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改札を抜けるとすぐに叔父さんの車が目に入った。僕は彼に手を振ってから少し歩く速度を速め、あたかも急いでいるようなふりをした。叔父の第一声は
「おう、よくきたな」
だった。
「ええ、今日からお世話になります」
僕はそう言って頭を下げた。それから僕は車のトランクに鞄を入れて助手席に座った。
「それじゃあ、行くぞ」
叔父の声とともにアクセルが踏み込まれ車は心地よいエンジン音とともに走り出した。
そもそも僕がこっちに、つまり田舎の叔父さんの家に来ることが決まったのは期末テスト期間の真っただ中だった。ある日僕は家に帰ってくるなり夏休みは叔父さんのところへ行けと言い渡された。母は長々と理由を述べていたが、要約すると兄が大学受験を目前に控えており僕が家にいると邪魔だからということであるらしい。当然抗議などはしても無駄だと思っていたし、第一抗議をする気などはなからなかったので僕は母の提案を二つ返事で承諾した。第一家にいたからって何があるというわけでもない。だったらいっそいつもとは違う場所で夏休みを過ごすのも悪くないじゃないか。
そんなことを考えていると車はあっという間に叔父さんの家に着いた。僕は荷物を持って少し深呼吸をしてからドアベルを鳴らした。
「はあい。」
と叔母の声。五秒とたたずに扉が開いた。
「拓ちゃん、よく来たね。えらくおっきくなってて叔母さんびっくりしたわ」
「お久しぶり。今日からよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく」
家に上がるとすぐに部屋へ案内された。
「ここが拓ちゃんの部屋。自由に使っていいよ。あ、あとご飯作ったら呼びに来るからここでゆっくりしてて」
といって叔母さんは廊下に出て行ってしまった。残された僕は部屋を見回す。ありきたりな六畳間の和室だったが小ぶりな縁側のようなものまで付いていて部屋の隅には布団と机が置いてあった。僕は持ってきた荷物を広げそれから畳の上で大の字になって寝ころんだ。しばらくしたのち僕は机に向かって参考書を広げた。自分で言うのも何だが、僕はかなり計画的な人間だ。宿題はいつも休みの中盤までには終わらせるし、授業の予習復習だってちゃんとやる。成績はいつも上の下くらい。それが僕だった。そういうわけで黙々と宿題に取り組んでいるといきなり部屋の扉が開いて叔母が現れた。彼女は
「拓ちゃんご飯よ。あら、勉強してるの?えらいわね」
とだけ言ってすぐに戻って行ってしまった。僕はひとつ伸びをしてから手に持っていたシャーペンをノートの上に置いて立ち上がり、食堂へと向かった。
初日の夕飯だけあってとても豪華だった夕飯を平らげてから部屋へ戻ってきた。風呂までの間参考書と向き合い続けたが途中でふと気になって今朝描いた絵を取り出した。ぼうっとそれを眺めていると今朝の少女の横顔が思い出された。動揺していて顔は一瞬しか見れていないが目鼻立ちが整っていて…とてもかわいい子だった。一体なぜ彼女はわざわざ僕の隣に座ったのだろう。たまたまだとは思うがあの子があえてその席を選んだのだと想像すると僕は自分の顔が笑顔になっていくのを止められなかった。
風呂に入りさっぱりとした頭で部屋に戻ってくると僕はすぐに布団にもぐりヘッドホンをかぶって横になった。ウォークマンの電源を入れ、再生ボタンを押す。今日の寝る前の一曲はビートルズのWe can work it outだ。ぼくはあまりビートルズには詳しくないがこの曲は初めて聞いた時からずっと印象に残っている曲なのだ。2分と少しして曲が終わってしまうと僕はヘッドフォンを取って机のうえに放り投げた。
電気を消すと急に外の音がよく聞こええるようになった気がして僕は思わず周りを見渡してしまった。いろいろな虫が鳴き交わす声が聞こえ、僕は都会の夏の夜とはずいぶん違うんだなと思った。都会の夜はもっと騒々しいが田舎の夜はまるで僕に向かってよくきたねと言ってるように感じられた。
明日は今朝の絵に色をつけよう。最後にそう思ってから僕は眠りについた。