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「それで、昨日の話はちゃんと考えてみたかい?」
二度目のアリスさんの店への訪問の時、こんな話をした。
先輩不在の中、二人で紅茶を飲みながらゆったりとした時間を過ごす。
「ええ、やっぱり私は、生きるのは辛いですよ」
ふと芽生えてしまった自殺衝動。
それは蓋をしても目をそらせずに、私を蝕んでゆく。
『人が死ぬのを見るのが嫌だから自分が死ぬ』なんて、我儘な話だが、私は私なりに必死に考え抜いた結果なのだ。
今さら考えを改めるなんて、しかも赤の他人に言われたくらいで、できる話じゃない。
私の答えを聞いたアリスさんは、やっぱり納得いかないといった風だ。
「でもさ、それって今すぐ死ななきゃダメなの?」
そしてそんなことを聞いてきた。
私は呆気にとられて何も言えない。
「それに、楓ちゃんは自殺を思いついてしばらく経つんでしょ?ってことは、それまで躊躇っていた期間があったってことだ」
私は無言でうなずく。
「じゃあ、もうちょっとだけ躊躇ってみない?私と一緒に、ゆっくり時間をかけてさ」
「……は?」
突飛な提案に思わず間抜けな声が出た。
「ゆっくり考えれば、いい案が浮かぶかもしれない、生きてみようって思える時が来るかもしれないじゃない」
無責任な事を笑顔で言うのだ、その間私が受ける苦しみをまったく知りもしないのに、この人は……。
「でも、もう八方塞がりですよ」
自嘲気味に言う。
「私は、人と一緒に過ごして情が芽生えたら、その時点で終わりなんです」
その時点で辛くて辛くてどうしようもなくなってしまうのだから。
「うーん……それを乗り越えるのも、人間の強さだと思うんだよね、私は」
綺麗事だと思う、でも、人は皆そういってこの苦しみから目をそらすのだろう。
「それにさ、人を遺して逝く側の気持ちは、考えたことあるかな?」
次いで紡がれたアリスさんの言葉に、私は少し考える。
遺される側の気持ちでなく、遺す側の気持ち。
死に際の私の気持ちだ。
私は苦しみからの解放感と安堵でいっぱいなのではなかろうか。
きっとそうだ。
ああ、結局私は死に際までも独りよがりなのだ。
「私はね、んー、なんて言ったらいいのかな。花みたいに、次の世代の種が芽吹くのを楽しみにして逝くのが、きっと素敵かなって思うんだ」
黙りこくる私に、彼女なりの考えを告げる。
「あーもう人生なんて嫌だー、とか、辛いのから解放されたーバンザーイ!って、人生をまるっきり嫌なことばっかりだったみたいに悲観的に死ぬよりは、希望に満ちていていいかなー……って、まあ、それだけなんだけど」
「ん……そうかもしれませんね」
でも、それでも私は辛いのだ。
「だからさ、私が、私だけじゃないね、準一達と一緒にさ、死に際に『あー、いい人生だったな』って思って死ねるように、協力するからさ」
「…………」
「あとはまあ、いや、これが一番大きいんだけど。……私のエゴイズムで、生きててほしいなあ、って思うんで、生きてください、ダメですか?」
「……ぷふっ……あはははははははははははは!」
最初は大人っぽく、硬い態度だった彼女が急に子供じみたことを言うのだ、笑ってしまった。
「ちょっ……なにが面白かったんだ……」
「くくく……いえ、ふふふ……うん、そうですね、それじゃあもう少し、生きてみますよ」
きっと、この人は私より先に死ぬだろう。
年上なのだ、順当にいけばそうなる。
それでも、今はそんなことを気にする余裕もないくらい、可笑しいのだ。
こういうふとした瞬間に、人生も捨てたもんじゃないと思えることは多々あった。
だから、それこそ人生の苦しみから目を背けることと同義かもしれないけれど、この瞬間を思い切りかみしめたいと思った。
私の『保留宣言』に心底嬉しそうに、まさしく花の咲いたような笑顔をしてくれたアリスさんの我儘で、私の我儘はもう少し先延ばしになった。