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半妖精と曖昧男 〔1〕

 正気でも曖昧でもなく。


   〔1〕


 少女は繋がれていた。手錠に、足枷に、そして鎖に。

 狭苦しい箱馬車の中に他の女たちと押し込められて。搬送されているのだ。すなわち、商品たる奴隷として。


 少女――レリアは今も後悔していた。うかつに森から外へ出てしまったことに。

 ほぞを噛むようにして、苦む思いを反芻する。レリアは半分だけ森妖精の血を引く、いわゆる混血種(ハーフ)だった。純血の森妖精族である母の下に育った。母は若い時分の一時期に好奇心のおもむくまま外界を旅して回ったことがあるという。その際に知り合った人族の戦士……長じては背中を預けあう相棒となった男と、契りを結ぶに至って一子をもうけた。それがレリアだった。

 人族と森妖精族では命の長さが異なる。戦いに身を置くとなればなおさらだ。結局、父たる男と死に別れた母は、幼いレリアを連れて森へ帰った。母自身、軽くない怪我を負っていたことと、何より混血のレリアを無理して産んだことによって身体がずいぶんと弱まっていたらしい。

 幼い子連れの女一人、しかもそれが異種族と混血児となれば、人族の領域――特に街の中では、とても日々の暮らしを安全に送ることができない。そのため、故郷の森を頼ったわけだが……ここも、安穏にとはいかなかった。

 一度は故郷を捨てた身で。それだけならば長命種である代わりに子の少ない妖精族ゆえ迎え直しも緩やかだが、しかし混血の子を連れてとなると話が違った。血の純性を汚したからだ。

 森妖精族は、人族たちのように神々は信仰しない。森の霊性、すなわち精霊を尊び、そして祖霊を奉る。そのどちらも理解せず、霊性に浴さない“汚れた”人族との混血など、許されざる禁忌というほどではなくとも蔑視されるには十分すぎる罪であった。レリアたち母娘は放逐こそされなかったが、その扱いは決して暖かいものではなかった。

 それでも母が存命の内はよかった。故郷の森だ、生まれた時から顔見知りの者たちも多い。表立っての擁護こそ難しかったものの、何くれと都合を利かせてくれる人たちもいてくれた。

 だが数年前、身体が弱っていくばかりの母がとうとう息を引き取り…………一人残された混血のレリアは、どうしようもなく厳しい扱いの下に立たされていくことになる。

 このままでは死なずとも心がどうにかなってしまうと。ある日、二十歳の年を迎えたレリアは――長命の森妖精にとって二十歳など幼児に等しい年齢だが、半分は人族であるレリアはその分成長が早く(あるいは人族としては遅く)、見た目の年齢は人族で換算するところの十一歳から十二歳ほどに育っていた――なんとか自力でも行動してゆくことかなうだろうと、今まで隅端に生きていた冷たい森から旅立つことにしたのだった。


 始めの内は上手くいっていたのだ。いや、そう思い込んでいた。

 見知らぬ地の、しかも人族の街で、いまだ幼さを残す背格好の娘が――それも、混血種の娘が、たった一人生きていこうという行動がどれほど危険であるか。母からも何度とよくよく言い聞かせられていたというに。分かったつもりなだけの警戒心など、まるで甘いものでしかなかったのだ。

 伝え聞く、母と父と同じ探索冒険者というものになってみた。見た目の幼さから登録時に一悶着あったものの実年齢が二十歳ということでこれは認可された。が、さすがに戦闘の用をともなう依頼仕事は受けさせてもらえなかった。他の冒険者と戦隊(パーティ)を組むというのも難しかったため(レリアのことを見る目があまりよいものではなかった)、一人で地道に採取や狩猟に励んでいた。これには母から教わった森の知識、そして弓術と精霊術が大いに役立っていた。

 順調に小銭を日々。だが小娘が一人、ふらふらと動き回っては調子よく糧を得ている様が目立たないわけがなかった。せめて後ろ盾となる人物との伝手があれば違ったのかもしれないが……。加えて、レリアの容姿が、森妖精の繊細な造形と人族の躍動的な肉感を絶妙にあわせ持ち、将来の花開きをいやがおうにも期待させる魅力を備えていたことも拍車をかけたのだろう。

 ある日、街暮らしを始めて二ヶ月と少々も経ったころ、いつもの薬草類の採取とついでの小動物狩りに出向いた近傍の森の中で。唐突に背後からの急襲を多人数から仕掛けられ、口をふさがれ縛り上げられた上で袋詰めにされた。得意の弓術も精霊術も揮う間などなかった。


 そうして、レリアは気がついたらどこかの洞窟に運ばれていた。

 数日かけてそこで他の“商品”たち――あわれなご同類の娘や女たちと合流させられ。

 七人~八人ほど集まったところで、この今の“出荷”が行われているわけだった。その日々を過ごす中で気づいたのだが、かどわかされた娘たちはいずれも人族基準で美しいとされる外見のものばかりだった。はたして、いかなる用途のための人攫いであるのか。推測するだにろくな結果には結びつきそうにない。レリアの胸中は暗澹たる予想図で埋め尽くされていた。

 箱馬車の中、押し込められた人数に対して空間の広さが明らかに足りていない息も詰まる状態で、レリアは己の両膝を抱えるようにして座り込みながら重い頭をかしげ乗せていた。ため息をつく度、ジャラリ、と繋がれた鎖が音を立てる。

 レリアは見上げる。箱の上部外周、いくつか開けられた小さな換気窓から。鉄格子越しにかすか見える、木々の天辺と、その先の空と雲に。たくすように言葉がこぼれる。誰にも届くわけがないと分かっていたとしても。

「助けて……。誰か。助けてよ、母さん…………父さん」

 あまりにも弱々しいささやき声だった。それこそ、触れるほどに身を寄せ合う同乗者たちにも聞こえぬような。

 そんな助けを求める弱音を、たとえ神でも精霊でも、いかにして聞き届けられるものだろうか。だが――


 だが、数奇な運命がそれを否定する。

 聞き届けた者がいたのだ。いや……実際にその男が聞き届けていたかは分からない。どこまで何を理解していたものか、判別などつけようがなかったのだから。

 それでも事実として、その男はそこに現れた。


「あー……?」

 いつの間に歩み寄ったのか。

 箱馬車を含む一行が休憩のために一時停車したおり、箱馬車のすぐそばに一人の男が寄って立ち、小窓の一つを見上げていた。何の偶然か、それはレリアが内から見上げていた小窓と同一だった。

 ただし、むろんのこと馬車の車高は地に立つ男の身長よりも倍して高い。よって内外の両者が視線を交わすことは――まだ、なかった。


 誰もその意味にいまだ気づかぬ。本人すらも。

 突っ立つ男の髪と瞳は、ともに珍しい明灰色であった。



 

「毒のないアルシン」

 正気でも曖昧でもなく。

 (記憶と自己認識があやふや状態で現れて、すぐ現地民の娘さんに拾われて言葉が通じた場合。)


 タグ:異伝、小話、リハビリ作


 第一章:出会った喃〈のう〉、出会ってくれた喃〈のう〉

 第二章:なまくらと申したか

 第三章:出来る、出来るのだ!


「ドラゴンだってぶん殴ってみせらぁ。でもキモ虫だけはかんべんなっ!」


 という、元はスピンアウト作品(ifモノ)の思いつきネタから、なぜか変形した……んだったっけ?(中の人も曖昧)

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