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後編

 エグザスのおかげで兵士達にも住民にも活気が出ている。

デザインは、あの変なエルフの言葉を思い出す。エグザスなら、この町を変えてくれるかも知れない、と。

「今なら実力者が格安で雇えますよ」

そんな変な台詞に乗せられてしまったが、案外掘り出し物だったようだ。

明るくて、裏がない。小さなことを大げさにする傾向はあるが、それでもあの笑顔と腕は頼もしい。

「魔術師っちゅうヤツらは陰気だからなあ」

魔法の研究者が多いこの塔の職員達。彼らはとにかく静かだ。黙々と仕事をこなす。

そしてそんな静けさに耐えられなくなった警護の兵士達は、毎年移動願いを出すのだ。

「自分達は何のために働いているのか」疑問に思うらしい。

高い防壁、町の住民や観光客は静かで大人しい。たまに魔獣が町に入り込むが、それは年に1,2回ほどだ。

とくに寒くなるこれからの季節が一番、彼らが沈み込む。

「寒さを理由に使えるやつが皆、出ていっちまう」

寒いのは身体だけじゃないんだろう。なんというか、この町の連中は大人し過ぎる。

仕事の出来る兵士ほどその傾向が強く、上司としては優秀な者の希望は叶えてやりたい。

「魔術師連中は周りの兵士が替わろうが、まるで気にしない。研究に没頭して他の事なんて知らん顔だ」

そして他人に対する興味も、感謝もない。

それが魔法の塔の研究者達なのだ。




「もし誰かがこの女性を探しに来たら、町に戻ったと伝えてやってくれ」

エグザスは、迷子の女性を連れて、町の北門に帰って来た。

門番の兵士に伝言を頼んで彼女を宿まで送る。

「本当にすいません。ありがとうございます」

グループで森へ狩りに出て、ひとりだけ迷ったようだ。

歩き疲れて動けなくなっていたところ、エグザスの姿を見つけて無理やり身体を動かし、追って来たそうだ。

もう歩けないというので、彼女をおぶっている。

この北の森へ狩りに来るくらいだから、かなり優秀なグループなのだろう。

「魔力も使い過ぎてしまって」

寒くて、火系の魔法で暖をとってしのいでいたらしい。エグザスの背でぐったりとしている。

一体何時間さまよっていたのやら。

宿に着くと、すぐにグループの仲間らしい女性が二人、飛んで来た。よかった。

彼女を渡して帰ろうとすると、お礼がしたいと引き止められた。

「エグザス様ですよね?。元・聖騎士団の」

目がきらきらしてる。これはあかんやつかな。

「あははは、まあ、そうだが。礼などいりませんので」

そう言って宿を出ようとしたが、異変に気づいた。

「熱が酷い。薬あったかしら」

エグザスは鎧の上から彼女をおぶっていたので、気づかなかったが、だいぶ容態が良くないようだ。

部屋へ運ぶのを手伝うことにした。

仲間が彼女を着替えさせ寝かせるまで、部屋の外で待つ。

「すいません、お手数をおかけして」

「いや、そんなことはいい。しかしこれは……」

彼女の熱が下がらない。エグザスも神聖魔法を使ったが、ほんの少し改善しただけだった。

「彼女は昔から身体が弱くて、すぐに熱を出したりするんです」

宿の従業員も薬を持って来てくれたが、薬はほとんど効かないのだという。

魔法も薬も効かない、エグザスは嫌な予感が走る。

なんか、どこかで、聞いた話だ。

「でも最近は、ある薬を手に入れて、良く効くんだと喜んでいました」

「それはまだあるのか?」

仲間が彼女の荷物を探る。

「あ、これです。でももう中身がないようですね」

それは綺麗な色の包み紙だった。

「飴なんです。田舎の方の町の土産物店でしか扱っていないそうで」

迷い込んだ森で、あるエルフにもらったのだと言っていたらしい。

エグザスは、その包み紙に見覚えがあった。

「始まりの町の土産物店か」

確かそうです、と仲間の女性が答える。

しかし、あの店は今、長期休業中だ。




 考えろ、何か方法があるはずだ。エグザスは唸る。

あの包み紙はハクレイの奥方が持っていた。

「そうか、エルフだ」

魔法の塔にはエルフの従業員や研究者もいる。エグザスは包み紙を1つ預かり、すぐ塔に向かった。

エルフを探す。確か二階に精霊石の部屋があったはずだ。

ちらほらと観光や試練に訪れたエルフがいる。

「ちょっと失礼します。もしかしたらこの紙に包まれた飴をお持ちではないですか?」

そんな事を聞いて回る。

皆、同じように横に首を振る。

怖がられ、逃げられることもあった。

異変を察知した、この階の責任者らしい女性エルフがやって来た。

「どうなさいましたか?」

声は静かだが、かなり怒りがこもっている。エグザスは冷や汗を掻きながら、女性の件を話す。

「ああ、あの方の店の商品ですね」

あっさりと答えが返って来た。

「知ってるんですか?」

「ええ、あの方の事ならこの魔法の塔の者なら誰でも知っていますよ」

そしてエグザスを塔の裏方へ案内してくれる。


 そこは警護の兵士はあまり入る事がない、研究所の休憩室のような場所だった。

数人の魔術師やエルフがおしゃべりや食事を楽しんでいた。

「みんな、ちょっとお願い。ここにいらっしゃるエグザス様が探し物をされているそうよ」

女性エルフが大きな声で注目を集める。

「休憩中申し訳ない。この包み紙に包まれた飴を探している。誰か持っていたら、分けて欲しい」

深く頭を下げて頼み込む。ざわざわと仲間内で話し出す。

しかしなかなか答えは返って来ない。

急にこんな事を頼んでも、すぐには手に入らないことは分かっている。

「誰か知り合いにでも聞いてみて欲しい。兵舎の方にいるので」

そう言って、エグザスは一旦兵舎に帰る。

兵士達にも聞いてみようと思ったのだ。

「へー、これ、飴の包み紙なんだ。きれーだなー」

先ほどと同じことを兵舎の休憩室でもやってみる。

まあ、あんな辺境の町の土産物店でしか売っていないモノを知ってる方がおかしいか。

そんな自虐に陥りながら、エグザスはしばらく待ってみることにした。

「辺境の町?。エルフ?。うーん……」

一人の若い兵士が何やら考え込んでいる。

「何か知ってるのか?」

実はこの兵士、あの腹黒エルフが迷宮に移転魔法陣を設置したときに同行したらしい。

「あの時一緒に行った男性魔術師がえらくあのエルフを気に入ってて、店にも行ってたと思います」

もしかしたら土産として飴を買っているかも知れない。

「その魔術師を紹介してくれ!」

大声で詰め寄ったものだから、若い兵士を怖がらせてしまった。

何とか立ち直らせて塔に向かう。その場にいた兵士数名が心配そうについて来た。

研究者のいる塔に入ると、先ほど休憩室にいたエルフ達も来ていた。

どうも同じ人物を思いついたらしく、一緒に頼みに行ってくれると言う。

「かなり偏屈なんですよー。あの方の事をすごく崇拝してて、持っていても分けてくれるかどうか」




「な、なんだお前ら」

りっぱな研究室だった。国家機密の移転魔法陣の担当なのだから、かなり高位の魔術師なのだろう。

エグザスは飴の包み紙を取り出した。

「病で苦しんでいる人がいる。この飴が必要なんだが、お持ちではないか?」

紙を見てすぐに分かったのだろう。

しかし、やはりすぐには返事はない。皆の顔を見回して、ようやく話し出す。

「あるにはある。でもかなり高価で、一個しか持っていない」

今、あの店は無期限の休業中だと聞いているので、次いつ買えるか分からない。

そんな事まで言い出す。知りすぎだろう。

「高価なのかー……」

エルフの一人が被っていた帽子を脱いでお金を入れる。それを隣の人に渡すと、その人がまたお金を入れて次へ渡す。

エグザスはそれに気づいて慌てた。

「い、いや、そんなのはいらんぞ。金ならあるから」

そう言ったが、その帽子はちゃんと一回りして、その魔術師の前へ差し出された。

「これで売って下さい」

そこにいた全員が頭を下げる。

エグザスはもうどうしていいか分からない。おたおたするばかりだ。とりあえず一緒に頭を下げる。

ふーっと息を吐いた魔術師は、仕方ないなあと机の奥底にある隠し扉から大事そうに袋を取り出す。

「お金はお預かりします。その方の病気が治ったら皆で飲みましょう」

さっきまで難しい顔をしていた魔術師が微笑んだ。


「本当にありがとうございました」

見事に迷子の女性の熱が下がり、体調も良くなった。

たくさんの職員や兵士が頭を下げてくれたと聞いて、彼女のグループのリーダーが飲み会に皆を招待した。

飴を提供した魔術師も、集めた金を持って参加し、かなり大きな宴会になった。

兵士も魔術師もエルフも、みんな一緒に彼女の快復を祝った。

「よかったですね」

エグザスが彼女に声を掛ける。

何度もお礼を繰り返す彼女に、何故、他の薬や自分の神聖魔法が効かなかったのか聞いてみた。

「ふふ、私自身も知らなかったことなんですが」

以前に迷い込んだ森で出会ったエルフに、人族の薬が効かないのは彼女がエルフの血が濃いからだと言われたそうだ。

「エルフの?」

あの飴はエルフには万能薬なのだという。

エグザスは思い出す。

自分が神聖魔法を使う時、相手を人間だと思い込んで使っていたのではないかと。

妖精族が相手なら、それに見合った祈りが必要だったはずだ。エグザスはまだまだ修行が足りないと痛感した。



 

「お客さん、大丈夫?」

聖騎士団の遠征の行き帰りに必ず立ち寄る飲食店があった。

そこの売れっ子の娘は小柄ながら力持ちで、酔いつぶれたエグザスを宿舎まで運んでくれた。

翌日お礼にと花を買って渡すと、周りからは冷やかされたが、すごく喜んでくれた。

実は、エグザスはその娘を以前から気に入っていた。それから何度か二人きりで飲んだり、出かけたりした。

ある日、病気だと聞いて駆けつけると、彼女は床にしていた。

魔法も高価な薬も効かず、後ろ髪を引かれる思いで出掛けた遠征中に、彼女は亡くなった。


(あの時、この飴があったら、彼女は助かったのかな)


あの娘が人族ではなく、妖精族の血のせいで薬が効かなかったとしたら。

何を今更、そんなことを、どうすることも出来ないのに。

エグザスは一人その店を出る。

「あ、雪だ」

道にうっすらと白く積もり始めていた。

暗い夜の空に、雪が花のように舞う。

見上げるエグザスの、酒で火照った顔に落ちては溶け、涙のように流れていった。



        〜完〜


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