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【長編版】 吹奏万華鏡0 打楽器ソロコンテストの章  作者: 幻創奏創造団
古叢井瑠璃 打楽器ソロコンテスト編
3/16

【Ⅱ】 茂華祭の章

3年前(2023年)

今、この音楽室には楽器が殆ど無かった。楽器たちに隠れた(ほこり)がゆらゆらと舞う。

黄昏の光を含んだカーテンが、音楽室を光で満たす。

一方、楽器室。

ここも管楽器の殆どが消え、残った打楽器は寂しそうに鎮座している。

では、消えた楽器は何処へ行ったのか?



それは…体育館だった。

館内に満たされる拍手の音。その拍手は、先程トランペットのソロを終えたばかりにできたものだ。ドラムが陽気なリズムを刻む度、管楽器の音が観客を白熱させる。

歌って、踊って、今日は茂華中学校の文化祭だ。


その中の数少ない打楽器パート。

打楽器パートは、この校内に2人しかいなかった。2年生の榊澤(さかきさわ)優愛(ゆあ)と1年生の古叢井(こむらい)瑠璃(るり)

今、ドラムを打っている方が優愛。そして…

体育館は静寂に包まれたかと思うと、ぽんぽん…と鉄を柔らかい物で叩いた音がした。

その楽器はビブラフォン。奏者は瑠璃だ。


瑠璃は必死に鍵盤を叩く。マレットを振り抜き、リズムを正確に刻んだ。ここは、ソロだ。10小節近く続くビブラフォンのソロ。足で音を操作しながら、何度も練習したメロディーを響かせる。

瑠璃は鍵盤楽器の担当だった。元々は、人数難の為に、皮楽器もやる予定だった。

しかし瑠璃が、ティンパニの打面を立て続けに破壊する事件、通称『ティンパニ破壊事件』が起こり、彼女には鍵盤楽器しか任されなくなったのだ。


拍手を浴びた瑠璃だが、その表情は少し不満そうだった。赤い瞳はどこか引きつっている。マレットをすぐに手放すと、真っ赤なタンバリンを掲げ叩く。

本当はティンパニをやりたい。その想いは未だ…伝えられずにいた。


観客も盛り上がっていた。

『流石、瑠璃ちゃん』

そう小声で言うのは、小林(こばやし)想大(そうた)。美術部だが、瑠璃に片想いされている男子だ。

『…かっこいい』

そして、ぽつりとそれだけ言う男の子。

『…優愛ちゃん』

小倉(おぐら)優月(ゆづき)。彼は想大と同じ美術部だ。そんな彼、実は優愛のことが好きだ。あのドラムを流暢に演奏する姿が愛おしい。

その気持ちは、まだ伝えられずにいたが。


すると、部長の男子が一礼する。

『今の曲は『そばかす』でした!ソロ、どうでしたか?』

そう言うのは、堀田(ほりた)俊樹(としき)。クラリネットパートの男子で、優月にとっては天敵と言うべき存在だった。

そんな彼だが、楽器の技術は一級品だった。

彼の声に合わせるように、乱れるような拍手がステージへと押し寄せてくる。その拍手に殆どの吹奏楽部員は、華やかな表情を見せていたが、1人だけは違っていた。

瑠璃は、ただやるせない気持ちを押さえるように、無理をして笑っていた。



そして、午前の部が終わると、生徒たちは昼食の為に教室へ返された。そんな優月と想大は、先ほどの演奏について話していた。

「…はぁ」

優月が、ため息をつく。

すると「どうしたの?」と歩いていた想大が、のぞき込んできた。

「いや、個人的な話。想大君には、関係のない話だよ…」 

するとずっと友達の方を見ていたからか、男の子がドンッ!と壁に激突する。

「イテテテ…」

「大丈夫か?優月くん…」

心配そうな想大に、優月は「うん」と鼻を擦った。

「…個人的な話ってさ…、もしかして…優愛ちゃんのこと?」

「…うっ」

彼は、少し奥に見える音楽室を振り返る。

吹奏楽部員であろう数人の学生が何やら運んでいる。

「優愛ちゃん…」

「優愛ちゃんの太鼓、格好良かったね」

想大がそう言った。しかし優月が、いや、と言葉を止める。

「…パーカッションだって」

その声は少し誇張を含んでいた。

優愛は、元々、音楽に一切の興味を示していなかった。ピアノを幼稚園の頃に習っていたが、すぐに辞めたらしい。それどころか、優月は彼女がピアノを弾いているところなど、一度も見なかった。

だから小さい頃から、優月と優愛は絵を描いたりバレーやサッカーをして、遊んでいた。


「…って、優愛ちゃん、言ってたよ」

そう言う彼の声は、どこか沈んでいた。

…というのも、部活動見学の時に、優月と優愛は美術部に入部すると約束していたのだ。

しかし、直前で吹奏楽部に入った。

それでも彼女が楽しいと言うなら、いいだろう。

と今は思っていた。

しかし、どういう訳か、最近、彼の考えが少し変わってきた。

「吹部って、楽しそうだよなぁ」

気付けば、そう言っていた。

しかし、それはいつものこと。

「…そうだな」

想大も相槌を打つ。

『コンクールでね、金賞獲れたんだ!』

無邪気に笑う優愛の姿が思い浮かぶ。

彼女が笑うのは、いつものことだが、どこか、瞳や表情が、煌めいて見える。

「そっか、優月くん、優愛ちゃんのことが好きなんだもんな」

という想大の問いに、

「…うん」

と彼は答えた。

「…告白しないの?」

「部活が忙しいみたいで、最近会ってないんだ」

好きな人に、あまり会えないのは少し寂しい。

しかし…いつしか優月は吹奏楽部に憧れていた。

「…いつか、告白できたらいいな」

すると想大がそう言った。

「えっ?」

教室へと続く短い階段。ふたりは階段を気にせず、飄々と駆け上がる。

「俺は優月くんの味方だから。優愛さんがどう思っているかは知らないけど」

「…ありがとう。優愛ちゃん、僕のことを好きだったら良いなあ」

「だな」

想大は小さく肩を上げる。

いつか、優月と優愛は結ばれるのだろうか?




午後は自由発表会というもので、生徒たちがステージ上で発表をするものだ。この時間も、保護者や見たい人は見ることができる。   

『…楽しみだね』

『ああー、古叢井さん、ダンスやるんだってね』

『なんか楽しみ』

『僕は、優愛ちゃんが踊ることの方が、ね』

この2人は人は違えど、推しという推しのダンスを楽しみにしていた。

「…あ、始まる!」

すると、司会の八条龍雅が口を開く。

《ではではー、次は"可愛らSeason2"です!》

「おー!」 

「優愛ちゃんのダンス見るの、1年振りだなぁ」

《それでは…どうぞ!》

龍雅の声が消えると同時に、壇上に光が照らされる。赤い段幕が光に照らされ、白く萌える。


すると、耳を撫でる程度の音量で、オルゴールの音が聴こえてくる。

『みなさーん!こんにちはぁ!えっと…』

そう思う頃には、誰かが姿を隠して話していた。…だというのに、想大が目を大きく丸める。

なぜなら、その声は…古叢井瑠璃のものだったからだ。

『…可愛らSeason2でーす!』

すると、今度は優愛が言う。

どうやら、瑠璃ひとりが司会をするはずが、何と言えば良いか分からなかったようで、優愛に援護されているようだった。

『今年も吹奏楽部の皆で踊れることを、嬉しく思ってまーす』

『あ、新しい1年生も…さ、さんにん…』 

『3人入ったのでー、ぜひ楽しんでいってください!』

その後も、優愛は瑠璃を逐一助けていた。瑠璃は基本、静かな子というイメージが強く、あまり目立たない事が多い。

すると最後にふたりの声が、体育館を突き抜けた。

《どうぞー!》

ナレーターが終わると、幕がゆっくりと音を立てて開く。暗い壇上には5人の女子がいた。

「おぉ…」

「誰だろうな?残りの3人…」

「分かんない…」

それと同時、音楽が鳴る。何かと思うと、流行のポップスだった。


《無敵の笑顔で荒らすメディア♪》

その音と同時、優愛ともう1人の2年生が、ステージの前へ出る。

『YOASOBI』の『アイドル』だ。この曲は、ラップ口調が多く、聴いている人の心を盛り上げるようなものだ。優月たちには、あまり知らなかった曲だが、1年後知ることとなる…。

真っ暗なステージへ当てられる三原色の光。可愛らしいアイドル5人は、殆ど息ぴったりの踊りを見せる。

この曲は、上級生の榊澤優愛とフルートの香坂(こうさか)白夜(はくや)が主役のようだった。優愛が長いペンライトを左右に振る。綺麗な動きだ。

優月は思わず賞賛を口にする。

「小学校のときから、ダンスうまかったからなぁ」

「あれで、本当にピアノできないの?」

「うん。鍵盤は全部、古叢井さんに任せてるみたいだしね」

「ほーん…」

白夜の髪が宙へ放たれる度、2年生女子からは、

『はぁくやー』

『さいこぉーー!』

『こっち見てぇ〜!』

などと黄色い声が飛んでいた。どうやら白夜は、女子から大人気らしい。ちなみに白夜は優愛とは対照的な、大人っぽい顔立ちをしている。可愛い系の優愛とは対に、白夜は美人系だ。

彼女たちのダンスは大好評だった。



(優愛お姉ちゃん…)

綺麗に踊る優愛を見ながら、瑠璃は少し不満そうな顔をした。ダンスは楽しいのだが、吹奏楽に不満があるのだ…。

その不満は…最悪の形で爆発する。

読んでいただきありがとうございました!

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次回もお楽しみに――!!





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