【Ⅱ】 茂華祭の章
3年前(2023年)
今、この音楽室には楽器が殆ど無かった。楽器たちに隠れた埃がゆらゆらと舞う。
黄昏の光を含んだカーテンが、音楽室を光で満たす。
一方、楽器室。
ここも管楽器の殆どが消え、残った打楽器は寂しそうに鎮座している。
では、消えた楽器は何処へ行ったのか?
それは…体育館だった。
館内に満たされる拍手の音。その拍手は、先程トランペットのソロを終えたばかりにできたものだ。ドラムが陽気なリズムを刻む度、管楽器の音が観客を白熱させる。
歌って、踊って、今日は茂華中学校の文化祭だ。
その中の数少ない打楽器パート。
打楽器パートは、この校内に2人しかいなかった。2年生の榊澤優愛と1年生の古叢井瑠璃。
今、ドラムを打っている方が優愛。そして…
体育館は静寂に包まれたかと思うと、ぽんぽん…と鉄を柔らかい物で叩いた音がした。
その楽器はビブラフォン。奏者は瑠璃だ。
瑠璃は必死に鍵盤を叩く。マレットを振り抜き、リズムを正確に刻んだ。ここは、ソロだ。10小節近く続くビブラフォンのソロ。足で音を操作しながら、何度も練習したメロディーを響かせる。
瑠璃は鍵盤楽器の担当だった。元々は、人数難の為に、皮楽器もやる予定だった。
しかし瑠璃が、ティンパニの打面を立て続けに破壊する事件、通称『ティンパニ破壊事件』が起こり、彼女には鍵盤楽器しか任されなくなったのだ。
拍手を浴びた瑠璃だが、その表情は少し不満そうだった。赤い瞳はどこか引きつっている。マレットをすぐに手放すと、真っ赤なタンバリンを掲げ叩く。
本当はティンパニをやりたい。その想いは未だ…伝えられずにいた。
観客も盛り上がっていた。
『流石、瑠璃ちゃん』
そう小声で言うのは、小林想大。美術部だが、瑠璃に片想いされている男子だ。
『…かっこいい』
そして、ぽつりとそれだけ言う男の子。
『…優愛ちゃん』
小倉優月。彼は想大と同じ美術部だ。そんな彼、実は優愛のことが好きだ。あのドラムを流暢に演奏する姿が愛おしい。
その気持ちは、まだ伝えられずにいたが。
すると、部長の男子が一礼する。
『今の曲は『そばかす』でした!ソロ、どうでしたか?』
そう言うのは、堀田俊樹。クラリネットパートの男子で、優月にとっては天敵と言うべき存在だった。
そんな彼だが、楽器の技術は一級品だった。
彼の声に合わせるように、乱れるような拍手がステージへと押し寄せてくる。その拍手に殆どの吹奏楽部員は、華やかな表情を見せていたが、1人だけは違っていた。
瑠璃は、ただやるせない気持ちを押さえるように、無理をして笑っていた。
そして、午前の部が終わると、生徒たちは昼食の為に教室へ返された。そんな優月と想大は、先ほどの演奏について話していた。
「…はぁ」
優月が、ため息をつく。
すると「どうしたの?」と歩いていた想大が、のぞき込んできた。
「いや、個人的な話。想大君には、関係のない話だよ…」
するとずっと友達の方を見ていたからか、男の子がドンッ!と壁に激突する。
「イテテテ…」
「大丈夫か?優月くん…」
心配そうな想大に、優月は「うん」と鼻を擦った。
「…個人的な話ってさ…、もしかして…優愛ちゃんのこと?」
「…うっ」
彼は、少し奥に見える音楽室を振り返る。
吹奏楽部員であろう数人の学生が何やら運んでいる。
「優愛ちゃん…」
「優愛ちゃんの太鼓、格好良かったね」
想大がそう言った。しかし優月が、いや、と言葉を止める。
「…パーカッションだって」
その声は少し誇張を含んでいた。
優愛は、元々、音楽に一切の興味を示していなかった。ピアノを幼稚園の頃に習っていたが、すぐに辞めたらしい。それどころか、優月は彼女がピアノを弾いているところなど、一度も見なかった。
だから小さい頃から、優月と優愛は絵を描いたりバレーやサッカーをして、遊んでいた。
「…って、優愛ちゃん、言ってたよ」
そう言う彼の声は、どこか沈んでいた。
…というのも、部活動見学の時に、優月と優愛は美術部に入部すると約束していたのだ。
しかし、直前で吹奏楽部に入った。
それでも彼女が楽しいと言うなら、いいだろう。
と今は思っていた。
しかし、どういう訳か、最近、彼の考えが少し変わってきた。
「吹部って、楽しそうだよなぁ」
気付けば、そう言っていた。
しかし、それはいつものこと。
「…そうだな」
想大も相槌を打つ。
『コンクールでね、金賞獲れたんだ!』
無邪気に笑う優愛の姿が思い浮かぶ。
彼女が笑うのは、いつものことだが、どこか、瞳や表情が、煌めいて見える。
「そっか、優月くん、優愛ちゃんのことが好きなんだもんな」
という想大の問いに、
「…うん」
と彼は答えた。
「…告白しないの?」
「部活が忙しいみたいで、最近会ってないんだ」
好きな人に、あまり会えないのは少し寂しい。
しかし…いつしか優月は吹奏楽部に憧れていた。
「…いつか、告白できたらいいな」
すると想大がそう言った。
「えっ?」
教室へと続く短い階段。ふたりは階段を気にせず、飄々と駆け上がる。
「俺は優月くんの味方だから。優愛さんがどう思っているかは知らないけど」
「…ありがとう。優愛ちゃん、僕のことを好きだったら良いなあ」
「だな」
想大は小さく肩を上げる。
いつか、優月と優愛は結ばれるのだろうか?
午後は自由発表会というもので、生徒たちがステージ上で発表をするものだ。この時間も、保護者や見たい人は見ることができる。
『…楽しみだね』
『ああー、古叢井さん、ダンスやるんだってね』
『なんか楽しみ』
『僕は、優愛ちゃんが踊ることの方が、ね』
この2人は人は違えど、推しという推しのダンスを楽しみにしていた。
「…あ、始まる!」
すると、司会の八条龍雅が口を開く。
《ではではー、次は"可愛らSeason2"です!》
「おー!」
「優愛ちゃんのダンス見るの、1年振りだなぁ」
《それでは…どうぞ!》
龍雅の声が消えると同時に、壇上に光が照らされる。赤い段幕が光に照らされ、白く萌える。
すると、耳を撫でる程度の音量で、オルゴールの音が聴こえてくる。
『みなさーん!こんにちはぁ!えっと…』
そう思う頃には、誰かが姿を隠して話していた。…だというのに、想大が目を大きく丸める。
なぜなら、その声は…古叢井瑠璃のものだったからだ。
『…可愛らSeason2でーす!』
すると、今度は優愛が言う。
どうやら、瑠璃ひとりが司会をするはずが、何と言えば良いか分からなかったようで、優愛に援護されているようだった。
『今年も吹奏楽部の皆で踊れることを、嬉しく思ってまーす』
『あ、新しい1年生も…さ、さんにん…』
『3人入ったのでー、ぜひ楽しんでいってください!』
その後も、優愛は瑠璃を逐一助けていた。瑠璃は基本、静かな子というイメージが強く、あまり目立たない事が多い。
すると最後にふたりの声が、体育館を突き抜けた。
《どうぞー!》
ナレーターが終わると、幕がゆっくりと音を立てて開く。暗い壇上には5人の女子がいた。
「おぉ…」
「誰だろうな?残りの3人…」
「分かんない…」
それと同時、音楽が鳴る。何かと思うと、流行のポップスだった。
《無敵の笑顔で荒らすメディア♪》
その音と同時、優愛ともう1人の2年生が、ステージの前へ出る。
『YOASOBI』の『アイドル』だ。この曲は、ラップ口調が多く、聴いている人の心を盛り上げるようなものだ。優月たちには、あまり知らなかった曲だが、1年後知ることとなる…。
真っ暗なステージへ当てられる三原色の光。可愛らしいアイドル5人は、殆ど息ぴったりの踊りを見せる。
この曲は、上級生の榊澤優愛とフルートの香坂白夜が主役のようだった。優愛が長いペンライトを左右に振る。綺麗な動きだ。
優月は思わず賞賛を口にする。
「小学校のときから、ダンスうまかったからなぁ」
「あれで、本当にピアノできないの?」
「うん。鍵盤は全部、古叢井さんに任せてるみたいだしね」
「ほーん…」
白夜の髪が宙へ放たれる度、2年生女子からは、
『はぁくやー』
『さいこぉーー!』
『こっち見てぇ〜!』
などと黄色い声が飛んでいた。どうやら白夜は、女子から大人気らしい。ちなみに白夜は優愛とは対照的な、大人っぽい顔立ちをしている。可愛い系の優愛とは対に、白夜は美人系だ。
彼女たちのダンスは大好評だった。
(優愛お姉ちゃん…)
綺麗に踊る優愛を見ながら、瑠璃は少し不満そうな顔をした。ダンスは楽しいのだが、吹奏楽に不満があるのだ…。
その不満は…最悪の形で爆発する。
読んでいただきありがとうございました!
良ければ、、、
ブックマーク
評価 ★★★★★
ポイント
リアクション
、、、をお願いします!!
次回もお楽しみに――!!




