プールの影 【月夜譚No.422】
学校のプールが嫌いだった。
体育で行われる他の種目は、特別得意というほどではないものの、それなりに熟せていた。けれど何故か、水泳だけは幾ら泳ぎ方を習っても、上手く泳ぐことができないのだ。最初にプールの壁を蹴った勢いの分だけ進んだ後は、どんなに足掻いてもほとんど前には進まない。
絶望的に水泳の能力がない私は、半ば強制的に泳がされる学校の授業が嫌いだったのだ。
そのせいで、友人にプールに誘われても断り続けた。遊びなら泳ぐというより水遊びが主であるが、どうしても〝プール〟という場が苦手になってしまったらしい。
いつしか大人になった今も、プールからは逃げ続けている。
「先生、こんにちは」
授業を終えて廊下を歩いていると生徒に声をかけられ、にこやかに挨拶を返す。その生徒の濡れた髪を見遣って、私は口を出そうになる溜め息を堪えた。
同時に、視界の端に映った窓の眩しさに目を細める。何事かとそちらを見ると、先ほどまで生徒達が入っていたであろうプールの水面が陽光を反射させていた。
今度こそ溜め息を漏らし、辟易としながら視線を逸らそうとしたができなかった。
誰もいないプール。その底に、何か動く影があったのだ。幾ら苦手とはいえ、もし生徒の誰かが溺れていたのを見逃しでもしたら大事だ。
しかし一度瞬きをすると、その影は一瞬にして掻き消えた。念の為、プールの隅々まで見渡しから、見間違いかと仕事に戻る。
その時の私はまだ知らなかったのだ。その影がどんなに恐ろしいものであるのかを――。




