【XV】ほろ苦い追憶の章
その翌日。この日もこの日とて、ふたりは図書室へと来ていた。
「えっ?優愛お姉ちゃんの好きなタイプ?」
瑠璃は想大に訊かれ、首をただ傾げていた。
「そう。知ってるか?」
結局、あの後は優月の代わりに、想大が訊ねることにしたのだ。
「ううん。そういう話はあんまりしないんだぁ。聞いとこうか?」
しかし彼女には苦笑で返されてしまった。どうしょうもないので、想大は瑠璃に小さく頭を下げる。
「おっ!お願いします!」
「いいよぉ」
すると瑠璃はすぐに了承した。その表情には、いつもドキッとさせられるのだった。
放課後。
「…優愛お姉ちゃん!」
「あ、瑠璃ちゃん…」
先に基礎打ちを始めた優愛に、瑠璃は話し掛けた。
「ど、どうしたの?」
瑠璃の瞳はキラキラと光に満ちていた。しかも心なしか頰も赤い。
「えっとね…!」
「どうしたの?落ち着いて」
優愛が宥めると、瑠璃は両手の拳を握り締めた。
「…優愛お姉ちゃんの、好きな人のタイプってどんな人?」
「えっ…?」
彼女はやっとの思いで問いをぶつける事ができた。瑠璃自身も、恋がまつわることで興奮しているのだろう。今か今かと答えを待っている。
しかし優愛は頰を赤らめるばかりで、ただ時が過ぎていく。ホルンやトロンボーンたちの音出しが微かに耳の奥を刺激する。
すると、やっと優愛は口に出した。
「一緒に…いてくれる人。瑠璃ちゃんみたいに」
彼女はそう答えた。その声には瑠璃への当てつけも混じっていた。 そして、恋というよりは未来への希望のように聞こえたのだ。
「私みたいに?」
「うん。私とずっと一緒にいてくれる人が良いから」
「へぇ。私となんか似てるね…」
瑠璃が丸みを帯びた顎に手を当てる。少し自分と似てるような気がしたが、少し違うとも感じた。
「…そろそろ練習、始めよっか?」
「あ、うん!」
瑠璃を以てしても、この日は大した情報は得られなかった…。
翌日。瑠璃は鉄棒の前にいる想大と優月へと報告に来ていた。
「…優愛お姉ちゃん、一緒にいてくれる人がタイプなんだって」
「ほおー…、だってさ。優月くん」
「へえ。あ…古叢井さん、ありがとね」
優月が困った顔になりながら礼を言うと、瑠璃は少し表情を苦くした。
「いえ。それに、私も申し訳ないことしちゃったから」
「?」
彼女が何を言っているのか?この時の優月には全く分からなかった。
すると瑠璃はツインテールの髪を解いた。黄色がかった髪が自由に宙を垂れる。
「…でも、優月先輩のこと、好きそうでしたよ」
そして瑠璃がそう言った。
「…い、いや、僕は」
しかしバレたくなかった優月は、頰を赤らめながらも否定し続ける。
「えっ?優月先輩じゃないんですか?」
「ち、違うよ」
無論嘘だ。
「えっ、優月くん…」
「ちょっと!想大くん!!」
すると優月が想大の口を塞ぎにかかる。そして小声で耳打ちをする。
『古叢井さんに、それ言っちゃ駄目だよ!何回かストーカー認定されてたんだから…』
『えっ?あ、そうだったっけな』
『今は内緒なんだよ』
『悪い悪い…』
そんな怪しげな先輩ふたりに、瑠璃は小さく首を傾げた。
「…えいっとぉ」
そして両手で鉄棒を握る。腹筋に力を入れ下半身を上げる。すると、あっという間に鉄棒の上にぶら下がっていた。
「…逆上がりだ。古叢井さんできたんだ」
「できますよー」
瑠璃は嬉しそうに笑う。冬の風が彼女の長髪へとなびいた。彼女は身体能力が高いようで、鉄棒も得意なようだ。
「結局、優愛お姉ちゃんのことが好きな人って誰なの?」
結論が知りたい瑠璃はそう質問する。
「う、うーん、ここにはいないんだよな」
「ここには…。そうなんだぁ」
瑠璃は純粋で騙されやすい。想大の真剣な声にはそう反応した。
優月はただ鼓動を打ちながら、騙される彼女を見つめる。
(…告白できるまでは、バレたくない)
その理由は――彼女を初めて見た時だった。
『えっ?後輩?』
優月と優愛は中学でも仲が良かった。たまに会った時は仲良く話すような間柄だった。
『優愛ちゃん、後輩できた?』
『後輩…。妹みたいな後輩ならできたよ』
『妹…。まぁ、優愛ちゃんは小さい頃から面倒見が良かったもんねー』
『そう?』
その時だった…。
『…お姉ちゃん』
ツインテールの少女が目の前に現れる。優月より幾つか身長が低い。シューズの色が黄色なので、1年生だろう。
『お姉ちゃんに近寄らないで!』
そんな事を思っていると、少女にはそう叱責されていた。突然、優月の頭の中がクエスチョンマークに埋もれる。
『あ、えっ…?』
何故、彼女に怒られているのだろう?
次の瞬間には、無意識に首を傾げていた。大体、この少女は誰なのだろう?言い返そうとした時だった…。
『瑠璃ちゃん、優月くんはストーカーじゃないよ』
優愛が優しい目をして言った。瑠璃というのは彼女の名前だろう。
『…えっ?』
『別に付きまとわれてるわけじゃないわ』
すると瑠璃は驚いたような顔をした。
『そ、そうなの…?』
『そうだよ。小倉優月くん』
優愛が言うと、優月は彼女に話しかける。
『えっと、この子は?』
『…ああー、私の後輩の古叢井瑠璃ちゃん。すっごく可愛いでしょ?』
『…う、うん』
確かに幼児のようで可愛いが、優愛とはまた違う可愛さだ。
『…う、うん』
そんな考えがバレないように、小さく笑みを浮かべて首を縦に振る。すると彼女は小さな声で彼に謝る。
『…え、ごめんなさい。優月…先輩』
『あ、大丈夫だよ!』
誤解が解けたようで安心した、とクスリと笑う。
『この人ね、私と同じ小学校だったの!』
更に優愛がそう言う。
『え?』
『すごく優しいんだよ』
『…そうだったんだ』
瑠璃という少女との誤解はなくなった。優月は思わず柔らかい笑みを浮かべる。
『えっと…よろしくね』
『…はい』
すると瑠璃はコクリと頷いた。だが吹奏楽部員が集まってきていた。なるべく片想いが知られたくない優月は、
『じゃあね、優愛ちゃん』
と早急に去ることにした。
『ばいばい、優月くん』
そのあと、優愛の安心させるような別れの挨拶は忘れることがない。
瑠璃には言いたくない。
ほろ苦い記憶がいつも邪魔をする。彼女にはまだ言いたくはない。
また――何かありそうだったから。
そんな記憶も、数年後には――へと変わることになる…。




