【Ⅲ】 本音とはじまりの章
それから少し経った日。
その日の個人練習時間。
優愛が小太鼓を演奏し終えると、隣に瑠璃が居ないことに気付く。
「あれれ?瑠璃ちゃん?」
瑠璃は嫌々ながらも、優愛が大好きだという理由でいつも一緒にいる。
何かあったのか?と優愛が音楽室を見渡すも、中北ひとりだった。
「中北ちゃん先生、瑠璃ちゃんを見ませんでしたか?」
すると中北は首を横に振り、
「見てないね」
と心配そうに言う。
瑠璃を捜しに、優愛が音楽室の隣にある楽器室に入る。
「瑠璃ちゃーん…?」
その時だった。
「ぐすん…、すっ…!」
嗚咽が聴こえた。この声は、瑠璃のものだとすぐに気が付いた。
「瑠璃ちゃん?」
次に名前を呼んだ時には、優愛特有の元気さは、しぼんでいた。
楽器のない薄暗い空間。そこで瑠璃は腕に顔を沈めて泣いていた。
「…だ、大丈夫…!?どこか痛い!?」
優愛は咄嗟に駆け寄り、瑠璃の肩を優しく叩く。
「見ないで…」
「どこか痛いの?」
「お…おねえ…ちゃん……。ううっ…」
彼女の目元は彼女自身の涙で歪み、体を震わせていた。あの元気な彼女が、ここまで泣くとは、余程のことがあるのだろう、と優愛は思った。
「…待っててね」
そう言って、優愛は、音楽室へと戻って行く。
「中北先生!瑠璃ちゃん、体調悪そうなので、保健室に連れていきます!」
優愛の剣幕に「ええ…」と中北は狼狽の声を上げる。
優愛は、泣いている瑠璃の肩を持つと、中北に言う。
「えっ?瑠璃ちゃん!?」
中北が駆け寄ろうとするも、優愛は瑠璃の小さな体を、手で覆うようにして庇う。
「…私1人でも、大丈夫なので…笠松先生に言っておいてください」
優愛はそう言って、瑠璃を保健室に連れて行った。
廊下でも、他のパートの生徒に見られないように、優愛は瑠璃の肩を優しくさする。彼女が泣いている理由は知らないが、体調不良ではないことだけは分かった。
「瑠璃ちゃん、保健室行こ?」
「…誰もいないなら」
「じゃ、決まりだね」
それ以降は、何も話さなかった。
保健室の先生に話しを通した優愛は、瑠璃をベットに寝かせる。
「…大丈夫?」
優愛が訊く。しかし瑠璃は首を横に振る。
「私…部活辞めたい」
その衝撃的な言葉に、優愛が悲しそうに目を細める。
「何か、あったの?」
すると、瑠璃がこくりと頷いた。
「先生がね…言ってたんだ。来年入ってきた子に太鼓やらせるって…」
「…もしかして、太鼓やらせてもらえないことに不満を持ってる?」
そう彼女が訊ねると、彼女が首を縦に振る。
「…私、鍵盤やりたくて、入ったわけじゃないのに…」
そうなのだ。瑠璃は太鼓やりたさで入部しただけなのだ。それは、優愛も承知している。でも、
「それは、仕方ないよ。吹奏楽なんだから」
と宥めるように言った。
すると瑠璃の顔が真っ赤になる。
「…おねーちゃんに、何がわかるの!?」
「…!」
「私がやりたい楽器をやらせてもらえなくて…どれだけ悔しかったか。どれだけ辛かったか…」
彼女の本音が、いつもとは違う乱暴な口調で吐き出される。
「…うん」
優愛はその一言に、出そうとした言葉を沈めた。瑠璃は大きな声を上げたというのに、肩を揺らす動作もない。
「…辛かった…の?」
優愛がそう訊ねると、瑠璃はハッ!としたように瞳孔を大きく開かせた。
「ご…ごめん…。私…」
「不満が…あるんだね…?」
「うん…。私もおねーちゃんと同じ楽器をやりたいのに…」
「そっか」
こう返すことしかできなかった。
「ごめんね」
こう謝るしかできなかった。
今まで、笑って交わしてくれた彼女がここまで辛かったんだとは。全く思わなかった。
それでも、瑠璃には言っておきたいことがあった。
「…でもね」
その時、優愛の目が、鋭くなる。
「…最後にそれを決めるのは、笠松先生たちじゃないんだよ」
「…え?」
「私たちが決める、いや決めなくちゃいけないの!!」
その言葉に瑠璃が「本当?」と訊く。
「本当だよ。それにその未来を変えるのなら、瑠璃ちゃんも変わらなくちゃいけない」
それを聞いた瑠璃は真っ白な布団に顔を蹲る。
「辛かったよね。私のせいで…。私がバカな先輩だったせいで…」
悔恨の念を吐くように、優愛がそう言って、瑠璃の頭を撫でる。
「…ううん。私が悪いの」
すると瑠璃がそう言って顔を上げた。
「おねーちゃん、ごめんなさい。私、言い過ぎたよ…」
「…ううん」
優愛はそう言って、瑠璃の頬に伝う涙を,指で拭う。
「分かった…。私、先生に、太鼓やらせてもらえるように頼んどくよ」
その優しい声に、瑠璃の体は少しずつ軽くなる。
「あ、ありが…とう」
「色々、言ってくれて、ありがとね」
すると、瑠璃は優愛にしがみついた。
「…うん」
自分の我儘に寄り添ってくれる優愛が先輩で本当に良かった…と瑠璃は思う。
「あ、あの〜…」
その時、1人の生徒が入ってきた。どうやら部活中に怪我をした人らしい。
「…あ、ごめん!は、入って!」
「お姉ちゃん…」
「あ!私、保健室の先生じゃないよー」
その下りが面白くて、瑠璃はつい吹き出してしまった。
(お姉ちゃん、やっぱ面白いなあ)
とても優しいのに、自分を真面目に考えてくれる。まるで姉のようだ。
紅愛と日心。
なぜか、ふたりの顔が浮かんで見えた。
—瑠璃の告白から数日後—
部活前、優愛は職員室を訪れた。
「失礼します」
「あ、榊澤さん」
そんな彼女に1番に気付いた先生は、笠松だった。
「どうしましたか?」
「実は、先生に相談がありまして」
すると笠松は、優愛を心配そうな目つきで見る。
「何?」
笠松の穏やかな声に空白を入れると、
「近ごろ、本番はありますか?」
そう訊ねた。
「…本番?うーん、茂華祭で終わり…だと思いますけれど。何かの本番に出たいんですか?」
その問いに、優愛は少し強めに言う。
「瑠璃ちゃんに、太鼓させてあげたくて…」
「!!」
明らかに驚いていた。
優愛は更に畳み掛けるように言う。
「何か…ありませんか?」
「…そうねぇ」
笠松は少し考え込むように黙り込んだ。
「…アンサンブルコンテストとか?あ、」
しかし、笠松は途中で言葉を止める。
「それじゃあ、また古叢井さんが鍵盤になっちゃう…」
「…」
優愛は表情を沈める。このままでは、瑠璃が本当に潰れてしまうかもしれない。
太鼓をやりたいという、瑠璃の願いを叶えてあげたいのに。
「…あ!」
その時、笠松が声を上げる。
「そういえば…、12月あたりにあった気がする」
と同時に、笠松はパソコンで何かを検索にかける。
「…何が、ですか?」
優愛は少し不安な眼差しで、パソコンを見下ろす。
「これ、管打楽器ソロコンテスト」
「…!?」
カーソルをクリック。すると、全日本吹奏楽連盟のホームページへ飛んだ。
【10月24日更新 R3年度管打楽器ソロコンテストについて】
その文字を再びクリック。
「このコンテストは、鍵盤とパーカッションセットのどちらかを、少人数で演奏します。古叢井さんのいい練習にもなるかも…」
「…先生」
喜色を隠さない笠松に、優愛は声をかける。
「…来年、もし打楽器の1年生が入ってきたら、今年みたくずっと瑠璃ちゃんに、鍵盤をやらせますか?」
その問いに、笠松は真剣な眼差しでこちらを見る。
「…本当はせっかく入ってくれたから、色んな楽器をやらせてあげたい。でも、古叢井さんほど鍵盤ができる子も、ほんっとうに貴重」
「…」
「だから、コンクールでの鍵盤枠は、古叢井さんがベストだと、今は思っています」
「…そうですか」
優愛は少し悲しさの混じった声を、床へぽつりと落とした…。
一体、これからどうなるのだろう?――
読んでいただきありがとうございました!
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次回もお楽しみに――!!




