第一話 夢破れてさいはての星へ(2)
お待たせしました。同じ冥王星仲間の同期も登場して、少し賑やかになってきました。
自 1990年11月6日
至 1999年8月13日
冥王星への定期船はシャトルからの荷を受け取るとすぐに出発する。従ってゴウたちもぐずぐずしている訳にはいかなかった。第三ステーションにシャトルが着くとすぐに定期船へと乗り換える。乗客用の部屋は二つしかない。いずれも二人部屋である。そうしてこんなところがまたゴウを落ち込ませるのだ。自分の行くのがいかに辺境の地か思い知らされてしまうから。同室は同じ冥王星仲間のチェン・リー。今一人は女の子なので、当然、同室になるわけはない。荷物をロッカーに放り込んだあとベッドにひっくり返る。それへチェンが声をかけた。
「おい、キタノ。おまえまだふてくされてるのかよ」
「別に…」
「別にって顔じゃないぜ。いい加減あきらめたらどうだ?」
その問いには答えず、ふいっとそっぽを向いてしまう。チェンはやれやれという表情でほうっと溜息をついた。
「まあ、ふてるのは勝手だが、これからしばらくは同室だ。んなしけたツラ、一日中されるのはごめんだぜ」
返事は……ない。まあ、こいつがこういう奴だとはわかっちゃいたが、かんべんして欲しいぜ、まったく。まあ、しょうがない。昼間のうちはリジーの部屋の方に転がり込むことにしよう。チェンはそう決心した。リジー、正確にはリシェンヌ・ブラン、同じ冥王星へ赴任する仲間である。リシェンヌが縮まっていつの間にか研修生の間でそう呼ばれる様になっていた。特に親しい訳でもない連中までそう呼ぶのは、それなりの人当たりの良さが原因だろう。ゴウにせよチェンにせよ、互いを名前で呼ぶ程、親しくはないし、リシェンヌについても同様だったが、彼女を呼ぶ時は二人とも自然にリジーという名が口をついて出るのである。船がステーションのポートを離れるとすぐにチェンはリジーの部屋へと出かけた。後にはゴウ一人、取り残されている。冥王星まではここから約二週間、赴任先の第二管制船へはそこから更に半日はかかるという。まだまだ先は長いのだ、そううんざりする程に…。
一人でぼんやりとしているとあれやこれやと色んな事が思い出されてくる。例えばあの最終試験の前日のこととか…。
『さて諸君、明日から最終試験に入る訳だが、その結果とこれまでの成績とで最終的に配属先が決まるので、心してかかる様に。で、いま配った用紙に各自の希望配属先を記入して、試験の最終日までに提出すること。まあ希望通りの部署に配属されるとは限らないが、参考にはさせてもらうつもりだ』あの時、研修センター長はそう言って用紙を配ったんだっけ。この通りのセリフじゃなかったかも知れないけれど、確かにそんなふうなことを言ったのだ。何が参考だ、馬鹿野郎っ! ちっとも参考になんかなってないじゃないか。なまじ希望なんか聞かなきゃいいのにと思う。期待が大きかっただけにその分落ち込みも激しいのだ。大体、希望通りに行った奴の方が少なかったんじゃないだろうか。配属が発表された時、がっかりした声の方が遥かに多かったのだ。そりゃま確かに誰かは冥王星に行かなければならないのだろうが、それが何で自分になるのだろう。それ程大きな失敗をしたのだろうか。成績だってずっと上位だったし、教官の機嫌を著しく損ねる様なことをした覚えもない。となると最終試験でコケたとしか考えられないのだが…、どうにも思い当たらない。第一、よしんばそれがすべて0評価だったとしても、それまでの成績を考えれば、それだけで冥王星という辺境へとばされる程になるとは考え難いし、いくら何でもすべてが0評価ということもあるまい。もっとも最終試験だけはその結果が発表されていないから、そうでなかったとは言い切れないのだけど…。とりとめのないことをあれこれ考えていると突然、内線電話が鳴った。あわてて受話器を取る。
「はい、一号室です」
「昼食できたんで、食堂へどうぞ。それと悪いが二号室の方は君が知らせてくれ」
「判りました」
簡潔に答えて受話器を置く。それにしても、いくら人手が足りないからって客に伝言を頼むなんて…、少しムッとする。だがこんなところで船の乗務員と争っても意味はない。部屋を出て二号室のドアをノックする。ドアを開けたのはチェンの方だったが、ゴウを見て驚いた様に目を見張っているだけだ。見かねたのか奥にいたリジーが声をかけて来た。
「あら、いらっしゃい。何の用?」
「食事だってさ」
「あら、もうそんな時間?」
「みたいだな。けどキタノ、何でおまえが知らせに来るわけ?」
「内線あったんだ。で、ついでにこっちにも知らせてくれって」
「つまり手間を省いたって訳ね。じゃ、早く行きましょ」
連れ立って食堂へと向かう。もっとも食堂といってもそんな立派な施設があるわけではない。ただ大机が一つデンと据えてあるだけである。
「おう来たな。そこに用意してあるから、各自で運んでくれ」
トレイが三つカウンターに並べられていた。それぞれにそれを持ち、席につく。ゴウは他の二人を無視して、黙って食べ始めた。それへリジーが声をかける。
「ねえ、キタノ君、いいかげん機嫌直したら? 今更くよくよしたってしょうがないじゃない」
「リジーの言う通りだぜ。どのみち引き返す訳にはいかないんだしさ」
たたみかける様にチェンも口を挟む。が、ゴウの方は顔も上げずに黙々と食べ続けていた。そんなことは言われなくても判っている。余計なお世話だと思う。一方、リジーとチェンは一向に話に乗ってこないゴウを無視して、二人だけで会話を始めた。ゴウはちらりっとそんな二人を見やる。何やら楽しそうな様子が面白くない。自分を無視して二人だけで会話をしているというのも気に入らない。最初に無視した上に会話に加わろうともしなかったくせに、それを棚に上げてそんなことを考えている。随分と身勝手な奴だが、本人はそれにまったく気づいていない。だから始末に負えないのだが…。食事を終えるとゴウはさっさと一人、トレイをカウンターに返し、食堂を出た。部屋に戻っても特にする事がある訳ではない。だが、何もしないでいるとまたつまらないことを考えてしまいそうだった。持って来た荷物の中から本を一冊取り出し、読み始める。しばらくはそれで気が紛れるだろう。そんな風にして数日が過ぎた。ゴウは相変わらず、誰とも口をきこうとはせず、単独行動を続けていた。ふてくされていてもどうにもならないことぐらい判らない訳ではないが、今は誰とも話をしたくなかった。話せば話す程、落ち込んでしまいそうだったのだ。
さて、同期の二人も登場して、定期船はゆっくりと冥王星を目指します。
次回は定期船の乗務員たちとの交流を描きます。
入力 2013年5月25日