15
「ということがあったんですよ」
マンションの二階、住人達の共有スペース(と言っても俺とアリスさんしか住んでいない)で、三人で少し遅めの夕食を食べながら、楓ちゃんはそんな回想を語った。
「あったんだ」
アリスさんは「どうだ」と言わんばかりの表情で同調する。
「あったのかー」
俺はとりあえずその場の流れに乗ってみた。
「で、まあなんというか、この際だし、皆腹を割って話そうということになったんだ」
そしてアリスさんは唐突に切り出す。
「別に俺、悩みとかはないんだけど」
「悩みじゃなくて、隠し事はあるだろう、私もお前も」
「……まじか」
「まじだ」
完全に楓ちゃんを置いてきぼりにして会話を進めていたが、アリスさんが言う隠し事とはつまり、俺が未来を視ることができること、そして彼女が魔法使いであることの二つだろう。
「あ、私の悩みはもういいですか?」
楓ちゃんが俺に問いかける。
「あー、事の顛末しか聞いてないからなあ、それじゃあ一応、先延ばしするに至った心境を聞いておきたいかな」
「わかりました」
「じゃ、誰から話すかね」
「私はインパクトに欠けるので最初がいいです」
「じゃあ楓、頼むよ」
「はーい」
こほん、と小さく咳払いをして楓ちゃんは言葉を紡ぐ。
「えー、結局、私は今すぐには死なないってことにしたんですが、この自殺願望の原因は周りの人が死ぬのを見るのが嫌だったことなんです。だから、私の大事な人たちの中で誰か一人でも死んだら、その後を追うことにしました。家族はもう、あと両親だけなんで、そのどっちかですね、だからあと二十年は死にません、その二十年の間に何かいい案が思いつけばいいなって、そんな感じです」
ネガティブなのかそれとも前進しているのか分からないが、彼女の中で妥協したのだろう。
「うんうん、楓の心の傷は時間が解決する部分もあるさ、だからまあ、気長に気楽にいこう」
アリスさんは満足げだ。
「じゃあ次、誰がいい?楓指名していいぞ」
満足げに仕切りだす。
「えー、あー、じゃあメインディッシュは最後に取っておきたいんで、先輩から」
「……うん。前座だね」
どうでもいいが、この子少しアリスさんに懐きすぎなのではなかろうか。
チラリとアリスさんを見る。「言え」と目で指示する彼女に逆らえない。
「あー……俺、未来が視えるんだ、予知能力的な」
楓ちゃんは胡散臭そうな表情をする。
「楓、コイツのはマジだぞ。実際君の自殺を阻止するに至ったのはコイツのおかげだったりする」
アリスさんに言われた途端、楓ちゃんは驚いた表情をして「ま、まじなんですか」と聞いてきた。
「まあ、信じるかどうかはおまかせってことで……」
適当に濁してアリスさんにバトンを渡す。
「うん、次は私か」
すっと立ち上がって腕を組み、自信ありげな表情で
「私は現代に残る数少ない『魔法使い』だ」
そう言った。
彼女は人差し指を立てると、なにやら呟く。
すると彼女の指先は炎に包まれ、瞬く間にその炎は消失した。
楓ちゃんは呆気にとられ、箸を落とす。
その箸がどこからともなく発生した風で巻き上げられ彼女の手元で浮遊を始めたのだから、楓ちゃんは唖然としていた。
「ま、ざっとこんなもんだ、それじゃあ、以後よろしくな、楓」
そう言ってアリスさんは楓ちゃんに微笑みかけるのだった。