蘇る大公領と荒れる東の果て
【蘇る大公領と荒れ東の果て】
エールデは、ノイ、ズィヘル、フォルの三人の友人たちに、逃亡した貴族たちの領土を下賜する手続きを終えると、東の果ての地へと戻る。
「国王陛下より、大公領へと戻る様に命を頂いた」
その言葉に家臣たちから大公領に戻れると言う喜びと、東の果ての地もこれからと言う時にという残念な感情が入り混じっているのを感じる。
「大公領へ戻る手配を」
「畏まりました」
「これから領地を巡って、民に領主が変わる事を伝え行く」
信頼を得始めた領民たちから、残念がる声が聞かれる。
「大丈夫だ。今度の領主は経験豊かで、問題には色々な解決策を示してるれるだろう」
それから、東の果てを祝福した魔法についても注意を与える。
「これほど大きな魔法は、争いの元になるだろう。決して領主に話してはいけない。
下手をすると貴方たち一人ひとりが疑われて、酷い目にあうかもしれないから」
一通り領地を回り、領民たちに声をかけると自分の邸宅に戻ってくる。
そして東の果てに地に掛けられた祝福の魔法を取り去る。
「パッシブ:解除 東の果ての地に掛けられた祝福を止めよ」
東の果ての地全体に金色の幾何学模様が現れパリンと砕ける。
その後、個別に祝福した海、山、平地などにも幾何学模様が現れては壊れていく。
「(大公領の状況をみる限り、呪詛はあまりにも人々を苦しめる)」
ただでさえ東の果ての地は、貧しく痩せているのだ。呪詛まで使えば領民は生きて行く事は出来ないのではないかと考える。
エールデはもう一つの事を懸念していた。
建国以前に魔族と戦った先祖たちは、魔族を何とか石像に封印する事に成功していた。
その石像化を永続するために、更に石板に封じて地中深くに埋めたようだ。
あくまでも伝承だと思っていたが、東の果ての地が活気付き、坑道が深く深く掘られて行くと、問題の封印の石板が発見されたのだ。
石板の存在が危険と感じたエールデは、『大いなる力』を使って石板を更に封じる本を創りだし、見つかる度に封印した。
しかしザトゥルン公爵が功を焦るあまり、領民の勧告に耳を傾けなかった場合、最悪は魔族の復活があり得るだろう。
「かなり昔の伝承ゆえ、新しい領主が注意を払わない事も考えられるが、丁重に扱う事と、出来るだけ急いで私を呼ぶ様にして欲しい」
領民たちに強力な魔族が封じられていると何度も説明して、東の果てを去っていく。
エールデが東の果ての地を離れると、ザトゥルン公爵が到着する。
ザトゥルンは、到着するや否や鉱山地帯に向かい、民に檄を飛ばし開発に全力を傾ける。
「この山々には豊かな貴金属や宝石が眠っている。ひたすら掘りまくるのだ!」
彼はエールデが王宮に持ち込んだ品々から、多くの富を得て公爵家の力を回復しようと考えていた。
しかし彼の思惑は、領民たちの訴えで少しずつ狂い始める。
「公爵様、領民たちが訴えを持って来ております」
「何だと? こちらは鉱山の事で手一杯だと言うのに・・」
邸宅の前に集まった領民たちの話を聞くために表へ出る。
「皆の者、一体何があったと言うのだ?」
「領主様、海が荒れ始めています。どうか御助けを!」
「こちらの畑では、作物が枯れ始めています。何とかして下さい!」
領民の訴えに、全く心動かされない公爵はあしらう。
「分かった分かった。こちらの手の者を調査に向かわせる」
そう言うと邸宅の中へ引っ込み、部下たちに指示を出す。
「次からあのような訴えは、適当な理由で追い払え」
「畏まりました」
東の果ての地にある山からの産出を、如何に増やすかに執心していた。
エールデは大公領に戻ると、領地を元に戻すために奔走する。
領地に着いて最初に行った事は、呪詛を解く事からだった。
「パッシブ:解呪 大公領に掛けられた呪詛を解除」
祝福と同じように、大公量全体に金色の幾何学模様が現れパリンと砕ける。
そのまま領地を巡り、領民一人ひとりに声をかけてい行く。
「皆には迷惑をかけた様だな。すまない」
「いいえ、大公様がお戻りなっていただければ、きっと良い方に向かいます」
疲れ果てている領民の顔に笑顔が宿っている。
まずは最悪の状態にある食糧事情を改善しようとするが、大公領の蔵は前の3領主の愚策のため殆ど空であり領民に配りたくても配れる状況ではなかった。
エールでは仕方なく国王に、周辺領から食料の支援を送ってもらえるよう嘆願する。
国王は喜んで、宰相に国庫並びに大公領周辺より食料を送るように命じる。
その間にエールデは、その場その場に応じて『大いなる力』を使っていく。
汚れ悪臭を放つ湖を見ると、『大いなる力』の鍵を握り締める。
「アクティブモード」
視界にターゲットスコープが現れると、続けて『大いなる力』を使う。
「湖に淀みし穢れを取り除け。浄化」
金色の幾何学模様の帯が湖の周囲を取り囲む。
グルっと囲み終わると、幾何学模様の帯が湖の中心に向かって収束する。
幾何学模様が一点に集まると、光の柱となって天高く伸びて行く。
光の柱が消えると、そこには依然と同じように澄んだ湖が佇んでいた。
「パッシブ:祝福 湖と湖に住む魚と、湖から糧を得る人々に」
湖に金色の幾何学模様が染み込んでいくのを確認する。
「大公様・・」
「魔法をかけました。しばらく様子を見て、何かあればすぐに連絡を」
「分かりました!」
期待に満ちた人々に告げると、次の場所へと向かっていく。
そこは死に逝く牛たちを見守るしか出来ない、絶望の表情を浮かべた人々で溢れていた。
人々を癒すために診察魔法を作たため、牛には全くと言って良いほど効果が得られなかった。
「(人と牛では違って当然か。一体どうすれば・・)」
牛の病の知識が不十分であるならばと、別のアプローチで牛たちを癒す事にする。
「アクティブモード。
周囲に蔓延る病よ、失せよ。神気。
立ち上がる力よ。この地を覆え。息吹」
どの様な病でも消し去る魔法と、弱った力を回復させる魔法を広範囲で行う。
どちらも人への回復魔法ではあるが、効果指定の広さに期待する。
エールデの手にある『大いなる力』の鍵が、金色の幾何学模様の球を創る。
そこから無数の金色の矢が放たれ、牛たちに刺さっていく。
まるで古い殻を破るかのように、パリンと牛の表面が砕けると、牛たちは立ち上がる。
「パッシブ:祝福 牧草地と牧草地にある動植物と、牧草地から糧を得る人々に」
領民が見守る中、金色で描かれる幾何学模様が牧草地に広がっていく。
「大公様・・」
恐る恐る声をかけてくると、笑顔でエールデは答える。
「しばらく様子を見て下さい。また来ますが、その前に何かあればいつでも私の所へ」
「ありがとうございます!」
感謝の言葉を次々に述べる領民を後に、次の目的地へと向かう。
森から糧を得ていた領民たちは、前の領主に搾取され特に酷い状況だった。
「大公様・・」
「分かっている、分かっているから。何も言わなくて良い」
深い悲しみの淵に居る領民一人ひとりに声をかけて行く。
「アクティブモード」
今この森に何が必要か・・。
森で生計を立てる人たちに何が必要か・・。
『大いなる力』の鍵を通して願いを伝える。
「森を養いし大地に豊かな恵みを、大地より力を得た草木よ蘇れ。再生」
森を創る大地に、金色の幾何学模様が満ちて行き、そのまま光を保っている。
徐々に光が木々に滲みわたる様に伝わっていく。
金色の幾何学模様と、金色の光が消えた時、青々と茂る森が現れる。
「お、おお・・!」
その場で、その光景を見ていた人々は、涙を流しながら喜び合っていた。
「パッシブ:祝福 森林と森林にある動植物と、森林から糧を得る人々に」
更に祝福の魔法をかけて行く。
全ての魔法をかけ終わると、人々は感謝の言葉を伝えてくる。
「ありがとうございます。これで皆は救われます」
「安心して気を緩めずに、何かあれば直ぐに連絡を」
引き止める人々を宥めながら、次々と領地を巡り必要な祝福を施していく。
邸宅に戻り、一人佇むバルコニーで最後の祝福を行う。
「領民たちに多くの負担と苦労をかけてしまったな・・」
湖の穢れに疲れ果てた人々。
大公牛の病に、涙が枯れ果てた人々。
枯れゆく森に呆然と立ち尽くした人々。
多くの人々を、自分のわがままに巻き込んだ。
本来は守る事に使うべき『大いなる力』を、戦争の道具として使ってしまった。
「パッシブ:祝福 どうか大公領に住む人々に、大いなる安らぎと恵みを!」
超巨大魔力炉である月から『大いなる力』の鍵を通して、彼を中心として黄金に輝くする幾何学模様が大公領に広がっていく。
しばらくして鉱山からの報告書を目にした時、ザトゥルン公爵は愕然とする。
「おかしい・・、宝石が殆ど産出されておらんだと。貴金属も、鉄さえもとは・・一体?」
鉱山へと急ぎ向かい、領民たちに状況を聞いていく。
「いきなり生産量が激減することなどあり得るのか!?」
「それは鉱脈を採掘しきれば、枯れて何にも産出しなくなります」
「鉱脈を・・掘りつくしたと?」
「そればかりは何とも・・。しばらく掘ってみませんと・・」
領民たちの歯切れ悪い言葉に、公爵は怒りを露わにして指示を出す。
「分かった。お前たちはどんどん掘り進めよ! 山師たちは新しい鉱脈を探し出せ!」
公爵は平地や海の問題は無視して、毎日の様に鉱山に顔を出す。
そんなある日の事、突然地響きが起きる。
「な、何事か?」
「どうやら山崩れがあった様にございます」
「左様か・・。頻繁にある様では開発もままならんな・・」
しばらくして公爵の元へ領民が駆け寄ってくる。
「公爵様、大変です!」
「如何した?」
「先ほどの山崩れで、岩塩の採掘場が丸ごと消えてしまいました」
「何だと!」
直ぐに岩塩の採掘場へ向かうが、その道でさえ先が土砂で埋まっていた。
「これでは先に進めぬではないか・・」
「かなり大規模な山崩れだったようでして」
更に悪い知らせは続く。
「公爵様、領都からの知らせがありまして・・」
「悪い知らせか?」
「はい・・。荒れた海の影響で塩づくりの資材が全て流されてしまいました」
「それだけか?」
「いいえ、本年度の東の果ての地は凶作となりました」
「ば、馬鹿な・・」
一瞬で公爵は、東の果てに有ったすべてが失われた事を知った。
目の前が真っ暗になり、足元が崩れ底なしの闇に落ちて行く錯覚にとらわれる。
「・・一体何なのだ? この土地は・・。エールデが去り、ワシが来た途端に・・。
まるで呪われているかのように・・。呪われている? クックック、大公の呪いか?」
自分の出した馬鹿げた答えに、自嘲気味に笑う。
「単に運が良かっただけなのだな、大公は!
確かにあの貴族たちも、このような目に会えば逃げたしたくなるわ!」
正にたった今、逃げ出したい思いに駆られているのだから。
しかし自分には目の前の宝の山であるはずの鉱脈を見つけるしかない。
東の果ての地での失敗は、自分の身の破滅しか残されていないから。
持てる私財の全てと、増税に増税を重ねて、鉱脈を探すためにひたすら掘り続ける。
領民の訴えなど無視し、時には兵を使って脅迫までする。
そして運命の分かれ道、エールデが危惧した最悪を掘りあててしまう。
抗夫たちはエールデの言葉を思い出し、ザトゥルン公に伝えるため走り出す。
「この石板が一体何なのだ?」
「前の領主様より、魔族を封じた石板との事です」
「魔族だと・・」
急に呼び出され、鉱脈でも見つかったかと思えば、今では御伽噺と化した魔族を封じた石板。
「こんな物のために呼び出したのか?」
「前の領主様は丁重に扱い、直ぐに呼んで欲しいとおっしゃってい・・」
ガゴンッ!
「領主様! 一体何を!」
「前領主が・・大公が呼べ? 魔族を封じる? ワシを馬鹿にしているのか!」
ザトゥルンは近くにあったハンマーを、何度も叩きつける。
石板が粉々になると、抗夫たちに毒づく。
「前領主のくだらない戯言に付き合っている暇があったら、どんどん掘って鉱脈を見つけよ。山師たちも早く新しい鉱脈を見つけ出せ。良いな!」
抗夫たちに限らず、全ての人たちは魔族を見た事がない。
魔族が使役していたと言われるモンスターだけである。
領主が眉唾と言い切ってしまえば、否定するだけの根拠や知識は持ち合わせない。
一抹の不安を抱えながら、領主であるザトゥルンの言葉に従うしかない。
その夜、辺りを地響きが襲う・・
「ぬう、何だこれは?」
「地震、もしくは山崩れだと思われます」
「また山崩れか・・」
力なく項垂れると、明日また坑道へ行くと告げて床に就く。
翌朝、魔族が現れたとの知らせに飛び起きる。
「魔族? フン、魔族をかたどった石像ではないか」
慌てて魔族が現れたと言う山奥に向かえば、大人二人分ほどの高さの石像が鎮座していた。
「大方、昨日の山崩れか地震で、出てきたものであろう」
「違います領主様、良く見て下され!」
「ん? ・・な、何?」
石像の所々にヒビが入り、一部剥がれて、どす黒い何かが露出していた。
「まさか・・、本当に、魔族が封じられていると言うのか・・?」
エールデの話では強力・・、上位魔族の可能性が高い。
「す、直ぐに王都へ、国王へ伝令! 魔族を封じた石像が現れたと!」
「はっ!」
部下たちは緊急用の通信魔法で王都へと連絡を取り合う。
兵士たちで常時、石像を見張り続けるが、少しずつヒビは増え、黒い皮膚の様な物が広がっていく。
魔族の言い伝えを知る国王や、常に魔族を研究してきた魔法使いたちは、事の重大性から全軍を持って対処にあたる。
魔法使いたちは、王都に用意されていた非常用の転移用魔方陣で東の果てへと向かい、古の方法で、復活直前の魔族の石像に再封印を施す。
謁見の間では、ザトゥルンが国王の前にひざまずいている。
「公爵。この度の未曽有の危機に、見事な働きであった!」
「勿体ないお言葉」
国王より感謝の言葉を、恭しく受け止める。
「これも日々の古の魔族の研究の成果、普段より領地を巡り、領民の声を聞いてきた賜物にございます」
「うむ!」
民は魔族の事を全く知らず、石板を破壊。
石像を見た瞬間、研究してきた魔族の伝承と一致して直ぐに対応。
満面の笑みを浮かべて頷く国王に、全て嘘で塗り固めた報告をする。
「しかしながら、石像とはいえ魔族の影響は大きく、領地は荒れててしまいました」
「そればかりは仕方あるまい。再封印出来ただけでも良しとせねば」
宰相は国王の言葉に、付け加える様に進言する。
「国王陛下に申し上げます」
「何じゃ、宰相?」
「魔族とは国家の一大事。どれほどの被害かは分かりませぬが、ザトゥルン公お一人に全てを賄わせるのは、些か冷たすぎるのではないかと」
東の果ての地の開拓は、ザトゥルン一人の力で成し遂げるべきではある。
とは言え、魔族により荒れ果てた領地全ての責を負わせるのは酷と告げる。
「ふむ、確かに。この度の働きもあるか・・。
領地の安定を図るために、必要な支援を国庫から行う様にせよ」
「畏まりました」
ザトゥルンは謁見が終了すると、宰相の元へと向かう。
「宰相、先程は助かったぞ」
「運が良かったですな」
「全くだ。魔族の復活が無かっただけでも良しとしなければな」
すると宰相は意味ありげに微笑むと、耳元に顔を寄せる。
「聞いておりますよ、公爵?」
「ん? 何をだ?」
「魔族の件よりも以前から領地が荒れていた事を。そもそも魔族の石像の事も」
「ふっ・・、流石は宰相。その上で助け船を出してくれたのか?」
「勿論でございます」
すでに時点で二人の心の内には、大きな隔たりが出来ていた。
ザトゥルン公爵は、国王の命で娘を差し出した。
宰相の甘言で人脈を得るため破棄させようとした結果の暴走。
国王の怒りを買ってまで大公を追いたしたが三貴族の逃走。
そしてこの度の魔族騒ぎ・・。
エールデに責任を感じさせる物は一切ないのだが、大公のせいにしなくてはやっていられない。
憎む対象が欲しい・・。お門違いの大公憎しが、ザトゥルンの心を満たしていた。
宰相が欲しているのは豊かな大公領そのもの。
もしエールデを追いだした結果が、荒廃では意味がない。
その豊かさはエールデによる物だとすれば、大公自身を自分の手中に収めるべきだ。
方法は・・、ザトゥルン公爵をコントロールして、大公をどん底に落として、自分が拾い上げるというシナリオ。
「これからどのように大公に仕掛けたら良いか・・」
「任せておけ、良い方法がある」
「どの様な方法ですか?」
「大公は魔族の事を良く知っている様子。人外と呼べる領土の発展・・」
「ふむふむ」
「魔族の力を使っているのではないか?」
「・・・・えっ?」
大公が魔族の力を使う? そんな事は考えた事も無かった。
そもそも魔族を人間である身で行使する事が出来るのか・・
「既に大公領も回復しつつあるようだ」
「何と! 確かに人間の業ではありませんが、魔族を行使とは些か・・」
突拍子もない。これでは冤罪へと持っていくのは無理だろう。
「良いのだ、あくまでも切っ掛けで。国王陛下に僅かでも猜疑心が生まれてくれれば」
「その後どうなさるおつもりで?」
「隣国へ行ってもらう」
「お、お待ち下さい! それは無理です。戦争がいつ起きてもおかしくない状況では・・」
慌てふためく宰相に、冷静に言葉を紡ぎだす。
「尚の事良いではないか」
「・・えっ!?」
「国民に平和をアピールしていただいて、死んでいただくとしよう」
闇に心囚われているザトゥルンは、簡単にエールデの抹殺を口にする。
「・・なる程、では公爵にお任せすると致しますか」
宰相はこれ以上手を組むのは危険と判断し、ザトゥルン公爵を見限る。
その上で大公を味方に付けられるよう、エールデを助けるための算段を始めていた。




