渡り鳥と石
四角四面の薄っぺらい羊羹のようなものに正対し、
頭を抱えてみたり唸ってみたり手元を忙しく動かしてみたりと
この仕事というものは人の行動のうちでもとかく奇妙だ。
傍から見て奇妙なのだ、本人たちもさぞおかしかろうとも思ったが
存外楽しそうなやつもいてよく分からぬ。
さても、人とはやはり良く分からぬものだ、と結論づけて
私は透明な板きれの横から人をのぞくのをやめた。
あの子とは似ても似つかない。ここにいるとは思えなかった。
今日は良い風が吹いている。これならもう少し高く昇れそうである。
風の渦巻いている所へタイミングを見計らう。
1,2…あ、少しずれた。飛行を長くする。もう一度。
1,2,3、、今だ。
ばさりと両の羽を動かして空気を押し出し
-あまり仕組みは分かっていないのだが、
まぁたぶん何がしかを押し出すから自分は上にいけるのだ、と無理やりに思っている-
ぐっと体を持ち上げ上昇気流に入る。
一瞬で羊羹も板切れも遠のいていった。
群青と黒を混ぜて溶かした絵の具が波打ち、
その間際に揺らめく黄身色の円が眼に映えた。
同じ色に染められた街が眼下に広がる。
あれはいったい何の卵なのか、あれだけ大きいならさぞ母親も大きかろうな…
と風にバランスをとりながら考えた。
卵は滋養強壮に良いのだ、と、
羊羹の前で男が生卵を食いながら話していたのを思い出す。
いくら良いといってもお前、うげぇ、と隣の男が眉間に皺を寄せていた。
味は宜しくないものと思える。
それが食べていたのは、目の前の橙と同じ色だった。
"…果たして人間に良いものは、石の人間にも良いと思うか?"
ごつごつとした石の肌を持つ人間を思い浮かべながら
誰に問うでもなく問うた。
石は人とは違うよ、とサファイアの眼を輝かせ、
屈託のない笑顔が答えるかと一瞬空想したが
特に答えるものはなかった。
当たり前である。ここは上空で、いるのは自分と同類の翼を持つものばかり。
石なぞどこにも見当たらぬ。
小さいものならいざ知らず、人より大きい石は浮かない。
浮かないのだから、ここにはないのだ。
眼下にもそんな大きく輝く石はないのだから、ここにあの子はいないのだ。
"馬鹿なことだな"
道理である。
分かってはいたつもりだったが、やはり、分からぬ。
恋しいとはこういう事を言うのだろうか。
そうであれば、やはり、馬鹿なことである。
暗くなる前に寝床へ戻るため、帰る方向を見定めた。
均一に並べられたカラフルな家の間、
木の鬱蒼と覆い茂る森があった。そこが今朝見つけた寝床である。
少しずつ高度を落として向かいながら、
ちらりと周囲を確認したが
やはりあの子の大きさの石はどこにもなかった。
あの子は卵を食べたことがあったろうか。
先に食べておいてやろう、明日こそ一口だけ食べるのだ。
そうして今度会えたら、あの子に食べ方と感想を教えてあげよう。
あのボロボロの金も、少しは元に戻るのかもしれない。
ここにはいなかった。明日行く場所にはきっといるだろう。
茫洋たる睡眠の海に引き込まれながら、鳥はそんな事を考えていた。
遥か遠くの広場で
砕かれた石の王子とツバメが、欠片となって散らばっていた。