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第一話 夢破れてさいはての星へ(4)

 さて今回で第一話は終了です。ということでちょっと長めです。


 このあと、登場人物紹介と舞台背景の解説を一話挟んで、第二話へ移ろうと思います。


自 2003年4月30日

至 2003年8月26日

追加 2004年4月3日


 第三ステーションを出て、一週間がたった。船は土星空域へと来ている。ここで木星の資材船と落ち合い、積み荷と乗客を引き取るとのことだった。ドッキングした後、ハッチから積み荷とともに移って来たのは一人の女性だった。彼女は新人三人に対し、冥王星第二管制船の副司令、ドリー・ニールセンだと名乗った。肩書きはいかめしいが、乗組員達とはため口で会話をしているところを見ると、既に顔なじみであり、また気さくな性格なのだろうと思われた。副司令というのに、専用機も特別機も使わないのは、辺境の地だからだろうか。そう思うとゴウはまた一つ気持ちが落ち込んでしまうのだ。自分の赴任先が如何に辺境かしみじみ思い知らされた気がする。乗客用の部屋は二つしかないので、副司令はリジーと同室となった。当然、食事はゴウたちと一緒なのだが、ゴウは他の三人の会話には参加しようとはしなかった。冥王星のことが話題に上る時は、流石に耳だけは傾けている様だったが、時折ドリーが気をきかせてか、ゴウに向かって水を向けても、簡単に返事をするだけで、多くを語ろうとはしなかった。実のところ、本当は返事もしたくないのだが、相手が相手だけにまるっきり無視してしまう訳にもいかず、返事だけは返しているのである。今日も今日とて、気分がすぐれないと言い訳めいたことを口にして席を立った。が、自室に戻りかけてのどの渇きに気づき、引き返したため図らずも、残っていた三人の会話をもれ聞いてしまう。

「よっぽどうちに来るのが気に入らないみたいね、彼」

 ドリーの声が聞こえる。自分のことを指しているのはすぐにわかる。だが、ドリーの口調は怒っているというよりも、むしろ面白がっている様で、ゴウは意外に思った。

「そうみたいですね」

 既にチェンの方もフォローする気はないらしい。あきれかえった口調でそう答える。

「ところで、あなたたちの方はどうなのかしら?」

 ドリーの問いにゴウはそうだそうだと一人うなずいた。確かに自分の態度は露骨すぎたかも知れない。でも、リジーやチェンにしたって、喜んでいるわけではあるまい。きれいごとを言ったって、本音は行きたくないに決まっている。案の定、二人は困った様に顔を見合わせた。何と言えば良いのだろうという風情だ。

「まさか、やったねなんて思ってるわけじゃないでしょ? むしろ、やだなあとか思ったんじゃないの?」

 配属先が発表された時の二人の顔を思い浮かべる。どちらもえーっという表情だったよな、確か…。もっとも自分もその時、そういう顔をしていたのには気づいていないのだが…。

「こらっ、正直に言いなさい。どちらにしても向こうでの待遇は変わらないんだから…、これ本当よ」

 こらっと言いながらも、その目は笑っている。楽しくってしょうがないという感じだ。それにしても向こうでの待遇が変わらないというのは本当だろうか? 配属先にケチをつけたばかりに、表舞台に立てなくなったという話も聞いたことがある。だが、新人相手に気さくに話しかけてくる副司令のいるような部署だ。あながちそれも嘘ではないのかも知れない。それでもまだ返答をためらっている二人に対し、ドリーはさらにたたみかける。

「配属されちゃった以上、仕方がないというところでしょ? だってうちへの希望者は一人もいなかったんだから…。もっとも、いたらいたでそれは逆にこっちが困ったかも知れないけど…」

 逆にこっちが困る? なんだそりゃあとゴウは思ったが、それはリジーやチェンも同様だった。

「はあ? 困るって一体何が…」

「正直いうとね、うちとしては新人さんよりもベテランの人が欲しかったのよ。だから希望されても、実力が伴わない様じゃね。来てもらっても使い物にならないし…」

 食堂の外で聞いていたゴウも、目の前でそう告げられたリジーやチェンも、呆気にとられて声もない。いくら飾らない人だとは言え、こうも単刀直入に言われると何と返したら良いか判らない。そもそも配属されたばかりの新人に向かって、ベテランの方が良かったなどという上司がどこの世界にいるだろうか。いや、実際、確かに今、目の前にいるのだが…。

「副司令、基地から無線入ってます」

 と、その時、ブリッジから連絡が入った。ドリーが席を立つのを見てゴウはあわてて姿を隠す。意図したことではないとは言え、盗み聞きしていたことを知られたくはなかったのだ。ドリーをやり過ごしてから、ゴウは再び食堂へと足を向けた。中からはリジーとチェンの話し声が聞こえてくる。ドリーが席を立ったので、ようやく呪縛が解けたのだろう。

「はーっ、びっくりした」

「あれって、本音……よね。まじりっ気なしの…」

「と、思うけど…普通…あんなこと言うか?」

「だから〈・・・〉…普通じゃないって言ったじゃない」

「つまり、これが特別ってことかよ…まいったな。しっかし、ゴウの奴、こんなこと知ったら…」

「知ったら、どうだって?」

 急に頭の上から降りかかって来た声に、リジーとチェンは飛び上がって驚いた。

「キタノ、お前、今の話…」

「聞いちまったよ、偶然…。だから戻って来たんだ」

 今まではずっと一人でいたいと思っていた。冥王星のことなど考えたくもなかった。でもそろそろ一人だんまりを決め込むのがしんどくなって来ていたのだ。特に今のような話を聞いて、誰かと話さずにはいられなくなってしまった。

「なあ、今、普通じゃないとか言ってたろ、リジー。何か知ってるんなら教えてくれないかな」

 リジーとチェンは顔を見合わせた。ゴウがこんな風に人に物を頼んでくるなんて珍しい。今までならもっと高飛車に、教えろよとか言った筈だ。とことんらしく〈・・・〉なかったが、本人はそれに気づいてもいなかった。

「何かったって、別に大したこと知ってるわけじゃないのよ。先輩達の噂話とかだもの」

 話したあとで、大した情報じゃないとへそを曲げられても困るとでも考えたのだろうか。リジーはそう答え返した。

「それでもいいよ。頼むよ」

 今にも手をあわせそうなその物言いに、少しは気持ちが変わったのだろうかとリジーやチェンは思った。

「リジーの話じゃ、冥王星の基地全体が、なんていうのかな…その…あまり上下関係にうるさくないっていうか…」

「自由な…っていうのかしら。それともちょっと違うのかな…規律はきちんとしてるっていうから…」

 お偉方のご機嫌とりをするような人達じゃないから、と本当は言いたかったのだが…、ゴウの前でそれは禁句〈タブー〉である。とすると、どうしてもあいまいな言い方になってしまう。

「つまり、自主独立ってことかな?」

 ゴウが聞き返す。うーんまあ確かにそう言えないこともないが…何かちょっと違う気がする。

「少なくとも第二管制船は、副司令からしてああだから…」

新人相手にこうまでやすやすと手の内を見せてくるのだ。それは本人の性格のせいだけではないだろう。情報管理能力の劣るものが、副司令など務まるわけがない。とすれば、冥王星では、こうした情報は機密でも何でもないということになる。それだけ自由度が高いということなのだ。


 この日を境にして、ゴウは少しずつ他の皆と口を開くようになっていった。相変わらず、手伝いなどはせず、大半は自室にこもったままだったが、食事の時などは皆の会話に付き合ったし、誘われればお茶を飲みに食堂にも出て行くようにはなった。決して現状に満足した訳ではなく、また現状を積極的に受け入れようと思った訳でもなかったが、頑なに皆を避けていると、重要な情報を逃してしまう可能性があることに気づいたからだ。現状を変えられるかどうかは、どれだけ情報を掴んでいるかにかかっているのだと。


 一人自室にこもる時、ゴウはそれまでに得た情報を整理し、それについて考えをめぐらせた。――気になるのはやっぱノダチーフだよな。グロウズさんは名前にあの〈・・〉ノダチーフってわざわざ『あの』をつけてたし…。確か船の乗員の一人はノダチーフが俺たちを選んだとか言ってたし…。ノダチーフって一体何者?――自分の直属の上司をつかまえて何者だもないとは思うのだが、ついそう思ってしまう。もっともいくら気になるとは言っても、まさか本人に直接それを訊くわけにもいかない。それにノダチーフが選んだってどういうことだろう。技術部のチーフだから技術部員の人事に口を出すのは当然だが、先の話では他の二人についても口を出したらしい。たかが技術部の一チーフに船全体の人事権があるのだろうか。いや、もしかするとたかがと思うこと自体が間違っているのかも知れない。そしてあとになって気になりだしたのが、ドリーの言ったセリフである。一―ニールセン副司令は確か実力が伴わない様じゃ来てもらっても困るとか言っていた。ここでいう実力というのがどういうものかはわからない。が、本当はベテランが欲しかったというのなら、実務能力を指していると思って間違いはない。ということは筆記試験〈ペーパー〉はともかく、技術力は評価されたということだろうか。もっとも辺境の管制船のレベルなんてたかが知れてるけど…――辺境、その言葉の持つ本当の意味をゴウはまだ知らない。もっともそれはリジーやチェンにも当てはまるが…。少なくとも彼らはゴウほど甘い見通しを抱いていなかった。何せゴウは嫌なら父親に頼んでさっさと配置替えをしてもらおうと思っていたのだから…。だが、よほどのワンマン企業でもない限り、いくらなんでもたった一人の意見で人事をどうこうできるものではない。それにゴウの父は局次長であり、立場上、人事には口を挟む権限はないのだ。そんなことすら知らないのだから、まさしく世間知らずのお坊っちゃんなのである。


 そうこうしているうちに日々は過ぎ、ようやく船窓に冥王星が見えるようになって来た。こぢんまりとした惑星。地球型惑星の中でも一番小さい星。いかにも辺境といった風情の…。とうとうここまで来てしまったのだ。太陽系の最果ての星へと。この地でどんな事が待っているのか。ゴウもリシェンヌもチェンもまだ何も知らない。彼らの管制局での仕事は今ようやく始まろうとしていた。


 ようやく冥王星に辿り着きました。


 前書きに書いたように、このあと解説編を経て、第二話になります。


 第二話ではゴウの着任を巡る騒動を描きます。乞う、ご期待!


入力 2013年6月9日


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