第3話 黒服、気づく。
※剣も魔法も使えない主人公が、人身掌握と交渉術で進む異世界ファンタジーです。
酒場で出会った翌日。
サンダーなんちゃらから受けた依頼を終えて戻ってきたアリアさんに、街歩きを付き合ってもらうことにした。
ある程度、自分でも歩き回って情報収集はしていたが、
現地の人間を交えた情報には、また違うベクトルがある。
「エクタルの魅力は、なんといってもこのマーケットだね」
賑やかな市場を歩きながら、アリアさんがバスガイドさながらに案内してくれる。
この、なんでも快く引き受けてしまうオールインな性格。
それが彼女の魅力であり、同時に危うさの原因でもある。
市場には冒険者だけでなく、一般人、商人、役人風の者たちも行き交っていた。
酒場に集まっていた冒険者たちとは、また違った空気だ。
人々は口々に何かを話しているが、
冒険者の会話の中身は決まって、
「今月もランク下がった」
「報酬カットだってさ」
給金と地位の話ばかりだった。
「……なんだか、サラリーマンみたいだな」
「サラリィマン? なにそれ、モンスター?」
俺の呟きに、アリアさんが首を傾げる。
「あ、いえ。俺のいた国での労働者の呼び方です」
「クロがいた国って、遠いんだっけ?」
クロ。
そう、俺はアリアさんからそう呼ばれている。
黒井と名乗ったのだが、この世界では“クロイ”という響きは、ペットにつける名前らしい。
俺からすれば“クロ”のほうが、よほどペットっぽいのだが。
異世界転生なんてことが知られたら面倒だ。
俺は遠い国から流れてきた、という設定にしていた。
「アリアさんは、ギルドには入らないんですか?」
「うーん……人から頼まれるのには慣れてるんだけどさ。
自分のことを、自分で決めるのって苦手なんだよね」
よくあるタイプだ。
能力はあるのに、その価値を知らず、使い方が不器用な人間。
利用され、消耗され、潰される側。
その反対に、能力がないくせに過信する者も多いが――
そういう連中は、利用する側に回ることが多い。
「フリーランスって、仕事はどうしてるんですか?」
「昨日みたいに、知り合いから直接ってこともあるし、
あとは各ギルドが出してる非常人員募集かな。
その日限り、その案件限りのやつ。
いくつか見て、これならって思ったのに応募する感じ」
――正規雇用と、スポットスタッフみたいなものか。
「あ、そうだ。報酬の受け取りに行ってもいい?」
「もちろん。俺もおともします」
俺は勉強がてら、アリアさんについていくことにした。
それと――また、言いくるめられそうな気もしたからだ。
サンダーなんちゃらの所属するギルド、
ブラックデビルスの詰所は市場の中心近くにあった。
《ブラックデビルス エクタル支部》
そう書かれた看板を見るに、いくつか支部を持つ大所帯なのだろう。
無駄に金のかかった、趣味がいいとは言えない門をくぐり、
ロビーのような場所で受付を待つ。
しばらくして呼ばれ、俺も同行した。
「失礼ですが、そちらは?」
「付き人のようなものです」
「……はぁ」
納得したような、していないような顔で、受付嬢はアリアさんに報酬明細を差し出した。
――しかし、この受付嬢。
一応、Bランクの冒険者らしい。
興味本位でステータスを覗くと、
他の事務スタッフも、どうやら冒険者を兼ねているようだった。
明細を一緒に確認する。
「今回のギズモバード討伐依頼の基本報酬は、2000ゴルです。
パーティとの直接交渉による、アリア様の分配分は500ゴル。
ドロップ品は現地で分配済みと伺っていますが、相違ありませんか?」
「はい、間違いないです」
「また、討伐の際に周辺の巣も間接的に鎮圧されました。
こちらは追加案件として処理いたします。
討伐数増加に伴う装備消耗・治療費を諸経費として差し引きし、
最終的に450ゴルとなります」
――減っている……?
追加案件なのに?
「よろしければ、こちらに署名を」
「ちょっと、いいですか」
俺は、サインしかけたアリアさんを制した。
「追加案件、とおっしゃいましたよね?
その明細も確認していいですか」
書類に目を通し、手が止まる。
「あれ……アリアさんの名前、入ってませんね」
大元の依頼は「サンダーライジング&アリア」の連名。
だが、追加案件の実施者欄には、その名前がない。
報酬は3000ゴル。
諸経費は10%の300ゴル。
それを5人パーティ+アリアさん、計6人で割り、
50ゴルをアリアさん負担として差し引いている。
――なんだ、このボッタクリバーみたいなやり口は。
「実施者に名前がないのに、
費用負担だけこちらに入るのは、おかしくないですか?」
「追加案件の契約条項は、現場判断に委ねられております。
実施時点で同意いただいたものと認識しておりますが……
ご希望でしたら上長に確認いたします。
ただ、本日は責任者が出払っておりまして、後日の対応になります」
「……いえ。今回は結構です」
アリアさんは、言いくるめられやすい。
現場で、うまく利用されたのだろう。
今日のところは、勉強代だ。
これ以上揉めて、彼女に不都合が出てもつまらない。
だが――
問題は、金額や契約そのものじゃない。
この受付の慣れた口調。
これが“日常”だということだ。
報酬を受け取るアリアさんを横目に、
俺はロビーを見回した。
やはり、事務作業をしているスタッフも冒険者ばかりだ。
ふと、ロビーの端に立つ女性に目が留まる。
潜在能力は、アリアさんに引けを取らない。
だがランクはB。
低いHP、枯渇気味の魔力、蓄積した疲労。
所持金は異様に少ない。
ギルド契約欄には
《長期契約・在籍7年/違約金あり》
――長く使って、削る。
「おい、ミリア。ぼーっとしてるな、とっとと動け」
叱責の声に、ミリアと呼ばれた女性は、反射的に走り出した。
「……潰れる前に、引き上げる、か」
「え? 何か言った?」
報酬袋を手にしたアリアさんが、首を傾げる。
「いえ。気にしないでください」
俺は、Bランクのミリアの背中を思い浮かべながら、
ブラックデビルスの詰所を後にした。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
キャバクラ黒服という異色の主人公が、剣も魔法も使わず、人を動かして進む物語です。
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