざわざ用意したと言うのか」
エールデはヴェーヌスのために『大いなる力』を使い、保冷しつつ時間も出来るだけ止められる機能を持った荷馬車を作ったのである。
「これが魚料理・・、フワッフワで・・、とても美味しいです」
「魚料理など久しいな」
魚を食べられるのは、川や湖、海に面している領内を持つ物のみの特権である。
これらの贈り物が、月替わりで届けられては、ヴェーヌスは感謝の手紙を送る。
会えない故に、物だけの繋がりではあったが、少しずつ親交を深めていく。
更にエールデは、急に王宮へ呼ばれ、何時ヴェーヌスに会っても良い様に、常に特産の真珠や翡翠、琥珀を使った装飾品を準備していた。
それらとは別に、ヴェーヌスの誕生日に備えて最良の品を選り分けている。
そんなある日の事、ザトゥルン公爵は宰相の邸宅へと呼ばれ、二人で酒を酌み交わす。
元々それほど交流がある訳でもなかったが、色々話をと招待されたのである。
しばらくして、宰相が本題を切り出してくる。
「ヴェーヌス様は、エーデル殿と婚約された後、如何お過ごしですか?」
「最初に会った時にもらった指輪からコロッとなっておる。
まあその時に居た妻も、王妃様でさえも同様ではあったがな」
プライベートルームでの出来事を思い出したのか苦笑いする。
「その様な事があったのですか。噂では誰も見た事も無い石であったとか?」
「取らないでと言う娘を宥め賺して、何とか宝石商に鑑定させたが、何処も取り扱った事が無いそうだ」
女性はとりわけ光り物に弱い。娘の指輪に羨望の眼差しを向ける妻には辟易していた。
「翡翠はエメラルドの様でありながらも、柔らかい輝き、琥珀は他の宝石には無い茶褐色の透き通る色合いで、これまた温かみを感じると絶賛しておったよ」
是非売っていただきたいと、執拗に喰らいついてきた宝石商もいた程だ。
「それはそれは。その他にも毎月の様に贈り物をされると聞きます」
「最高級の大公牛に、茘枝や檬果といった果物、特別仕様の荷馬車で運ばせる魚たち・・。あれらには、ワシも驚かされたわ」
「国王陛下も大公領から送られてくる食材は、いたくお気に入りとの事ですからなぁ」
近年まで流通出来なかった物を、名産、特産に押し上げた手腕は称賛に値する。
「そう言えば、大公領の淡水真珠も見事ですな」
「娘の誕生日に贈られてきたのだが、妻が娘ばっかりと拗ねておった」
半分呆れ、半分苦笑いで首を振る公爵に、宰相も苦笑いで返すしかない。
「しかし残念ですな」
「残念? どう言う意味かな?」
「確かに大公領の持つ資源は莫大な物でしょう。しかし、今の公爵家に必要な物とまでは思いません」
「我が公爵家とて台所事情は苦しい。無いよりは、有るに越した事はあるまい」
ザトゥルン公爵家に限った事では無く、どの貴族でも懐の厳しい所は無心してくるのが常だ。
「しかも大公家は公の場に出る事は戒めており、公爵家の人脈作りには些かも力になりますまい」
「・・何が、言いたい?」
流石に此処まで話を進めてくれば、宰相の考えが透けてくる。
ヴェーヌスを宰相の一派の誰かに、つまりは公爵家との繋がりを求めていると考えるべきだ。
「ザトゥルン公が望まれるのは公式の場での人脈でありませんか?」
「国王陛下がお決めになった事、今さらどうする事も出来まい」
公式の人脈と言う事であれば、宰相との繋がりは最優先と言っても過言ではない。
が、しかし・・
「最近、考える事がありましてな」
何を言って説得するつもりか分からないが、自分の、公爵の、国王の長女という力を持ってしても、どうにもならない事が、まだ分からないのだろうか。
「大公家は、我が国に必要なのだろうか・・と」
「・・・・本気? いや、正気か宰相」
自分の答えを遥かに超える宰相の考えに唖然としてしまう。
「良くお考えくださいザトゥルン公! 建国当初であるならばいざ知らず、今は太平の世です」
「落ち着かれよ、宰相。未だ国同士の境界では小競り合いが続いておる」
太平の世? 小競り合い? いやいや、一触即発はお互い分かっているはずだ。
「例え戦争が起きたとしても、既に建国王の血筋は貴族たちの隅々まで行きわたっており、完全に血が絶えることなど考えられませぬ!」
宰相は激昂してはいるが、確かに今さら王家の血筋が絶えると言う事はありえないだろう。
「・・それで?」
「残念ながら私一人では、うまく事を運ぶ事が出来ないと考えております」
「ワシに共犯になれと申すのか?」
「いいえ、これは私の酔った席での独り言にてございます」
「ふむ・・」
表立っては協力しろとは言わず、寧ろ無関係を装いつつと言ったところか。
「国王陛下の、引いては東国のためとあらば協力は惜しまぬよ」
「おおっ・・! それでは・・」
宰相とザトゥルン公爵がお互いの目的のために手を組み、大公家を潰さんと動き始める。
公爵と宰相双方の人脈と、大公領の豊かな資源を得るために・・
エーデルが14歳の誕生日を間近に控える頃、王宮より知らせが届く。
領地を巡っていた彼の元に、大公である母より召喚がある。
「どうしましたか、母上?」
「国王陛下より、謁見の許可がおりました」
「本当ですか!」
母の言葉に喜びの笑みを浮かべる。
「急ぎ準備します」
国王陛下だけではなく、ヴェーヌス嬢に会えるかもしれない。
そんな表情が誰の目から見ても分かる様子だ。
「エールデ」
「はい、何でしょうか?」
部屋を出る際に呼びとめられ、何事かと振り返る。
「最近、母の首回りや指先がさみしいとは思いませんか?」
「・・・・・・思いませんが? まったく」
変な事を聞いて来る母に冷たく返す。後ずさりをして後ろ手で扉の取っ手を探す。
「ヴェーヌス嬢には、沢山贈り物をしていますよね?」
「当然です。大切な方なのですから。母上もその様に申されたはずですよね?」
「母も・・、大切ではないのですか?」
「・・母上は沢山お持ちになっていますよね?」
母と子は、ここで引いたら負けと言わんばかりに笑顔で睨みあう。
「この間だって真珠を・・」
「真珠はお持ちですよね?」
「両方とは言いません。琥珀か翡翠のどちらかで構わないのです」
「ヴェーヌス嬢だって、一つずつしか持っていません。
その一つずつでさえ、大変な目に会っていると聞きます。恨みを買いますよ?」
「大公家は人と極力会わないので問題ありません」
「じゃあ、無くてもよろしいのでは?」
「っ!? そ、それは・・」
言葉尻を捕らえられ焦る大公。そこには普通の母と子のやり取りがあった。
しばらく時間をおいて、今度はザトゥルン公爵が宰相を招待する。
「お呼びいただき光栄でございます」
「先日大層なもてなしを受けた礼も兼ねてな。こちらはささやかではあるがな」
「いえいえ、滅相も無い」
公爵の意味深の笑みに、にこやかに答える宰相。
「で、本日の用向きとは?」
「勿論、国王陛下のためよ」
「・・陛下の?」
とぼけた風に言う公爵に、自分が罠に掛けられたのではないかと周囲に目をやる。
「国王陛下をお守りする上で、大切な事の一つだ」
「・・どの様な事でしょうか?」
「敵を知らずば百戦危うからずの言葉通りに、一番は暗殺者について知る事であろう?」
「なる程・・、尤もですな」
そこまで公爵の言葉を聞いて、緊張した面持ちの宰相が肩の力を抜く。
「裏切られたと思ったか?」
「申し訳ございません」
「ふふん、構わぬ」
国王へ密告され、自分に何らかの手が及んでいると懸念したのだろう。
宰相の態度をを見て公爵が笑みを零す。
「大公家はその血筋を守るために、また利用されない様にと、外では殆ど人と会わんし、出された物も口にはしないと聞く」
「会わず、飲まず、食わずでは、さぞかし暗殺も難しいでしょうな」
「念のためを思って色々探ってみた所、非常に手間と金がかかるが手段はあるらしい」
「ほほう! それはどのような!?」
宰相の興味深そうな相槌に、思いのほか口が軽くなる公爵。
「自爆と言う方法らしい」
「・・・・何やら不穏な響きでございますな、自爆とは」
「不穏その物で、読んで字の如く、自分もろとも相手を爆死させる」
「そ、それは・・。流石に周りの方々へ被害が及んでしまうのでは?」
場合によっては国王陛下の御前で行われる事も考慮すべきと注意を促す。
「そのための調整の時間であるし、志願者を探す者へ、志願者となる者への多額の報酬となる」
「なる程、重要なポイントと言う訳ですな」
二人は国王陛下の警備を高めると言う名目で、暗殺の手法について入念に話し合う。
自爆を行う人間は誰がふさわしいか・・?
そして、エールデ14歳の誕生日の報告の際に事は起きるのである。
ザトゥルン公爵は娘の夫となる人物の、大公領での成果について国王に進言する。
「国王陛下に申し上げたき儀がございます」
「如何した公爵?」
「近年、大公領の目覚ましい発展について、エールデ殿の活躍が素晴らしいと聞き及んでおります」
「確かにそうであるな」
「娘の夫になるからとの身贔屓で申し上げる訳では無く、結果を形にしている者に褒美を与えるべきかと」
「尤もではあるが、何を・・」
「お待ち下さい! 国王陛下! ザトゥルン公爵!」
国王と公爵が話を纏めようとすると、宰相から苦言が飛ぶ。
「いかな成果を上げようとも大公家は役目上、立場上、決して公の場に出るべきではございません。
あらゆる面で免除されている特権も大きく、王家からも莫大な恩賞をすでに受けております!」
「いやいや宰相殿。国王陛下からのお言葉だけでも良き褒美。良き働きの者には必要とは思わぬか」
「国王陛下のお言葉などもっての外! それこそ他の貴族に足元を掬われまする!」
お互いが国の事を思えばこそと、お互いの意見を戦わせる。
「落ち着かぬか。二人とも」
「「はっ! 申し訳ございません」」
国王の苦笑いに、御前にあらずの態度に二人とも平伏する。
「良き働きの者に褒美と言う公爵の考えは尤もじゃ」
「はっ」
「しかし大公家の立場上、公の場では不味いと言う宰相も尤もじゃ」
「ははっ」
「どうしたものかのぉ・・」
悩む国王に対して、宰相と公爵は筋書き通りに事を運んでいることを確信する。
「では褒美を渡すにしても、非公式では如何でしょうか?」
「どう言う事ですかなザトゥルン公?」
宰相がいぶかしむ様に尋ねてくる。
「最小限度の関係者のみで、そうですな庭園で取れた花の種など如何でしょうか?」
「確かにそれであれば、非公式で可能ですが・・」
宝物庫の物は目録として公式の記録に残るし、手紙であっても形として残ってしまう。
例えば国王が花壇の物をその場で手渡した程度であれば、ましてや花であれば何も残らない。
「エールデ殿の誕生日の席で、お贈りするのは如何でしょうか?」
「ふむぅ・・、花瓶の花を手渡される程度であれば問題はないかと・・」
良く吟味した上で、公爵と宰相は国王に進言する。
「二人のよくよく考えた上での言葉、余は嬉しく思うぞ」
「「はっ」」
エールデの働きに花一輪では不十分かもしれぬが、何かしら形ある物を贈れる事は喜ばしい限りじゃ。
余自ら準備するとしよう」
「エーデル殿もきっとお喜びになるでしょう」
褒美は国王直々に手渡す事は滅多にない。
傍の宰相も、手渡す事は殆ど無い。
国王の言葉に合わせて、宰相が持って来て、・・それを従者を通して渡される。
疑われる事無く、替えがきき、傍に寄れる者は誰か・・?
顔に出さない様に気を付けながら、控えの間でエールデは、再びプライベートルームでヴェーヌス嬢と会えないかと思っていた。
「エールデ、顔に出ていますよ」
「・・・・申し訳ありません」
しかしそこは母たる長者、あっさりと看破する。
その後、すぐに名を呼ばれ、謁見の間へと通される。
臣下の礼を獲って、国王陛下の前で頭を下げる。
他の誕生日の報告では国王陛下と王妃だけであったはずなのに、今日は宰相とザトゥルン公爵まで同席していた。
「良くぞ参った、大公、エールデ」
国王の言葉に大公である母が口を開く。
「この度は、我が息子エールデのためにお時間を取っていただき、お礼の言葉もございません」
「孫の誕生を祝う時間さえ作れずしてどうする」
「ありがとうございます」
笑顔を見せる国王に、二人は深くお辞儀をする。
「さてエールデよ。14歳の誕生を祝う言葉の前に、余から贈り物を授けよう」
「贈り物・・、でございますか?」
今までになかった事に驚き、わずかに反応が遅れる。
「そこのザトゥルン公爵より、大公領の発展目覚ましく褒美をと具申があってな」
「別に身内になるとかではなく、正当な評価をと申し上げただけの事」
国王もエールデも見る事無く、何処か遠くを見る様にシラッと言う。
「しかし宰相より、大公家の立場上は公式はよろしくないと提言があってな」
「決してエーデル様を疎んでいる訳ではありません」
宰相も同じ様に国王もエールデも見る事無く、何処か遠くを見る。
「そこで二人より、庭園の花を送られてはどうかと言われてな」
宰相に合図を送ると、直ぐに袋を乗せたトレーを持って宰相が国王の傍に来る。
「これは余と王妃で集めた物じゃ、受け取るが良い」
「ありがたく頂戴いたします、国王陛下、王妃様」
礼を述べると、国王と王妃は頷き、宰相はトレイごと従者に渡す。
従者はトレイを持って、エールデの前に進み出る。
深く頭下げていたエールデは、従者の足元が見え・・、落ちるトレイを見る。
「(えっ!?)」
続けて自分を襲う衝撃を、無防備に体で受け止め尻もちをつく。
「むっ!?」
何か塗られた短剣を手に、眉をひそめる従者。
「エールデ!」
直ぐに母が二人の間に割って入り、従者の体を抑え込む。
「(あの短剣には毒か何かが塗られている!)」
ならば『大いなる力』を使い、常に守りを固めている自分が一番適任だと抑えにかかる。
「離れて下さい! 母上!」
「ちっ・・」
従者が何やらぶつぶつと呟き始めると、ハッと国王より警告が発せられる。
「いかん! 魔法を使うつもりじゃ、急ぎ止めよ!」
「「「はっ!」」」
すぐさま衛兵たちが駆け寄る。
大公は息子の能力を知らず、我が子を、国王を身を挺して守ろうとする。
「離れて下さい、母上!」
エーデルは母を引き剥がし、自分が従者の前に立とうとする。
が、その瞬間・・従者を中心に火柱が上がり、エールデは衛兵諸共吹き飛ばされる。
視界の片隅には、炎に包まれる母が映っていた。




