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アリスさんが楓ちゃんと店で何やら話すらしいと聞いた俺は、朝から家、もとい店を追い出され、独自に動き回ることになった。
まずは正確な場所の確認だ。
明日、楓ちゃんが自殺を図るのはまず間違いない。
俺が視るのは変えられない未来であって、例えそこに魔法が干渉しようと、ありとあらゆる偶然が積み重なって、必然の未来となる。
だから、例え今日アリスさんがどんなにうまく楓ちゃんを懐柔しようと、明日の楓ちゃんは電車に飛び込むことになる。
「ここかな……」
一度だけ視たイメージ。
駅のホームにごった返す人々の中で、一人だけ異常な存在感を放っていた彼女。
疲れた表情を浮かべる周囲の人間とは別の種類の、疲れた表情。
苦しそうな、辛そうな、しかしどこか安堵した表情になった彼女の体はバランスを失い、電車に吸い込まれる。
そんな思い出すだけで嫌になるイメージを何度も思い浮かべ、実際の視界と照らし合わせる。
改札から下りてすぐ、階段の真横。
おそらくホーム内で一番人が密集するあたりだ。
鞄からメモ帳を取り出し、メモする。
「売店近く、九号車付近……っと」
さて、次だ。
この前の親睦会を行った店に再び、秋人と後輩二人を呼びつけていた俺は、三人に確認しておくことがあった。
「いきなり呼び出して何だよ、準一」
不満げな声を上げる秋人。
「やあやあ、皆忙しいなか悪いね。話っていうのは楓ちゃんのことだ」
俺が言うと、皆不思議そうな顔をする。
「ああ、先輩この前の親睦会で、『任せてよ』なんて言った割に音沙汰なかったし、どうしたのかと思いました」
後輩男子がどこかおどけて言う。今はその気楽さが少し有難いかな。
「んー……ま、なんというか、皆は楓ちゃんの事どう思ってるのかなーって、確認しときたくてさ?」
もし、もしも俺の視た未来が変わって楓ちゃんが自殺するのを辞めたとして
、そのまま彼女が普段の日常に戻ったとしても、そこに彼女を取り巻く環境が以前と何一つ変わらずに存在していたら、彼女は再び自殺を思いつくかもしれない。
アリスさんにかかれば、楓ちゃんが電車に接触しても無傷で終わらせることができるだろう。
それでその場は済んだとしても、結局彼女自身が在り方を変えなければ、何一つ変わらないのだ。
俺から見ても、そして多分他の部員たちから見ても、楓ちゃんが人付き合いを拒んでいたのは間違いない。
だからそんな彼女を受け入れ、新しい彼女の居場所があれば、少なくともいい方向に転がるのではないか、と思った。
「どう思ってる、って、仲良くしたいですよ。先輩には何度もそう言ってるじゃないですか」
後輩女子の黒田咲良が言う。
後輩三人の中でも、女子という共通点があるだけで、やはり距離感は違うのだろう、黒田さんは普段から、楓ちゃんと仲良くしたいと言っていた。
「ん、そうだったね。今もその気持ちは変わってない?」
「当たり前です」
念には念をと確認した俺を、くどいと言わんばかりに突っぱねる。
頼もしい限りだ。
「相田はどう?」
同じく一年、一年の中で唯一の男子部員相田にも問いかける。
「秋山さん可愛いっすからね、クール女子と仲良くなれたら最高ですよ!」
本心かどうか分かりかねる言い方だが、少なくとも受け入れる気はあるようだ。
「そっか、ふたりがそれなら、まあ安心かな」
秋人は確認するまでもないだろう。
何せわざわざ親睦会まで開くほどお節介な奴だ。
「準一、何か思いついたのか、あの子を馴染ませるいい方法」
こうやって聞いてくるあたり、やっぱり気にしているようだし。
こんなに彼女を気にしてくれている人たちが居るのだ。
あの子には戻ってきた時の居場所がある。
それが分かっただけで、俺はなんだか心強くなった。
だから俺は気楽に言ってのける。
「大丈夫大丈夫、いい方向に転がってくから、任せてよ」