【Ⅴ】 マルチパーカッションの章
マルチパーカッションは、複数の楽器をたった2人で演奏する形態のこと(※本作は)を言う。
まず、2人がやることは基礎打ちだ。
とん、とん、とん、とん、とん
基礎打ち用の台で、まずはテンポよく打つ。
「優愛お姉ちゃん、何でこんなことするの?」
「…色々な楽器を叩くけれど、やっぱり基礎打ちしておかないと、大変だからね」
「大変?」
その時、優愛がメトロノームを止めた。かちっ!という音が楽器室に響き渡る。
「…それじゃあ、今回演奏をする曲だけど…」
すると真新しい紙が、目の前に出される。
「だんしんぐすぷらっしゅ?」
「うん」
ダンシングスプラッシュとは、吉岡里菜作曲のパーカッションソロ曲だ。この曲は難易度が高いので、ふたりでやることになったのだ。
「ダンシングスプラッシュは、本来ソロ曲なんだけれど…」
そう言って彼女は、楽譜を手にする。
「…じゃあ、楽器を集めてみますか」
そう言って、奥の薄汚れたホワイトボードに楽器の名前を書き出していく。
全て書き終えるまで、瑠璃はずっと優愛の手元を見ていた。早く太鼓をやりたいと、目を煌めかせながら。
「いいかな?」
優愛が首を傾げるようにして訊く。
「了解しましたー!」
すると瑠璃は言われた通りの楽器を、空いた空間に置き始めていた。体が小さいというのに、軽々と持ち上げていた。
「…瑠璃ちゃん、腕の筋肉凄いのかな?私も筋トレしようかなぁ…?」
対照的に、少し重いと感じた優愛は、そんな言葉を溢していた。
「大丈夫だよ。私は筋トレとかしてる訳じゃないよ」
「えっ?」
本当に瑠璃は筋トレをしていないのか?優愛は少し疑惑の視線を向ける。
「…ちょっと昔ね」
「?」
しかし、今は言えない、と瑠璃は楽器運びに集中し始めた。
揃った楽器に、優愛は資料通りに形成する。
「優愛お姉ちゃん、シンバルはどこ?」
「…ここかな〜」
「了解!!」
瑠璃は楽器を叩きやすい位置に置いた。
「…じゃあ、まずは最初の方から。ここはクレッシェンドするようにやってくよ」
「はぁい!」
瑠璃は優愛と同じメーカーのスティックを握った。学校の備品だが、一方の優愛は私物だ。
とん…とん…とん…とんっ…とんっ…とんっ!!
優愛が手本を見せるように叩く。しかし、瑠璃は腕を主軸にスティックを振る。
これは駄目な例だ。
次にバスドラムだ。バスドラムはペダルで踏むものを使用する。早速、瑠璃は右足をペダルへ突っ込んだ。
「これ、踏むんだよねー。私、好きなんだ」
「い、良いことだよ」
優愛はそう言って、瑠璃を見守る。
瑠璃は適当にバスドラムを踏む。彼女の細い太ももが揺れる度、
どぉん!!どぉん!!どぉん!!どぉん!!
とんでもない轟音が響く。その音は空気を一斉に引き締める。彼女の右足に合わせ、フットペダルが勢いよく上下する。
いかにも破壊少女のようだった。
ズカズカと踏み込む瑠璃は楽しそうだが、ペダルを当てられた皮は、悲鳴のような唸りを上げている。
「ち、ちょっと太鼓が可哀想」
跡を気にした優愛がそう言うと、瑠璃はビクッとしながら足を止めた。
「ごめんなさい」
そして、泣きそうな顔になりながら謝る。しかし優愛は怒らない。
「…大丈夫だよ。でも強いかな。そこまで踏まなくても、皆に聴こえるからね」
「うん!」
「…まぁ、こんな感じかな」
そう言って優愛は、ペダルを押し出すように踏んだ。
どん!どん!どん!どん!どん!どん!
何度も、何度も、お手本のように…見せつけるように踏む。
「…わぁあ」
「こーんな感じ」
すると瑠璃は、優愛を真似るように、そっとペダルを踏み込む。
どん!どん!!どん!!どん!!どどん!!
安定した音だが、音量は未だ安定しない。全く太鼓類をやらせていなかったことが、裏目に出たか。
「う、うーん、音のハリが凄いかな。毎回これだと、強調したい時とかに苦労するよ?」
「うん」
その時だった。
『これじゃあ、ドラム任せれないかもよ』
誰かがそう言って、楽器室に入ってきた。
「か、中北先生!?」
その誰かとは、副顧問の中北だ。
「…ドラム、やってみたい」
瑠璃は先程とは打って変わって、暗そうな表情をする。半年前のような雰囲気になりかけている彼女を心配した優愛は、
「できるよ。その為に今、頑張ってるんだから」
そう言った。
「…そうだよね!私、たっくさん叩いて上手くなる!!」
「…ふぅ」
どこまでも素直で純粋な彼女が、優愛はとても大好きだった。
しかし、このあと…トラブルが勃発するのだ。
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