出陣
【出陣】
戦の足音が目の前に迫っていながら、いや、迫っているからこそ切実な問題があった。
大公領の執務室には、エールデ、マルス、ノイ、ズィヘル、フォルが雁首を並べて、珍しく難しい顔をしている。
「急にモントのおやっさんに言われて来たけど・・」
「無理だと思うね」
「同感同感」
「だよなぁー」
ノイ、ズィヘル、フォルの言葉に、マルスも頷く。
4人の意見にエールデは、渋い顔をして言い募る。
「大公家は血を守ると言う理由から、戦争への参加を免除されていたからな。
守ってもらうと言う立場上、何も準備がないのは仕方ないだろう」
「「「「いやいやいや、無いからそんな言い訳・・」」」」
エールデのあり得ない言い訳に、4人は溜息を吐く。
単騎であれば魔族を滅せる史上最強の魔法使い。
・・かもしれないが、いざ戦争となれば、そう簡単には事は運ばない。
エールデが出兵に際し軍事経験が少ないと言う事で、モンド公爵から、ノイ、ズィヘル、フォルの3騎士とその部下を借りる事になった。
3人は何度か大公領に来ているので、とーっても嫌な気がしていた。
誰からともなく様子を見るか?と、先ずは単身3人で大公領に赴いた。
そしてその感は見事に的中した。
「兵を募集した事がないって・・、舐めてんのか、エールデ?」
「軍事予算を確保してない? 兵舎は? 訓練施設は? 兵糧は?」
「と言うか、俺たちの部下を連れて来ても、野営でさえ何処で寝泊まりするんだ?」
エールデから大公領の現状を聞いて、3人は呆れかえる。
「これで明日から戦争しろって言うなら、断固降伏を勧めるな」
「俺なら逃げるね」
「軍事法廷だって開けないだろう。捕まえに来る兵もいないし」
「文句を言っても始まらないだろう。何とか知恵を絞ってくれ・・」
エールデの言い分は分からないでもないが、何しろ時間がなさすぎるのだ。
「エールデ、どの位の兵力を持つかによって準備って言うのは変わってくる」
「マルス、どの位の兵力を持てばいいんだ?」
「分からん!」
エールデの尤もな問いに、マルスは斜め上の答えを返してくる。
「どう言う事だ? 意味がまったく分からないぞ?」
ならば他の貴族たちは、何を基準に軍備を整えていると言うのか?
「例えば他の貴族たちは、どのくらいの兵力を持っているんだ?」
「・・いいか、エールデ? 国の内側ほど兵力が少なくて済む。反対に国境に接するほど兵力が必要となる。この意味は分かるか?」
「それはそうか」
マルスは簡単に説明を始め、エールデは一定の理解を示す。
「募集には時間と金がかかり、訓練にも時間と金が、色々な設備にも時間と金が必要になる」
「屯田兵など、何時でも兵を集められる用意をしておくのもありだ。勿論時間と金が物を言う」
「常に予算をプールしておいて、臨時に傭兵を雇う事も手だな。結局は金だ」
「ちなみに、兵士だけでだからな? ここにさっきの兵糧に兵舎、装備などなどで金が要る」
ノイ、ズィヘル、フォルが補足して、マルスが金金金金といって止めを刺してくれる。
「非常に無駄な様な気がするが、その通りだな・・」
エールデも前の世界で戦争をしていたが、部族間の限られた人数での戦いであったとは言え、多くの場面で金が物を言っていたのは確かだ。
「無駄と思う貴族もいれば、見栄っ張りの貴族もいる」
「つまり状況、環境、考え方によって正解はないと?」
「そうなるか・・。とは言え、爵位の高いほど国境に近く、重要な場所が多い」
「兵力を期待されている、義務とも言える訳か・・」
大貴族としての責務に頭を抱える。
「例えばモント公爵はどうなんだ?」
「常備兵と屯田兵で4000は簡単に集められるかな? 後は傭兵や伝手を使って・・1万はきついか?」
ノイが応える。
「大公エールデ様のお抱えが100程度だ」
何と言うか、厭味ったらしくマルスが答える。
「俺たちが連れてこれるのが、やはり100程度で・・」
「3人分とお抱え合わせて、400に届くかどうか・・か」
ズィヘルとフォルが答える。
「なる程・・、貴族たちが懐具合を気にする理由が分かったよ」
溜息を吐くエールデ。
色々形はあれど貴族の義務のために出費を考え、税をかけて行くのだろう。
自分たちが着飾り、貴族の派閥に入るのは、あらゆる事態を想定しているからか。
大公家のように、民にできるだけ還元すると言うのは非常に難しい事を知る。
ザトゥルン公爵・・。善悪は別にして、今なら彼の、いや貴族たちの必死さが理解できる。
「兵を募集して訓練している余裕はない。金を出せ。今回は傭兵で揃える」
「そうだな・・」
「真っ先に国王に泣きつけ。あっちこっちから融通してもらう」
「それに関しては・・、気が重い」
エールデに申し訳なく思っていた国王は、この頼みを心から喜ぶのをまだ知らない。
「今後は如何したら良いんだろうか?」
「勝つか負けるか分からんのに、未来の話をしても仕方あるまい」
「それも・・、そうだな」
生き延びてから考えれば良い事なので納得する。
「まあ、戦争が長引いた場合の事は考えた方が良いかもな」
「誰に相談したら良いんだ?」
「「「・・・さあ?」」」
エールデの質問に、少し考えて首を傾げて答えるしかなかった。
縋る様な目を向けられたノイ、ズィエル、フォルもお手上げとポーズで示す。
更に深く溜息を吐くしかなかった。
三国対東国の戦争の先陣を切ったのは南国であった。
南国の勇者は能力からドールと自ら名乗り、南国軍の戦闘を進む。
ドールは命を持たぬ土や砂、木で出来た兵、食事も要らず、休息も不要。
幾ら倒されても軍の懐は痛まず、幾らでも作り増やせ、敵側は疲弊するしかない。
更に東国の南部地方は、魔族の被害が一番大きく、立て直しもままならない状況である。
瞬く間に南部地方が、南国軍の制圧下となる。
次に動いたのは北国軍で、北国の勇者も能力に合わせてバレットと名乗っていた。
バレットは無数の重火器と、その銃口から放たれる数多の弾丸が武器である。
北国軍が侵攻してきた北部地方は、魔族の被害がなく戦力も充実してはいたが、バレットの攻撃に耐えうる鎧や盾の数は限られており、無駄に屍を増やすだけであった。
止むなく懐深くまで誘い込み、混戦によってバレットに攻撃させないと言う悪手で、何とか一進一退を繰り返していた。
最後に侵攻を始めたのは央国軍で、央国の勇者ポイズンも能力と名前を合わせていた。
央国の国王は、ポイズンが密閉空間であれば絶対的能力であっても、戦場と言う解放空間での効果を疑問視していた。
また風向きや残留毒素によって味方の被害も懸念され、運用に一計が必要となった。
南軍や北軍の場合とは逆に、引き寄せつつ毒の罠に誘い込むと言う手段でゆっくりとした侵攻となる。
「北国軍、我が軍の活躍あるも被害大きく、北国の勇者を先頭に北部地方の半分まで進軍中」
「南国軍、次々と生み出される砂や土、木の兵士によって、敵軍に被害を与えられず。
また、南部地方の軍再編が間に合わず、ほぼ敵国に落ちております」
「央国軍、西部地方の魔族被害のあった個所から侵攻中。央国の勇者の毒の絡め手で被害甚大」
次々寄せられる報告に、目を固く瞑り黙って聞いていた国王が口を開く。
「・・エールデは?」
先日、軍について相談を受けた時、彼の困った表情を微笑ましく思った事を思い出す。
「大公の兵は、南部地方へ向かわれております」
「そうか・・」
今の東国の一番弱まっている個所へ、支援に向かってくれたようだ。
「済まぬなエールデ、頼むぞ・・」
天を仰ぎ、祈る気持ちで、戦場に立つ孫に思いを馳せる。
大公の部隊は、エールデとマルス、ユピテ、ノイ、ズィヘル、フォルと他の諸侯から借り受けた兵や傭兵の合計千名で編成。
「倒しても倒しても、次々湧いてくるんじゃジリ貧だぞ?」
マルスの戦闘能力であれば、ドールなど打ち込み用の巻俵と変わらない。
「文句を言う暇があるなら、どんどん片づけて下さい」
ユピテは魔力量という制限のため、いざという時のために温存だ。
「うちの部隊はエールデの支援魔法の攻撃力向上の臨兵と、防御力向上の防人があるとはいえ厳しいな」
「ならばマルス。あなたが人一倍働いて下さい」
「おいおい、いくら強くたって限界はあるんだぞ?」
「それが狙いなのですから、死ぬほど働いて下さい」
ピシャリと彼女に言い切られる。
南国軍と対する作戦は、南国軍の勇者の油断を誘う事である。
大公の部隊はエールデの支援魔法もあり、他の部隊より強く、マルスとユピテは更に輪をかけて強い。
東国の切り札が投入されたと思わせるために。
事実、大公の部隊が、南国の勇者であるドールとぶつかった事により進軍が止まる。
「はっ! 東国軍にも骨のある奴は居るんだな。でも人海戦術に勝てる奴は居ねぇんだ」
次々と土から人形を生み出しては、大公の部隊へと雪崩れ込ませる。
「人間ってのは、休息や食事無しじゃ疲弊するだけなんだよ!」
遂に大公の部隊はユピテを狂戦士化させて、戦場に投入する。
ドールの生み出した人形たちの破壊される速度が上がった。
「ん? もう一人いたのか? こっちの方が強い? 本命か・・」
ドールの頭の中に自分が作り出した人形たちの現状が、リアルタイムで入ってくる。
「何時まで続くかな? 良いぜ、徹底的に潰し合おうぜ!」
かなりの時間が経過すると、人形たちの破壊が目に見えて減ってくる。
「やったか? いや、一旦引いたと思っておいた方が良いな」
囮作戦は、エーデルと言う切り札を隠しておく事であった。
最強戦力の投入と疲弊・・。俺たちはやはり最強と思わせる事に成功している。
その時点で人形たちは密集した状況になっており、潰すべき南国指揮官の位置もバレている。
「アクティブモード」
エールデは、ドールと命持たぬ兵たちに攻撃を開始する。
「なら今の内に・・ん?」
自分の位置より遥か遠くで発動される、魔法の気配を感じ取る。
ユピテの魔力切れのタイミングで撤退させた。
ドールは何か普段と違う気配を感じ、周囲を見渡すが何も変化はない様に見える。
「何だ・・?」
何も見えない、何も聞こえない。ただ気配だけが強くなっていく。
ドールが敵の手に届かない所にいる様に、エールデもドールの手の届かない所にいる。
「破壊の縮図」
南国の勇者でありながらも、今まで強力な魔力にさらされた事が無かった。
「・・え!? な、んだ?」
それをたった今、肌で感じており、目まぐるしくあちらこちらに目をやる。
「虚空に刻め・・」
目の端に何かを見咎め見上げると、自分の頭上一杯に金色の幾何学模様が描かれている。
「えっ!? えっ? これは一体何だ・・?」
「星屑」
エールデの一言で幾何学模様が爆ぜる、花火の様に。
「な、何なんだ・・これは?」
流れ星のように落ちながら、次々と別れて数え切れない程になる。
星屑は魔族であれば、全く役に立たない威力である。
しかし木造の家であれば更地に、石造りの家であれば瓦礫にする程の威力はある。
ドドドドドゴゴォーン・・!
人形たちの密集する全域に降り注ぎ、轟音と爆風が吹き荒れる。
「い、一体・・何が?」
吹き飛ばされるままに、転がったドールの前に、その答えを知る人物が立っていた。
「お、お前は誰だ?」
あちこちに身体をぶつけた激痛に苛まれながらも、やっとの事で立ち上がり問う。
「貫け。光弾」
「っ!?」
答えの代わりに、エールデの周りから光の閃光が放たれる。
南国の勇者は全身を穿たれ、息絶える。
戦場で無駄なおしゃべりは、自らの勝機を失う事を重々分かっているのだ。
南国軍の主戦力は勇者と人形たちであり、人間の兵士は少数であった。
ドールが倒されると簡単に降伏し、国境を越え対東国の拠点である砦まで押し返す。
「エールデ、この兵力で砦を落とすのは無理だと思うぞ?」
「敵味方にかなりの犠牲を覚悟すれば何とかなるが・・」
「多分、自分たちの勇者任せで、殆どの戦力は砦で待機してたと思う」
ノイ、ズィヘル、フォルの3人は砦攻めに二の足を踏むのは当たり前だ。
「問題ないよ」
「・・まさか、うちらの部隊だけで行く気か?」
エールデの言葉に、頬のヒクつきを抑えられないマルスが聞いて来る。
「いや、僕一人で行くんだよ」
「「「・・・はぁ!?」」」
驚きの声を上げるノイ、ズィヘル、フォル、マルスの4人。
止める暇もなく単身、砦へと向かう。
「おい見ろよ、良い的が歩いてくるぜ」
城壁から見ていた兵士たちは、次々と矢を放っていく。
物理攻撃無効のエールデに当たる直前で矢は止まり、足元にバラバラと落ちて行く。
「そんな・・馬鹿な・・」
兵士たちが茫然とする中で、空掘りを越え城壁に辿り着き、手を付いて詠唱を始める。
「アクティブモード。
輝く雷光、轟く雷鳴、我が敵をうち貫け・・」
右手から左右に金色の幾何学模様が城壁に沿って描かれて行く。
反対側の中間点でぶつかると、複雑な幾何学模様となってエールデの所に戻ってくる。
「雷霆」
雷が壁を突き抜けて、町の中心へと殺到する。
中心でぶつかった雷は、更に全方向に雷の嵐となって砦中を駆け巡り、余波は空を舞う。
エールデは跳ね橋を下ろし、城門を上げ、味方を中へと引き入れる。
「・・マジかよ」
マルスの言葉を裏付ける様に、全ての敵兵は倒れていた。
「殺したのか?」
「最悪は・・ね」
人間の体、特に筋肉は電気信号で動いている。心臓も筋肉の塊である。
殆どの敵兵は気を失っているだけだが、運が悪い者も数名いた。
「マルス、ユピテ、ノイ、ズィヘル、フォルは味方が来るまで、この砦を死守。
到着後は、砂漠の玄関口であるオアシスの町を落とすように言ってくれ」
「分かった」
仲間に指示を与える。
「エールデ様は如何されますか?」
「北部地方へ向かうよ」
「承知いたしました、ご武運を」
ユピテの言葉を背に受け、次の戦場へと向かう。
やがて砦に居た兵士たちが目を覚ますと、東国軍に囲まれている事を知る。
「うっ・・うぅぅ? なっ?」
司令官や隊長と思しき人物たちは一か所に纏められていた。
「よう。お目覚めか?」
「一体・・」
マルスがにこやかに司令官に声をかける。
「お前たちが何をされたか教えるつもりはない。ただお前たちは一人に負けた」
「・・・」
「俺たちに逆らおうと構わないが、その時は脱兎のごとく逃げるから。
あいつが戻ってくる時に俺たちが出迎え無ければ、折角助かった命は無駄になる・・理解したか?」
敵に手の内を晒す事はしない。単に死の宣告だけをしておく。
訳の分からない力を前に、彼らは完全に降伏するしかなかった。
南国の王は、自国の勇者の人形を作り出す能力を見た時、家臣の反対を押し切って、東国との開戦に踏み切った。
幾らでも生み出せる兵は戦争のためにある。
破格の高待遇でもてなして煽りたてた。
内乱で国力が落ちている東国相手であれば、勇者の力を試すのにもうってつけであると考えてもいた。
無尽蔵の軍を持って東国に攻め込むと、瞬く間に東国の南側を奪う。
気を良くした南国の王は、王都へと軍を進めようとするが大公軍が立ち塞がる。
突然連絡が途絶え、しばらくすると東国軍に砦とオアシスが落とされたとの知らせ。
「馬鹿な一体何故・・」
「国王陛下に申し上げます」
「何じゃ!」
「東国の魔法使いの一人に、途轍もない力を秘めた者が居た様にございます」
「たかが一人であろう?」
「ドール様も、その一人にございました」
「ぬぅ・・」
南国の勇者ドールの能力に目を晦ましされ、自国だけが強いと勘違いをしていた。
「全軍を集めよ、東国を滅ぼせ!」
「西国と央国の備えの分もですか?」
「そ、それは・・」
南国が相手にしなくてはならないのは、なにも東国だけでは無い。
しかし何の手も打たなければ、南国は攻め滅ぼされるだろう。
そして目の前には、その際たる東国軍が迫ってきている。
ギリギリと歯を食いしばり、決断する。いや残された手立ては一つだけである。
「ならば和平の使者を送りだせ」
「・・こちらから不可侵条約を破り開戦したのにでございますか?」
冷静な家臣たちの尤もな言葉に、苛立ちを隠せず怒鳴り散らす。
「仕方あるまい! このままでは国が滅びるのであろうが!」
「それ相応の対応を迫られる事はご覚悟を」
「そこを上手くやるのがお前たちだろうが!」
自分たちの言葉に耳を傾けない国王に、嫌気がさしていた家臣たちは一計を案じる。
東国からの提示される条件に加え、国王の退位と、自分たちが選ぶ者を王位に、と言う条件を勝手に付け足す事にする。




