【Ⅷ】 孤独と大太鼓の章
私は小学1年生の時から、3年生まで和太鼓をやっていた。
その理由は幼少期にあった。
かつて大内保育園では毎年、和太鼓クラブ『天龍』の招待演奏会があった。そこでは、毎年年長5人が、中太鼓を体験させてもらえる時間があった。
『それでは、年長さんには、太鼓の体験をしてもらおうと思います!やりたい子、手を挙げて!』
『はぁい!!』
やはり演奏がカッコよかったので、太鼓をやってみたいという園児は何人もいた。
無論、カッコいいと感じた瑠璃も手を挙げた。
あんな大きな太鼓。叩いたら絶対に楽しいんだろうなあ。そんな期待を胸に小さな手を、誰よりも高く挙げたつもりだった。
しかし、
『川見くん、田中さん、雫石くん、月館さん…あと…』
すると、瑠璃の隣にいた少し大柄な男の子が『はい!』と声を上げる。
『は、はい!!』
瑠璃も慌てて、習うように手を挙げた。
しかし…
『じゃあ〜、田和辺くん』
『よっしゃ!!』
田和辺真也。瑠璃のクラスの中でも、暴君と言われていて、瑠璃よりも体も力も強い彼。
『…え、私やりたかった…?』
瑠璃が信じられなさそうに目をパチクリさせる。
『瑠璃は、体ちっちゃいんだから、こんな大きな太鼓できないでしょ?』
『…えっ?』
その冷酷な瞳と、彼女の小さな身体を見下すような物言い。瑠璃は意図せず震えた。
せっかく声を上げたのに…。
『…え、こう?』
『そ!もっと腕上げてね!』
どん!
『そうそ〜う!』
そのあとは、太鼓の音自体が耳障りだった。だって…やりたいって言っても、身体の大きさのせいで出来なかったんだから。
それから小学校に上がった瑠璃。ずっと諦め切れなかった瑠璃は、近所の友達、久遠筝馬に和太鼓を相談した。
『なら、天龍に入ったら?』
『え、てんろんって、私でも入れるの?』
『俺が入ってるんだから当たり前だ』
『…私、太鼓やりたいっ!!』
そんな思いから、すぐに瑠璃は天龍を始めた。
入会した1日目から、有望株と瑠璃は歓迎された。
そして久遠筝馬と白鬼こと高津戸日心が案内してくれた。
『これが、締太鼓だ』
『筝馬くん、これ音ちっちゃいね』
すると日心が彼女の肩をたたく。
『大きいのがやりたいの?』
『うん!瑠璃、おっき〜い太鼓がやりたい!!』
『でも中太鼓無いんだよな。人数埋まってるから』
『え〜』
『仕方なし、ちょっとリスク有りの太鼓だが、やってみる?』
『うん!!』
そんな瑠璃へ、日心はある場所へ案内した。
太鼓倉庫だ。
『ここには、色んな太鼓があるけど…』
日心はその場を動かず、何かを指さした。
『あれかな』
『…!?』
瑠璃は、うおー!と驚きの声を上げる。
目の前の3尺の太鼓。
その太鼓は大きかった。例えるなら戦艦の大砲くらいの大きさがあった。打面だけでも、優に1メートル近くはあるだろう。
『これ、東藤太鼓って言って、この町の太鼓工房で作られた太鼓の中で1番、大きいんだけど…、大人でさえ負担がヤバいから、誰もやりたがらないんだ』
その説明でてっきり、瑠璃は落胆すると2人は思っていた。しかし…
『…これ、私がやっていいの?』
逆に目をキラキラと輝かせた。
『え、やるの?』
その返答には、日心のみならず筝馬も驚いた。
『…やる!!』
やってみたい!と思った瑠璃は、早速やってみることにした。
天龍の監督の上田から、早速バチを貰った瑠璃。
たたいてみる。
とんっ!
しかし、間の抜けた音だけが響いた。
『…まず、身長っすね』
『だな』
筝馬も言う。
結局、1日目の個人練習では、瑠璃が太鼓を叩く時の姿勢やバチの持ち方に充てられた。
次の練習日。
木造りの大きな台に乗った瑠璃は、本格的に教わることとなった。
『バチは全面的に打つ!』
『ぜんめんてき?』
指導されながら叩く。しばらく…ではなくあっという間に覚えた瑠璃は、ひとつのリズムを刻むことにした。
『…じゃあ、まずは手拍子通りに。ギュッとしてどーん!』
分かりやすい例えに、瑠璃はバチを思い切り握った。
『うん』
そして、言われた通りに、思い切りバチを皮へ叩きつける。
どどぉーーーん!!!!!!
その時、辺りの緩んだ空気が、大太鼓ひとつによって締め上げられる。
なんだ!?これは?
瑠璃は、今までにないくらいに、目を大きく開いた。
気持ち良い、そして楽しい!!
叩く度、風圧が髪を揺らすのだ。
全身にこびり付いていたモヤモヤが、一斉に体から抜けていく感じがした。
床や空気さえも震わさんばかりの爆音に、まるで雷を操っているかのような気分になった瑠璃は、すぐに大太鼓に夢中になってしまった。
しかし、ただ叩くだけでは大きな音は出ない。
だから彼女は、力のかぎり腕と手を使って太鼓を叩いた。
「手、大丈夫?」
しかし、小学1年生の女の子の手の皮は薄い。それを上田には、心配されてしまった。
「はい、大丈夫です」
瑠璃は当時、大人しめの女の子で、何か困ったことがあっても、言おうとはしなかった。
だから、発見が遅れた。
よく手を血まみれにしては、簡易的な治療を繰り返していた。
(…あっ)
手に擦り傷を負い、皮から血が床に滴った時も…
(いたいけど、がまん)
木目へ染みそうな鮮血を、靴で弾いた。
そもそもアドレナリン過多の体質を持つ彼女は、演奏中の痛みはあまり感じなかった。
傷を負っても尚、隠しに隠し続け、本気で演奏する瑠璃は、やがて『プロ』や『最強』などと持て囃されるようになった。しかし、それと同時に他の人と、大きな壁を作り出してしまっていた。
(…さみしい)
大人でも扱うのが難しい太鼓を、たった1人で演奏する。そんな彼女には、やがて誰も寄り付かなくなった。大好きな太鼓をできたのと、同時にそれは、瑠璃に孤独を与えていた。
「…古叢井さん」
「…」
誰かに話し掛けられたい。
その為には、もっと練習しなくちゃいけない。
みんなに『うまいね』って言われたいから。
幼き彼女はただ、それだけの為にバチを振るっていた…。でも結局はひとりだ。
「疲れたぁ。たたかれてどう?」
だから、何故か楽器と会話する癖もついた。
しかし、そこで付いた尋常じゃない破壊力は、後にティンパニ破壊事件への引き金となったのだった。
一方、瑠璃の使用する超大太鼓は、催事のイベントでは使うことができなかった。あまりにも大きく、移動が大変だからだ。
その時は…?
瑠璃が小学2年生の夏。東大内町の夕涼み会で、天龍が呼ばれた。
夏の夜空に太鼓の音が鋭く突き刺さる。その勇ましい音を更に盛り上げるかのように…
ぼわぁーーーん!!!!
銅鑼の音が鳴り響いた。
たたいているのは、瑠璃だった。
「…すん」
撥を太ももまで戻し、小さく息を吐く。
普段、横打ちの瑠璃にとって、平太鼓は難しいとのことで、子供にも負担の掛かりにくい簡単な銅鑼を任されたのだ。
バットを思い切り振るように、瑠璃は右手いっぱいに握った撥を、目の前の巨大な鋼鉄にたたきつける。耳をつんざくような響きに、少し嫌な気持ちになったが、楽しいのでセーフだった。
しかし…小学4年生になる前に…辞めさせられてしまった。
その理由は、定期演奏会で、大太鼓を叩く所を母に見られてしまったからだ。
「…あれじゃあ、皆に迷惑が掛かっちゃうよ…」
瑠璃の使う大太鼓は、持ち運びに負担がかかる。それが迷惑だと親に止められてしまった。
『…ぐすん』
ずっと楽しかったのに、もう2度とできないのかな?
それを、たまに話す諸越冬一に目撃された。
『…瑠璃ちゃん、やめないで…』
『ごめん、冬一くん!?』
その時、背後から重みを感じる。ぎゅう…と体が重さに悲鳴をあげる。
『…お願い』
『……』
瑠璃は静かに泣き出した。
急に男の子に抱きしめられて、怖いという感情よりも、こうして誰かに止められたのが、何よりも嬉しかったからだ。
嬉しい感情のはず…なのに、それは嫌にトラウマとして残ってしまった。
吹奏楽部に入っても、母からはまた同じ反応をされた。
また…太鼓をやったら、誰かに嫌がられるのかな…?
読んでいただきありがとうございました!
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次回もお楽しみに――!!




