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「……こんにちは」
翌日、不機嫌そうに店の扉を開けたのは、秋山楓だった。
「やあやあ、よく来たね」
暖かな午後の陽光に包まれる店内、私は接客スマイルで彼女を迎え、カウンター席に座るよう促した。
「御門先輩は、今日は居ないんですか?」
つまらなそうに聞く彼女を見ると、少し悪戯心が芽生えてしまった。
「なになに?楓ちゃんはアイツのこと好きなわけ?お姉さん恋愛相談とかも乗っちゃうよ?」
からかうように言うと、楓ちゃんは頬を赤くして全力で否定した。
「んな訳ないじゃないですか!ただ、先輩がアリスさんと私を会わせて今日で二日目だし、一応間を取り持ってくれるのかって思っただけです!」
「ふーん、まあ、アイツはちょっと私のお使いで、調べ物させてるんだ。……それにしても、昨日でずいぶん私と君は打ち解けたと思うけど、まだ緊張する?」
「まあ……そんなとこです……」
あらら、少し甘かったかもしれない。
なにせこの子は人との関わりを拒み続けていたようだし、警戒心も拭えてはいないのだろう。
そんな警戒心の塊のような彼女と私が、一日で急激に距離を縮められたのにはもちろん種も仕掛けもある。
有り体に言うなら、そう、私はいわゆる『魔法使い』なのだ。
『高度に発達した科学技術は魔法と見分けがつかない』なんてよく言うけれど、私に言わせれば、『魔法とは、科学が追いついていない技術を体現させる方法であり、魔法も科学もただ単にその結果に至るアプローチが違うだけで本質はまったく同じ』という意見の方がしっくりくる。
まあ、科学が追いついていない技術の体現が神秘だの奇跡だのに見えるだけであって、魔法にロマンを見出す人々は、その神秘に魅了されて止まないのだろうが。
私が昨日、楓ちゃんに用いたのは『魅惑』の魔法だ。
だから彼女は、付き合いの長い準一より先に私に心を開いたし、こうして今日もこの店に足を運んでくれた。
問題は、彼女が『自殺』をすることを、まだ私に告げられるほど警戒心を解いていないということだ。
洗脳じみたことをして彼女に自殺を思い留まらせたり、彼女の祖父の死に関する記憶を書き換えて、自殺衝動を生み出した恐怖をなくすこともできる。
だが、それでは意味がない。
その場しのぎの方法では、意味がないのだ。
「ねえ、楓ちゃん」
「……なんですか」
「もし、もしもだけど、私が死んだりしたら楓ちゃんは悲しんでくれるかな」
私が問いかけると、楓ちゃんは驚いたような、悲痛そうな顔をして、静かにうなずいた。
「……そっか。楓ちゃん、いい子だね」
だからだろう、嬉しくなってしまう。
きっとこの子は、あまりにも無垢で優しいだけなのだ。
この世界の道理に反するような望みを真剣に願ってしまうほどに、子供のように純粋で優しいだけなのだ。
だから、私も彼女に死なれるのは御免だ。
せっかく仲良くなれたんだ、少しズルをしたけれど、それでもこの純粋な子と仲良くなれたのは喜ばしい。
勝負は、明日だ。