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海の生き物

イカを拾ってはいけません

作者:

ダイオウイカの展示見に行ったらどんな妄想できるかなー、と思ってできたお話です。(※ダイオウイカ展に行って妄想したのではない。)

すげーくだらないしイカなので、心の広い人外スキーさんだけどうぞ!


 蒸し暑い日のことだった。

 世間では、学生はもう夏休みを満喫しているはずの八月。今年高校二年生になる田中沙織にも例外ではなく訪れるはずのパラダイス。

 にもかかわらず彼女は今、制服を着て通学かばんを持っている。

 まったく腹立たしいことに、英語が苦手な沙織は友人たちがクーラーの効いた部屋で真昼間からテレビを見て惰眠をむさぼっている間、えっちらおっちらと補習に行っていたのである。

 滝のように流れる汗がうっとおしい。

 

 時刻は午後1時を回ろうかというころ。

 沙織はたいへん腹が空いていた。

 家はもうすぐそばである。空腹と暑さへの苛立ちを昼食のメニューを考えることで紛らわせ、先を急いだ。



 すると、道端に何か白い物体が落ちているのを発見した。



 「……イカ?」



 道端におちていたのは真っ白なイカだった。



 (なぜこんなところにイカ…)



 不審に思いつつじーっと眺めてその場を離れる――はずだった。普段の沙織なら絶対にそうしていただろう。

 が、なにぶん沙織は腹がへっていた。そして彼女の大好物はイカであった。



 「ラッキー!」



 道端におちた怪し過ぎるイカなんぞ、普段の彼女なら目もくれない。いつかうっかり詐欺に遭いそうで心配、などと友人たちから言われる沙織であるが、自分ほど用心深く思慮深い人間はなかなかいないと思っている。

 そんな沙織であったが、この暑さ、この空腹。さすがの彼女も正常ではいられなかった。もしかすると午前中に酷使してしまった脳みそのせいかもしれない。

 そうして沙織はひょい、とその新鮮なイカを拾いあげた。



 「イカ焼き、イカめし、イカリング……ふふふふふっ!!!」



 今の彼女にはイカの調理法しか頭に無い。他のことは考えられない。まさにイカまっしぐら。

 この一杯のイカが彼女の人生を大きく変えることになるとはつゆも知らない沙織は、ひたすらイカのメニューに想いを馳せて、意気揚々と家路を急いだのであった。




***



 「たっだいまー!」


 静まりかえった家に沙織の元気な声が響く。

 両親が共働きの彼女の家は、昼間は誰もいない。


 靴をポポイっと脱いだ沙織は、ぐったりしているもののまだ息のあるらしいイカをどうしたものか、と一瞬考えて――何度も言うが今の沙織は脳みそが仕事をしていない状態だった――、冷たい風呂に投げ込んでやった。



 「これでよしっ!」



 鼻歌まじりに制服を着替えに2階の自室へあがった。


 下着と部屋着をタンスからひっぱりだして、着替えようと制服の裾に手をかけて沙織は困った。炎天下に外を歩いた彼女の体は思ったよりも汗で濡れてしまっていた。このままでは服が汚れてしまう。



 「仕方ない、シャワーを浴びるか」



 とてとてと階段を降りて、再び風呂場へ戻ってきた彼女の目に飛び込んできたのは――


 


 「助けていただいてありがとうございます!!」




 土下座をしている全裸の美少年であった。




 「……。」 

 無言で扉を閉めなおす沙織。 


 (えっ!誰!えっ??あれっ家まちがえちゃった?!)


 疑問符が頭の中をぶんぶん飛びかう。が、何度考えてもここは正真正銘の田中家である。

 しかたなく意を決してもう一度、今度はそろりとドアをあけると、目の前にはやはりマッパの美少年。違うのは先ほどまで下げられていた上半身が今は起こされ、正座している点のみだ。

 きょとん、とこちらを見つめるつぶらな瞳が犬っぽい。



 (とりあえず服を着ろ……) 



***



 美少年の正体はイカだった。


 なんのこっちゃという話だが、黙れ沙織もまだよくわかっていないのだ。

 全裸でお座りをする犬――ではなく少年にバスローブを投げつけた後、着替え終わった彼を仕方なくリビングに通した。いまは冷房のほどよくきいたその場所でバスローブ姿の少年と沙織が向かい合っている状況である。

 

 白髪白皙の美少年イカは名前をイカロス・アルベルト・シュプロイヒェン君と言うらしい。イカのくせに仰々しい名前である。イカロス君は宇宙からこっそりやってきた留学生で、こちらの年齢でいうと中学生ほどだそうだ。

 そして、うっかり水を切らしてしまったイカロス君は、熱中症で倒れてしまい、元の姿――つまりイカ型星人の本性に戻ってしまったところに沙織が通りかかった、ということらしい。

 

 「地球星の温暖化がここまで進んでいるとは知らず…、お恥ずかしい限りです」というイカロス君は歳のわりにしっかりしていて、恥ずかしそうに顔を赤く染める様子がたいそうかわいらしい。


 (しっかりしろ、相手はイカだ!)

 

 沙織が水風呂に放り込んでくれたおかげで復活してもとの姿に戻れたと言って涙ぐんで感謝されたのだが、どうしてだろう。罪悪感で胸がちくちくする。



 「あなたは命の恩人です。どうぞ、ご恩返しをさせてください」


 健気に大きな黒い瞳をうるうるさせてイカロス少年は言い募った。



 「いやあ……」


 強いて言うなら腹がすきすぎて限界だ。

 帰宅して早々にこの騒動である。未だ彼女の腹には何もおさまっていない。イカロス君は気がついていないようだが、沙織のお腹は先ほどからぐーぐーとカエルが大合唱しているのだ。お礼はいいからいい加減何か食わせていただきたい。



 (あー、イカめし食べたい……)



 しかし、イカ型星人に「イカを食わせてくれ」とは言いづらい。

 ここは早々にお帰りいただき、すみやかに面倒ごとから遠ざかるのがベストだろう。



 「あの、お礼とかいらないから。元はと言えば君を食べようと思って拾ったわけだし……」



 「えっ!」



 そんなに気にしないで、と続けるはずだった言葉はイカロス君の驚いたような声にさえぎられた。イカロス君は大きい目をさらにこぼれ落ちんばかりに大きくさせて、次いで顔を真っ赤に染めた。


 (なぜ顔を赤らめる。なぜもじもじする……)

 いぶかしむ沙織をよそにイカロス君は勝手にどんどん盛り上がる。

 


 「あの……ぼ、ボク、あなたになら食べられてもいいです……!」



 おいしく食べてくださいね、と頬を蒸気させて言うイカロス君は大層かわいい。うるうるさせつつもじっと見上げてくる瞳も仔犬のようでかわいい。少年趣味の御仁がこれを見たら即いただきますしてしまいそうな抜群のかわいさである。


 だが、ちょっと待て。


 自分は食欲的な意味で「食べる」と言ったのであって、なにを性的な意味に勘違いしてるんだとか。そもそもなんでそんな意味を知っているイカ。おいイカ。そうだお前イカじゃねーか。仔犬みたいとか思ったけどイカじゃねーか。某アイドルグループも真っ青な美少年っぷりを発揮しているが所詮お前はイカだろ。なに言ってやがる。


 色々なことが沙織の頭をかけめぐった。

 しかし、彼女が呆然としている間にもするすると手際よく服は脱がされていく。

 (おいこら中学生。おいこらイカ。食われる側じゃなかったのか!)



***



 おいしく食べるはずが、おいしくイカにいただかれてしまいました――。


 

 それからなんだかんだあって3年後、沙織の腕の中には半人半イカの子供たちがおさまってきゃっきゃうふふしていたとか、傍には童顔鬼畜のイカ型星人がいたとか、それはまた別の話。

 とりあえず――




 「やめろ舐めるな巻きつくな触手を伸ばすなあああああ!!!」




 沙織は今日も悲鳴をあげつつ平和に暮らしている。




やっちまったぜ!

人外大好きだけど、これちょっとどうなの。気分わるくなったらすいません。

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