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【長編版】 吹奏万華鏡0 打楽器ソロコンテストの章  作者: 幻創奏創造団
優月と優愛 すれ違う恋編
17/20

【XⅢ】 閉じ覚ます感覚の章

 時を同じくして、クラリネットパート。

「凪咲ちゃん、大丈夫?」

「あ、はい。もうできます」

クラリネットパートは3人だ。3年生1人と2年生1人、そして凪咲だけの1年生1人だ。

「…すぅ」

凪咲はクラリネットを吹き始める。静かに旋律が奏でられる。綺麗な音だった。

「…できてる…。凄い」

「小学校からですので…」

「…だよね」

目の前にいる先輩は、クラリネット歴3年だ。対して凪咲のクラリネット歴は4年。少しでも経験の層が違うのだ。故に実力は殆ど同じだ。

「…瑠璃が頑張ってるから、私も頑張らないと」

「古叢井さん?」

「はい。あの子も頑張ってるから、負けてられません」

「そうよね。ふたり、仲良いもんね」

そう言ってクラリネットの先輩は腰を上げた。

(…だって、私の姉と似てるし)

内なる本音はただ胸奥に隠しつつ、彼女はクラリネットを奏でた。



部活終わり。

凪咲は瑠璃に話し掛けられた。

「…凪咲ぁ、ちょっとだけ相談いい?」

「瑠璃?どうしたの?」

優愛たちの乗るバスが出発するのを見届け、瑠璃の話しを聞こうとする。


「音量?まだ駄目なの?」

「…うん」

瑠璃は音量のことで深刻に悩んでいた。恐らく天龍での影響だろう。

「…どうしても腕でやっちゃうよー」

「流石和太鼓奏者…」

「…うー」

少し不遜そうに頰を膨らませる。

「何?」

「…思いっきり叩けるけど、また皮をぼこぼこにしちゃったんだぁ」

「ぼこぼこ?」

「うん。優愛お姉ちゃん困らせちゃうから、あんまりしたくないんだよ」

その赤い瞳に哀が混じる。優愛のことを考えると、その暴走心が止まるのだろう。

「…はぁ」

瑠璃は小さく肩をすくめる。

音量で注意されるのは、正直言って悩みでしかない。

「私、手加減ができない…。どうしよう?」

優愛には言えない深い悩み。それを打ち明けられたのは…凪咲だけだった。

「知ってた。元和太鼓奏者さん♪」

しかし彼女はこう笑い返すだけだった…。

「んー、瑠璃が叩くの好きなのは分かるけど、どうすれば良いか、って言われるとね…」

「うーん、つい手加減を忘れちゃうんだよね」

「じゃあ、感覚を閉じてみる、っていうのは?」

「えっ?感覚?」

「そう。和太鼓やってた時の感覚を閉じるの」

「感覚……」


和太鼓をやってた時の感覚。

それはいわば―狂気だ。

パーカッションとは、全身でリズムを刻む感覚ではないのか?腕を思い切り振って、時には足にまで力を込める。何よりも感情の高ぶりだ。体や心に溜まったストレスを皮にぶつけていた。時折、自分の皮膚が弾ける音も何だか心地よい。普通の太鼓とは違い、大太鼓は迫力が違った。激情たったひとつ。それが、目の前の空気を容赦なく破壊するという行為が、瑠璃には堪らなく気持ちよかったのだ。


「…うーん、太鼓楽しくて、強くたたいちゃうから、難しいんだよね」

「そっか。あ、信号!」

その時、2人が別れる信号へとたどり着いた。

「凪咲、ばいばーい!」

「瑠璃、また明日ね」

2人はいつものように、手を振り合って別れた。空は薄汚れたようなオレンジ色をしていた。もうすぐ闇に染まるのだと分かる。その空模様に合わせるように、瑠璃は目を細めて悲しそうな顔をする。

(…天龍での感覚を…閉じちゃうかぁ。ぎゅっとしてどーん!をやめるのかぁ)

少しばかり特殊な感性を持った瑠璃にとって、感覚を完全に閉じてしまうという事は難しいのかもしれない。



翌日。

「優愛お姉ちゃんのスティック持ってきたよ!」 

「あ!瑠璃ちゃん!ありがと!」

優愛は嬉しそうにスティックを受け取る。やはり瑠璃は妹のようだなあ…と優愛は思う。頭を撫でると、彼女はデレデレと笑ってくれた。頭を撫でてもらいたかったようで、彼女の頬は瞬く間に赤く染まる。

「…もうすぐだねー。本番」

「うん、ちょっと音量が不安だけど」

「そんなに我慢しなくても、間違わなければ大丈夫なのに…」

優愛の残念そうな声に、瑠璃は真紅の瞳を小さく震わせた。その顔は拭いきれない不安に満ちていた。 

「今日は思いっきり叩いてみる?」

すると優愛は、練習台のパッドを指さした。真っ黒な打面がチラリと天井を覗いている。瑠璃はこくりと頷いて、ドラムスティックと共に優愛へと駆け寄った。


メトロノームの音と共に複雑なリズムが響く。パッドをたたいているので、打楽器特有の響きはないが、少しずつリズムがズレてしまう。

「…あっ!」

「ズレちゃったね。手首は使った?」

「ううん。ほとんど腕だよ」

「やっぱり、腕だと疲れちゃうよ。長くは持たないから、このコンサートには向いてないのかな」

優愛は瑠璃が傷付かぬように、柔らかい笑みを浮かべたまま言う。しかし対照的に瑠璃は、少し不満そうな顔をして見せる。

「…難しいよー」

「そうだよね。バスドラも入ってるし」

ここで使うバスドラムは、コンサート用バスドラムではなく、ドラムセットに付くバスドラムだ。移動や設置が容易な故、ドラムセット用のバスドラムを使用している。紺の塗装が施されたバスドラムが瑠璃の下腹部をチラリと覗く。影のないそれは冷たく光った。

「…まあ、時間がないから…、手首を使う練習はあとにしよっか?」

「うん」

そう言って、何度も何度も音を合わせたのだった。



「…はぁ~、疲れたぁ」

優愛はひとり家の近くの公園で何かを飲んでいた。缶のコンポタージュだった。

「ふぅ…」

薄白い湯気が、プルタブを引くと同時に立ち込める。コーンの甘い香りが鼻腔を撫でた。

「…おいしそう」

優愛は缶の飲み口を唇へくっつける。静かに飲んでいると、誰かが手を振ってきた。

「…あ、優月くんや」

優月を見つけるなり、彼女は缶の飲み口を親指で拭う。そんな事をしていると、優月は目の前にいた。

「優愛ちゃん、寒くないの?」

彼の頬は少し赤い。

「うん。これ飲んでるから」

優愛は丸い缶を優月に見せびらかす。

「良かったぁ。でも冷めちゃうよ?」

しかし彼には安心と心配で返されてしまった。

「あ、そだね」

優愛はベンチの隙間を指さす。座っても良いのか、優月はベンチに座る。鼓動を鳴らす間もなく、優愛は話し始めた。

「瑠璃ちゃんがね…」

「ん?古叢井さん?」


深い溜息と同時、悩み事が口をついて出てくる。

「音量で苦労してるの」

「…音量?」

「うん。優月くん、遠くから聴いててうるさくない?」

「え、まぁ、たまにドコドコ聞こえるよ。上手いよね」

「え、ありがとぉ」

はっきり言って、音は耳の奥を震わせるくらいに聴こえてくる。だが、別に悪いとは思っていない。瑠璃も優愛も真剣に悩んでいることを知っているから。

「…瑠璃ちゃんって、凄く上手いのに、叩き方が駄目なんだよね」

「叩き方?」

すると優愛は両手を前に出す。

「打楽器って手首を使うんだよね。こう」

優愛は手首をしならせ、何度も振りかざす。よく分からない…というよりは、少し興味が湧いた。

「なるほどね」

優月が納得の声を上げると、優愛は引っ込めた手を鞄に突っ込んだ。

「そ。瑠璃ちゃんはそれが出来てないの」

「大変なんだね」

「まぁ、負けませんけどね」

すると指の中にケースがあった。自信気な笑みと同時、パカッと可愛らしい音を立ててケースが開く。

「それは何?」

優月が尋ねると、優愛はニコリと笑う。

「ねるち。ネイルチップだよ。優月くんも付けたでしょ?」

「…ああ、小学生のときかぁ」 

優愛とは少し家は離れど、仲はかなり良かった。確かに優愛は指に何か付けていた。

アクアマリン色のネイルチップ。それを指に付けていく。彼女の小さな手と演奏している時の手。まるで別物に彼は見えていた。

「…優月くんも付ける?」

「え?」

「付けたいの?」

好きな人からの誘い。これは断れない…。

「いいの?」

「うん。サファイア色ならあるよ」

「じゃあ…、ありがと」

「どうぞ」

優愛は可愛らしく笑って貸してくれた。

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