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午後一時、大学の文芸部(部と言ってもサークルだが)の集まりがあった俺は、待ち合わせ場所の定番スポット、渋谷ハチ公口に向かう。
渋谷。
ファッション専門店に遊戯施設、多種多様な飲食店や百貨店などが立ち並び、大勢の人の活気で賑わうその街は、交通の便の良さから俺たちのサークルにとっても重要な場所の一つだ。
改札を抜けて地上に出ると、そこはもうハチ公前だ。
辺りをぐるりと見回し、見知った四人に声をかける。
「やあ、もう皆揃ってるみたいだね」
「ギリギリだな、準一」
その中の一人、小奇麗な服装で纏めた長身の優男、俺の同級生で友人の宮間秋人が、少しおどけた様子で反応する。
「間に合ってるんだしセーフだよ、ねー皆?」
「まあ、そうっすね」と軽く返したのが後輩その一、男。
「春休みでも相変わらずですねー先輩」と当り障りのない反応を示したのが後輩その二、女子。
「…………」
そして無視を決め込んで、スマホの画面に目を落としているのが後輩その三。茶髪のポニーテールが特徴の秋山楓だ。
(相変わらず冷めてるなあ……)
この子が誰かと親しげに話しているのは見たことがない。
何度か会話したことがあるが、人付き合いが苦手、という訳ではなさそうだ。
それでも、他の後輩二人と仲良くしているのは見たことがないし、一方的に壁を作っているように思える。
まあ、勝手な推測だし、単に気が合わないだけなのかもしれないけどね。
「それじゃ、全員そろったんだ、行くか」
秋人が言うと、各々がやる気のない返事を返し、皆歩き始める。
楓ちゃんはもちろん無言で、かといって集まりに参加する気はあるようで、後ろにしっかりついてくる。
歩くこと数分、人気のない通りを進み、不意に秋人が立ち止まる。
「ここだ」
秋人示したのは、どう見ても一見さんお断りといった風なバーだった。
真昼間から、バーだ。
皆呆気にとられて何も言えずに居たようなので、仕方なく聞いてみる。
「はいはい質問でーす、今日は何で集まったんでしたっけ」
「はあ?お前、もしかしてメール見てないだろ」
「待ち合わせの時間しか覚えてないかなー」
「論外じゃボケ!」
正直に言ったのに、頭をはたかれた。
「いたた、そ、それじゃあ二つ目の質問、なんでバーなのさ。今日は飲み会でもするわけ?」
めげずに問うてみる。
後輩たちからしたら一番知りたかったのはこっちだろう。
「……はあ、もういい、誰か説明してやってくれ」
呆れたように言う秋人に反応して、後輩男子がわざわざ耳打ちでこっそり説明してくれた内容は、こうだ。
「入部以来まったく他の部員に気を許した様子のない楓ちゃんは、結局一年間サークル内の人間関係に馴染めていないように見える。
このままだと楓ちゃんが退部してしまうことも考えられるし、そんなのは他の皆も後味が悪い、だから四年の先輩方が卒業したこの時期に、もう一度部員たちの親交を深める為に親睦会を開こうじゃないか」
ははあ、そういう集まりだったのか。
ひとつ気になったので問うてみる。
「で、今日の事楓ちゃんにはなんて説明してるの?」
「宮間先輩は、四月からの活動内容についての会議と親睦会って言ったらしいっす」
「会議は建前かなあ……ともかく、説明ありがとね」
ため息をひとつついて後輩君は呆れたように言った。
「先輩、マイペースすぎます」
そうして俺たちの、楓ちゃん懐柔作戦が始まった。