第10話 黒服、潜入する。
※剣も魔法も使えない主人公が、人身掌握と交渉術で進む異世界ファンタジーです。
執務室には沈黙が流れていた。
シュヴァルツの心は揺れない。
「ブラックデビルス」の名を告げた時に、
わずかに見せた嫌悪と決意も、
今ではすっかり水面のように静まり返っている。
「どうしますか、クロさん」
転生してきた俺にとって、
身分の保証は破格だ。
だが、それは同時に、
この国に首輪をつけられることでもある。
この能力の使い道。
女神が俺をこの世界によこした意味。
まだ何も決まっていない。
だが――
「依頼“は”受けます」
俺は答えた。
アリアさんが少し驚いた顔をする。
シュヴァルツは、そうなることを最初から予想していたのか、
心にさざなみ一つ立っていない。
俺は続けた。
「ただし、条件があります」
シュヴァルツの内心に、
わずかな興味の色が灯る。
「まず、調査中の行動判断は俺に任せてください」
「もとより、そのつもりです」
やはり、俺の判断能力については
ある程度評価しているらしい。
俺はさらに言った。
「あと、アリアさんを巻き込まないこと」
シュヴァルツの心が、ほんの少しだけ揺れた。
だろうな。
この話をアリアさん同席で始めた時点で、
最初から彼女を戦力として計算に入れていたはずだ。
「あまり公にはしたくない」話なのだ。
アリアさんほどの実力者が関われば、
調査も格段にやりやすくなる。
だが――
これ以上、面倒な話に巻き込む理由はない。
「いいでしょう」
シュヴァルツはわずかに残念そうな感情を見せた後、
静かに頷いた。
アリアさんも高ランク冒険者だ。
王国の秘密を軽々しく外に漏らす人ではないだろう。
それでも、
変なものを背負わせたくはなかった。
俺とシュヴァルツ以外には席を外してもらい、
依頼の詳細を聞くことになった。
「ブラックデビルスについては、どれほど知っていますか?」
「まあ、儲かっているようですが……
内実、あこぎな商売をしているな、と」
俺が正直に答えると、
シュヴァルツが声を殺して笑った。
以前、アリアさんの依頼で詰所を訪れたことがある。
報酬のごまかし。
冒険者を運営スタッフとして小間使い。
とにかく、いわゆる「ブラック企業」の匂いしかしなかった。
「ブラックデビルスは、今、指折りの急進ギルドです」
シュヴァルツは続ける。
「もちろん老舗の大手ギルドもありますから、
ナンバーワンというわけではありませんが――」
「勢いは、今一番目立っている」
そのギルドの何を調べろというんだろうか。
黒い金の動き?
脱税?
労働環境?
「クロさんには、王国の冒険者統括部からの出向という形で、
経理のチェック、税務状況の確認、冒険者の労働環境の調査をお願いしたい」
まさかのフルビンゴ。
堂々と“お国の使い”として潜り込めということか。
まあ、潜入と言われても
俺の顔はエクタルの冒険者界隈ではそこそこ知られている。
隠れて入り込んでもすぐバレるだろうが。
もちろん、国の使いの前で
本物の帳簿を見せるわけもない。
特にブラックデビルスなら、
偽装くらい平然とやりそうだ。
だが――
<人心大全>があれば、
嘘かどうかを見抜くのは難しくない。
「その上で」
シュヴァルツが呟いた。
「他に何か気づいたことがあれば、
忌憚なく報告してください」
なるほど。
そっちが本題か。
『何かあるが、それが何かまではわかっていない』
もしくは
『何かあるが、今はまだ教えられない』
どちらにせよ、
この男がブラックデビルスに
何かしらの違和感を持っているのは間違いない。
「期間は、ひとまず十日間。今日からお願いします」
急な話だ。
まあ、俺が毎日酒場で飲んでばかりいるから
暇だと思われているのだろう。
……正解だが。
「こちらからの出向という形ですので、
終業の際には報告のため庁舎へお越しください」
そう言って、
ロウで封をされた封書を差し出した。
「では、期待していますよ」
爽やかな笑顔だった。
封書には
『調査令状』
と書かれていた。
執務室を出ると、
廊下でアリアさんが心配そうに待っていた。
「大丈夫そう?」
まったく、この人は本当に人がいい。
「ええ。簡単な調査の手伝いのようなもの……らしいです」
庁舎を出たところでアリアさんと別れ、
俺は市場の中心近くにあるブラックデビルスの詰所へ向かった。
再び、
無駄に金のかかった門をくぐる。
相変わらず、趣味がいいとは言えない。
ロビーで受付を待ち、
調査令状を差し出す。
受付嬢は青い顔をして
上司を呼びに行く――
かと思いきや、
まったく動じず、
俺を個室に案内した。
……慣れっこなのだろうか。
しばらくすると、
詰所の責任者という男が現れた。
刈り上げヘアに白い歯。
体にぴったりした服。
勢いのある新興ベンチャーにいる人種は、
どこの世界でも似たようなものらしい。
「令状、拝見いたしました!
もちろんご協力いたしますので、よろしくお願いいたします!」
一切やましいことがないように振る舞う者は、
大抵やましいことをしている。
昔、前世の客がそう言っていたのを思い出す。
<人心大全>を覗く。
過大な自信。
その裏には
警戒。
嫌悪。
……真っ黒だな。
「調査の間、こちらの者を専属でおつけしますので!
何か必要なものがあればお申し付けください!」
刈り上げ男が紹介したのは、
以前アリアさんと詰所に来た時に見かけた女性だった。
名前は確か――
「ミリアと申します。よろしくお願いします」
ミリアは一瞬だけ、首をかしげた。
「あれ……どこかで」
どうやら、以前アリアさんと詰所に来た時のことを
かすかに覚えているらしい。
だが、それ以上は何も言わず、
ミリアはすぐ仕事用の顔に戻った。
<人心大全>が静かに反応する。
疲労。
警戒。
そして――強い責任感。
……おかしい。
ただの窓口係にしては、
背負っているものが重すぎる。
ミリアは魔法使い。
相変わらず体力も魔力も、お金もすっからかん。
前より疲れているようにも見える。
このブラック企業にメスを入れれば、
こういう人を一人でも救えるのだろうか。
……いや。
今回の依頼の本懐はそこじゃない。
このギルドにある「何か」を見つけることだ。
だが――
この場所は、あまりにも
ツッコミどころが多すぎる。
こんな露骨なブラックの裏に、
本当に隠し事などあるのだろうか。
……いや。
むしろ、だからこそ。
俺は少しだけ、
このギルドが面白く思えてきていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
キャバクラ黒服という異色の主人公が、剣も魔法も使わず、人を動かして進む物語です。
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