第一話 夢破れてさいはての星へ(3)
少しづつ、赴任先の様子も、同期の仲間たちの様子も判ってきます。でも冥王星はまだ遠いです。
自 2001年12月14日
至 2001年12月16日
ゴウがそうしてふてくされて部屋に閉じこもっている間に、リジーとチェンは親交を深め、また船の乗員達とも親しくなり、この頃には人手の足りない彼らの手伝いも始めていた。定期船とはいえ、利用者の多い観光船ではない。調理等の雑用も操船も全部、同じメンバーでやりくりしているのだ。そんなある日、久し振りにリジーが声を掛けてきた。
「ねえ、キタノ君、たまには食事の後片付け、手伝わない?」
声を掛けられて顔をあげたが、後片付けと言われてムッとする。
「何で俺が手伝わなきゃなんないんだよっ! 仮にも俺達は客なんだぜっ!」
けんもほろろに怒鳴り返す。
「そうは言ってもなあ…。手伝ったって別にばちは当たらないと思うが…」
「そうよ。専任でもないのに作ってくれてるのよ。むしろ手伝って当然でしょっ!」
穏やかに――というよりのんきに――返すチェンの言葉に少し腹立たしげなリジーの声がかぶる。チェンのそののんきさにも、リジーの叩きつけるような物言いにも腹が立った。
「何だよっ! やりたきゃお前らだけでやれよっ! 俺はごめんだっ!」
きっぱりと言い切ってガタンと席を立つ。そのままトレイも片付けず食堂を出る。
「自分のトレイぐらい下げなさいよっ!」
そう後ろでリジーが叫んだが、それは無視する。――ちくしょうっ! どいつもこいつも…何だってああものんきなんだっ!――何もかも面白くなかった。自分を無視してみなが和気あいあいとやっているのも気に入らなかった。だがそうして皆に背を向けている間に、貴重な情報を聞き逃していることに、ゴウはまだ気づいていなかった。今も今とて、ゴウが出ていったあといつもの様に手伝いを始めたリジーとチェンは、調理場にいた乗員から声を掛けられていた。
「しっかし、あの坊やも頑張るねぇ」
何だかひどく面白そうである。ゴウの態度に腹を立ててはいないようだ。
「腹は立たないんですか?」
不思議に思ったリジーが聞き返す。あんなつっけんどんな言い方をされたらムッとしそうな気がするのだが…。
「どうしてだい? 面白いじゃないか?」
へっ?と思う。何が面白いと言うのだろう。
「あそこまで頑固だとねぇ」
「まあな。あれがどこまで続くかな」
「というより、あのくらいじゃないと務まらないかもな」
「言えてるな。奴さん、技術部に入るんだろ?」
調理場で作業していた乗員二人は互いに目配せをしながら、意味ありげな会話を交わし、チェンへ問いかけた。
「えっ、ええそうですけど。それが何か?」
「いや、別に。ただ大変だろうと思ってね」
「そりゃそうでしょう。ああも扱いにくくちゃ…」
「違う、違う。大変なのは彼の方さ、多分ね」
「そうそう、あの頑固さが冥王星でどこまで持つか」
どういうことだろう。まあ確かに直接の上司相手にあんな態度はとらないだろうが…。いぶかしげにしているリジーとチェンに
「まっ、行ってみりゃ判るって」
とそれだけ言い置いて、二人は調理場を出ていってしまった。この話をもしゴウが聞いていたら、シャトルであったグロウズの言った事と考えあわせて、もう少し早く態度を軟化させていたかも知れなかった。
その夜、リジーとチェンはもう一組の乗員に誘われて夕食の後、食堂へ出かけていった。ゴウも誘われたのだが、乗員と馴れ合う気はないといって断ったのだ。だが一人で部屋にいても気分は落ち込んでくるばかり、ちょっと様子を見てこようと思い、食堂へ向かう。
「近付きになりたいって、キタノが局次長の息子だからですか?」
だが、入ろうとした時、チェンのそんな声が聞こえて来て、ゴウは足を止める。この状況では入るに入れなかった。
「局次長の息子? ああ、そういやそうだっけ」
チェンに言われて始めてそれに気づいたという感じである。これは意外だった。チェンやリジーもそう思ったらしい。
「違うんですか?」
「違うね。俺たちが近付きになりたいのは君達全員だからさ」
全員? どういうことだろう。
「三人とも…ですか?」
「そうさ。何てったってあの第二管制船の新人だからねぇ」
「そうそう。それにノダチーフ自ら君たちを選んだっていうしねぇ」
「はあ? ノダチーフって?」
リジーもチェンも技術部ではない。ノダチーフと言われてもピンと来ないのは無理もなかった。もっともゴウにしても技術部のチーフがノダという名だと最初から知っていたわけではない。シャトルであったグロウズとの会話でそうと教えられたようなものだった。
「ああ、第二管制船の技術部のチーフだよ」
「技術部? 技術部のチーフが何で私達を?」
訳がわからないという顔でリジーとチェンが顔を見合わせる。訳がわからないのはゴウも一緒だ。
「はっはあ、その様子じゃ何も知らないらしいね」
面白そうに一人がそう返した。もう一人もくすくす笑っている。
「何も知らないって何をです?」
「研修センターじゃ何も聞かなかったのかい?」
問い返したチェンにもう一人がたたみかける。だがリジーもチェンも、もちろん外で聞き耳を立てているゴウも、何のことやらさっぱりわからない。ムッとしてリジーが更に聞き返す。
「だから何を〈・・〉です?」
「まあ、いってみりゃ判るって」
またもやこのセリフである。――まっもっともゴウは昼間の乗員のセリフは聞いていないが、シャトルでの会話も確かこんなセリフで終わった筈だ―― 一体、冥王星には――いや、正確には第二管制船には、だろう――何があるというのか。そして度々口の端に乗るノダチーフとは? 彼らの話から考えると、局次長より遥かにノダチーフの方が有名だし、重要でもあるようだ。それっきり彼らはその話題を止め、別の話を始めたので、ゴウはそっと気づかれない様にその場を離れた。
――研修センターで何も聞かなかったのかって言ってたよな――部屋に戻ったゴウは考える。――何かある。きっと何かある筈なんだ――最終試験の時のことあたりから、一つずつ順を追って思い返してみる。筆記試験の時は…、そう確か特別気になる様なことはなかった。いつもの試験と変わらない。その後の二日間の休み中も何もなかった。面接でも特に変わったことはなかった様に思う。質問内容もとりたてて変なものはなかった。希望が通らなかったらどうしますかとは聞かれたが、どの部署も定員というものがある以上、希望者が多ければ当然、あぶれる者は出るわけで、この質問自体に問題があるとも思えない。何かわけありと思わせる様なことは、少なくともここまではなかった筈だ。何かあったとすれば配属が決まった後だろうか。発表のあと、指導教官にあいさつに行った時、教官は何て言ったんだっけ。落ち込んでいたので、どういう会話をしたのか良く覚えていない。それでも必死に思い出そうとする。――ええと確か…。冥王星に決まりましたって言ったんだよな。で、それに対して、何て言われたんだっけ…、えーとえーと…、そうだ、確か…『冥王星の第二管制船か。ふーん、成程。そりゃ大変だ』うん、そう、確かにそう言われたんだ。――あの時、教官のそりゃ大変だという言葉は、飛ばされて大変だという意味だと思ったのだが…、今にして思えば、そうではなくて、ノダチーフの下に行くから大変だという意味だったのではないか。そういえば、父に配属先を報告した時も、ほーお、冥王星かあと妙な感じのされ方をしたっけ。落ち着いて思い返して見れば、思い当たることはあれこれある。何を〈・・〉かは判らないが、とにかく何か〈・・〉があることは確かだ。それでもまだゴウは皆の中に入っていこうとはしなかった。今のところ、乗員達もその何かを話してくれそうになかったし、リジーやチェンもそれについては何も知らない様だったからだ。
何だか、色々怪しいですね。冥王星第二管制船ってどんなところなんでしょうか?
次回、新たな登場人物が彼らに衝撃を与えるかも…。
入力 2013年6月3日