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純真ゆえの

菜穂に起こったこと

 8時半ごろになり、和式の引き戸の玄関でチャイムが鳴る。

 慌てて玄関へと走り、一応どなたですかと聞いてみると

「お前が呼んだんだろう」

 という、愛しい人の声。

 菜穂は三和土のサンダルを履いて、サッシの鍵を開けた。

 近藤は入りもせずに

「話って?」

 と聞いてきた。

「そこでは話せないから、玄関先でいいので入ってください」

 と言って、自分はサンダルを脱いで上に立った。

「で?」

 相変わらずそんな態度の近藤が、今から突きつける言葉を聞いてどんな顔になるのだろう。

「これ…」

 一枚の白黒画像を玄関の下駄箱の上に置いてあった封筒から出して近藤に手渡した。

「これと同じのを送ってきたよな。これはなんなんだ?」

 ペラペラの感熱紙に、何だか白黒の天気図のようなものがあり、その真ん中に見た目14cmほどの塊がある。

 不思議に思って菜穂の顔を見た近藤に菜穂は

「貴方の子です。エコー写真は見た事ないですよね…」

 と告げながら、もう一枚封筒から今度はA4版の紙を出して驚いた顔の近藤の前に開いて提示した。

 そこには『診断書』と称された紙があり『妊娠12週』と書かれている。

「にん…しん?」

 流石の近藤も驚きを隠せず、呆けた顔でそれだけ言うのが精一杯らしかった。

「貴方の子供に間違いはないです」

 もう一度そう言われて近藤は逆上した。

「嘘をつくな!お前男がいただろう!そいつの子だろ!俺に押し付けるんじゃねえよ」

「12週と言うのは、生理が止まってからの週数で、わかりやすく言うと妊娠4ヶ月の初めなんですって。貴方が言う通り、他の男性と関係を持ちましたが、その方とお会いしたのは1ヶ月ほど前です。日数が合いません。貴方の子なんです」

 もう菜穂は何かの覚悟をしていて、近藤もいつもの菜穂とは違うことは感じていた。

「堕ろそう。な?お前とは結婚はできないぞ?子供も不幸になるだけだ。承諾書でも何でも書くから、堕ろしてくれ頼むよ」

 こんな下手(したて)に出て来たのは初めてだ。菜穂は優越感を感じた。女は最終的にこれができるんだと思った。

「いいえ、産みますよ。愛した貴方との子供なんですから。結婚はできなくてももういいです。貴方の子を授かれたのは奇跡なので、この子と一緒に暮らして行きます」

 愛おしそうにお腹に手を当てる様子に、近藤の顔が絶望の色になった。

「その顔、見てみたかった」

 菜穂は今までに近藤が見たこともない顔で微笑んでいる。

 愛してやまない男の子の顔が絶望しているのを見るのは何故か楽しかった。

 しかし世間をまだ知らない菜穂は、追い詰められた人間が起こす行動を想定できなかった。

 近藤は靴のまま菜穂に突進し、菜穂の首を締め始める。

「堕ろせ、堕ろすんだ。明日にでも病院へ行って堕ろしてこい。そうしなかったらタダじゃ済まさねえぞ」

 血走った目が自分を見つめてくるのに恐怖した。尋常じゃない力で首を絞められ、その次には腹を一度強く殴られる。

「やめてっ!」

 菜穂は本能的に、近藤を力一杯突き放し、そして振り払った。

「おい!なにす…うわっ!」

 その反動で近藤は後ろに2歩下がり、もう一度菜穂へ向かおうとした瞬間、段差に足を取られ高さが30cmはあるあがりがまちから下へ頭から落ちる。

 菜穂はその瞬間がスローモーションのように見え、近藤が菜穂を見ながら落ちてゆく顔と目が合ってしまった。

 玄関の、石が埋め込まれた三和土に後頭部を激しくぶつけて『ふぐっ!』という声なのか音なのかわからないようなものが喉から漏れたと思うと、玄関に横たわり動かなくなった。

 玄関前の廊下で一瞬硬直していた菜穂だが、落ちた瞬間、頭を打った瞬間の音、その時の声が恐ろしくなって

「近藤さん!」

 叫んでかけよった。

 菜穂が近づくと、近藤の頭の後ろから血が流れ出ていて近藤の目は天井の一点を見つめたまま虹彩が光を失い瞳孔が開いてゆく。 

「いやああああああっ!近藤さん起きて!ごめんなさい!すぐに救急車……」

 スマホを取りにゆき、再び近藤の脇に座ると心配で顔を見てしまった瞬間、何かが菜穂の中で弾ける。

ー今この人は私だけしか頼れない…私だけのものになった…ー 

 と思ってしまった。

 多分後頭部は割れているのだろうが、表面は綺麗なままの大好きな顔。

 菜穂は乱れたセンターパートの前髪をいつもの綺麗な流れに直してやり、その薄く開いたままの唇にキスをした。このまま一緒に居たい…やっと私1人のものになった…。

 近藤にしてしまったこと、近藤が動かなくなった事が菜穂の精神を、一時的なのだろうがおかしくしていた。

 一緒だね、一緒にいられるね。この子と3人で一緒に居ましょう。

 そんなことを呟きながらふらふらと玄関奥の台所へ向かい、包丁を持ち出すと近藤の元へ戻ってきて胸に寄り添って横たわり、自分の血液と彼のが混ざるようにと喉元に包丁を立て、そのまま近藤の上に横たわっていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 昨晩、しおづかファイナンスの平野や田中と最終的に意気投合し、ハシゴ酒までして、帰ったのは午前4時。

 毎日9時に出勤してくる唯希は、ソファでだらしなく伸びている時臣にため息をつき、いつも自分が使っている膝掛けには少し大きいブランケットをかけてやった。

 事務所の空気がもう酒臭いから、昨夜は飲んで帰ったんだなというのはわかる。

 ここのところ行き詰まっていたから、たまにはこう言うのもいいかもね、と言うことでシジミのお味噌汁でも作ってあげようとしじみを買いに行きがてら、何か事務所の備品も買い揃えようと、静かに冷蔵庫や棚を開けてみる。ついでに空気清浄機もスイッチオン。

「おはよう~」

 悠馬が少し高くなっている部屋から出てきて数段の階段を降りてきた。

 出かける準備は出来ている悠馬に

「今日はゆっくりなのね」

 棚の中のお茶の中身を確認しながら、飲む?と唯希がそのお茶を見せる。

「あ、うん。それとパン、終わっちゃったからお願いします」

 悠馬は決まったパン屋さんのバゲットがお気に入りで、ついででいいからさ、とお茶のティーバッグを受け取りカップにウォーターサーバーから熱湯を注いだ。

「じゃあ朝ごはんは?」

 学校行きがてらなんか買うか食べるかする~今はちょっと食欲ないや」

 テーブルについたもののそのまま突っ伏して、

「ね~む~い~…必修じゃなければ休むのにな~~」

 と、ごねごね。

「あんたの本分なんだから、ちゃんと行きなさい。ほら。これでも食べて」

 冷蔵庫にあった最後のプリンをテーブルに置いて、プリンも買わなくちゃとスマホにメモをする。

「おじさんは…ああ、あんなところで寝てる」

 プリンの上蓋をぺりぺりと剥がしながら、仰向けでクークーと寝息を立てている時臣をみて

「疲れてそうだね」

 と、悠馬はいう。

「疲れてるって言うか、うまくいってない時ああ言う感じよね。今回不思議が多すぎて私も疲れる」

 そう言う唯希も、どことなくいつものピカピカのお肌ではない気がする。

「毎回軽く仕事してたから、そう言うものかと思ってたけど、大変なんだね」

「お仕事だからね。まあボスは勘がいいからこの仕事できてるところあるし、その勘が働く隙がない案件は、多分疲れるんでしょ。脳みそフル回転よきっと」

ー他に欲しいものはないの?ーと聞かれ、レトルトカレーとポテチと告げたら、ポテチは自分で買いなさいと言われてしまった。


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