第5話 黒服、絡まれる。
※剣も魔法も使えない主人公が、人身掌握と交渉術で進む異世界ファンタジーです。
今日も俺は、いつもの酒場で冒険者たちの相談を受けていた。
とはいえ、俺に対する冒険者たちの心証は様々。
<人心大全>のおかげで、
人の感情や思惑は、吹き出しのように見えてしまう。
「こいつに聞けば何か掴めるらしい」
そんな期待の視線。
「戦わないくせに口出しするやつ」
冷めた視線もある。
当たり前だ。
俺は前線に立たない。血も流さない。
ちなみに、この世界に来たとき、俺も一度は冒険者になることを考えた。
だが、ステータスを見てすぐに理解した。
剣も魔法も、俺の居場所じゃない、と。
<人心大全>で覗く他人の数値と比べれば一目瞭然だ。
俺はただの一般市民。
けれど、不思議と悲観はしていない。
前線で体を張る、勇敢で才能のある人間たちが――
潰れてしまわないようにする。
歌舞伎町でも、この世界でも、
俺が考えていることは結局それだけだ。
だからこそ、断定的なことは言わない。
最後に判断するのは、いつだって冒険者自身だ。
でなければ、
「あなたのおかげ」は、いつか「お前のせいで」に変わる。
⸻
「うちのパーティじゃ無謀だって言われてるんだが、
なんとか覆す方法はないか?」
目の前の冒険者は、
ライバスという上位ダンジョンへの挑戦を望んでいた。
だがギルドは許可を出さない。
実績も、成功例も足りない。
勇気か、蛮勇か。
判断の難しいところだ。
成功率は――四割。
勧められる数字じゃない。
「ギルドの判断はもっともです。
今のままじゃ、リスクとリターンが釣り合わない」
「……やっぱり、そうか」
冒険者が肩を落とした、そのときだった。
「成功率?」
低く、刺すような声が割り込む。
「そんなもん聞く前に、前に出ろ」
場が静まった。
声の主はザナス。
アリアさんと同じAランクの冒険者だ。
ザナスは俺を親指で指し、吐き捨てる。
「こいつはノーリスクだろ。
酒場で酒飲んで、高みの見物だ」
――ごもっとも。
そこに気づけるだけ、頭は回る。
「俺はな、後ろで指示するだけのヤツは信用しねぇ。
身体を張らねぇ言葉に、責任はねぇ」
ザナスの目は、鋭かった。
「いつだって身体を張るのは前線だ。違うか?」
俺は少しだけ間を置いた。
「……そうですね」
そして続ける。
「だからこそ、
その前線が潰れない選択肢を、増やしたいんです」
「綺麗事だ」
ザナスは鼻で笑う。
「こいつの言葉を信じて失敗しても、
血を流すのは前線だ。
こいつは何も失わねぇ」
沈黙が落ちる。
――前に立つ者への敬意は、誰よりも持っている。
だからこそ、俺は後ろに立つ。
俺は、最初の相談者に向き直った。
「こうしませんか」
「……何を?」
「ギルドに条件を出すんです。
指定の依頼を三つクリアしたら、
ライバスへの挑戦を認めてほしい、と」
二人が黙って聞いている。
「『出来るか出来ないか』じゃなく、
『どうなれば出来るのか』を聞くんです」
「なるほど……」
「目的を明確にして、
そこまでのプロセスを共有する。
それだけで話は前に進みます」
ザナスの内心に、
小さく「……確かに」が浮かんだ。
――やはり、頭は悪くない。
「……好きにしろ。
だがな、前線は嘘を見抜く」
ザナスはそれだけ言い残し、酒場を後にした。
重たい沈黙が、しばらく場に残る。
ふと、近くにいた冒険者が小声で言った。
「ザナス、ピリピリしてたな」
「ああ……次の依頼、相当危ないらしいぜ」
なるほど。
ギルドの判断、後方の都合。
そこに押し出される形で、前線に立たされているわけか。
――身体を張るのは、いつだって前線だ。
ザナスの言葉は乱暴だが、間違ってはいない。
俺自身、そこに最大の敬意を払っているつもりだ。
だからこそ、俺は前に立たない。
剣も魔法もない人間が、覚悟だけで前線に立てば、
それは勇気じゃなく、無責任だ。
だが――
前線でもなく、後方でもない。
その中間に立つ人間は、
都合よく使われ、
都合よく切られる。
判断を促し、選択肢を示し、
ときには背中を押しながらも、
結果の責任だけを問われる場所。
そして、前線が崩れたとき、
最初に割を食うのは、
たいていその「ちょうどいい位置」に立っている人間だ。
それでも俺は、
その場所に立つことを選んでいる。
前線が潰れないために。
後方が無自覚に人を使い捨てないために。
バランスが大事だ。
それはわかっている。
だが、そのバランスを保つ役割は、
誰かが引き受けなければならない。
それと同時に、
俺は今「お前のせいで」を引き受けられる立場なのか? と、
自身の中途半端な立ち位置にも歯痒さを感じている。
俺は、空になったジョッキを置き、
もう一杯を頼んだ。
ザナスの次の依頼。
それが、なぜか頭から離れなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
キャバクラ黒服という異色の主人公が、剣も魔法も使わず、人を動かして進む物語です。
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