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【長編版】 吹奏万華鏡0 打楽器ソロコンテストの章  作者: 幻創奏創造団
小倉優月 恋する打楽器奏者編
14/15

【現在編Ⅲ】 強豪と歩む未来

優月が打楽器を始めた本当の理由…。

それを聞いた井土は目を細めて笑った。

「…そうだったんだ」

「要するにオメーは、好きな人がやってた打楽器が、好きになった…ってことか?」

「うん」

「そう」

(玖衣華みたいだな…)

ゆなが出したその名。それはゆなの義理の妹でもあった詩島(うたしま)玖衣華(きいか)だ。彼女は既にこの世におらず、同時にプロのドラム奏者でもあった。その彼女の影響をゆなは大いに受けている。


「あ、広一朗!今日もゆらとモントレしようよー」

その時、ゆなが井土へスマホを向ける。

「あー、ゆらくん来てからね」

ゆなはスマホを開いた。真っ黒な世界が一瞬で煌々とした世界へ変わる。

「あ、ゆゆー、古叢井はここに来るの?」

それと同時に、ゆなが顔を上げて優月へ視線を向ける。

「…行くかもって…何回も言ったでしょ?」

「っしゃ。私、吹部やめても安心だなぁ」

彼女がふんぞり返る。真っ黒なスマホを宙へと掲げる。

「うん!鳳月さんより、瑠璃ちゃんの方が絶対にうまいしね!」

つい、こう言ってしまった。

「…ゆゆって性格悪いな」

聞いたゆなが怒るように言う。その声は苦虫を噛み潰したかのようだった。

「鳳月さんが言う?」

優月が言うと、

『私の為に喧嘩しないでぇ〜♪』

突然、高音の歌声がふたりの険悪な空気を裂いた。

「広一朗の為に喧嘩してない」

「…あはははっ」

「ゆゆって、本当に広一朗に弱いな」

ゆなが溜息を吐いた。

「まぁ、鳳月さんでは、たぶん古叢井さんには勝てないと思うよ。勝てるのは身長だけだね」

「…あは」

優月の笑いは一瞬で苦笑に変わる。本当に身長はどうしょうもない。

「…いや、私なら」

「知ってるだろうけど瑠璃ちゃん、鍵盤もできるし、ドラムもそこそこできる。あとソロコンもできるからね」

それを聞いた井土は、目を信じられないと言う風に開ける。

「…えぇ!?ソロコン!?管打楽器の!?」

「あ、はい」

「うーん!これは古叢井さんの優勝!!」

「何の大会だよ?」

すると、楽器運びから戻ってきた藤原美鈴が、

「あと、瑠璃は和太鼓できますよ」

と言う。

「…ははっ、どーせちっちゃいのだろう?」

ゆなは瑠璃が和太鼓をできるとは、完全に理解をしていない。

「…いえ。大っきいのです。普段見る太鼓とは比べ物にならないくらいの」

そこへトランペットの國井孔愛が言う。

「…だな」

ついでのように高津戸日心も頷いた。

「…んげッ」

ゆなの表情がみるみると変わる。何だか苦しそうだが、優月は助けようとも思わない。


「これです」

日心が追い打つように見せた写真。

それは、和太鼓クラブ天龍の演奏会の写真だった。そこに大きく写った大太鼓。縁は真っ黒で、打面にはくすんだ白に"黒い染み"のようなものが付いていた。

「ちなみに、この黒い染みは瑠璃ちゃんの血です」

「うゎああー!負けたぁ〜!!!!!」

すると、ゆなが空気を裂くように叫んだ。


「うるせぇよ!」

「そうだよー」 

その時、3年生で副部長の井上むつみと、OGの雨久朋奈が言う。元々部長だった雨久はコンサートの手伝いで来ていた。

「…あはははっ、ゆなっ子は血が出るまで叩いたことないもんね?私もだけど」

そこへ咲慧が煽るように言う。ちなみに咲慧とゆなは、中学時代に和太鼓部であった。

「いえぇ…、ゆなちゃんモウシニマシタ…」

あまりにも努力と格の違いを見せつけられ、ゆなはもはや放心状態だった。


「今もやってりゃ、絶対プロだったのに…、どうして3年でやめたのか?」

そこへクラリネットの1年生、諸越冬一が言う。

「アンタが抱きつくからでしょうが!」

「無垢な淑女に纏わりつく罪過よ…。本当に汚らしい!」

冬一は可哀想なことに、美鈴と日心に徹底的に粛清された。ちなみに、美鈴は天龍には所属しておらず、冬一は元々天龍にいた。

(…はぁ)

抱きしめた時、別に瑠璃は怒ってなかった。逆に泣かせてしまった。だが、その反応は恐怖によるものではなかったらしい。

冬一は…あの頃の瑠璃が好きだった…。



「ゆゆー、古叢井さんがソロコン出たの本当なの?」

「え?はい…。本人の演奏を見て決めたわけですし」

「ちょっと話を聞きたい。場合によっては、ゆゆとゆなっ子の3人で、アンコンに出したいから」

「…はぁ」 

どうやら、彼女の過去が…今後を決めるようだ。まだ瑠璃が来るとは限らないが。



すると、何やらピアノの音が響く。その音に2人は邪魔されてしまう。

「先生、ピアノ練習して良いですかー?」

「あ、初芽さん」

ピアノを弾こうとしていた人物は、初芽(はつめ)結羽香(ゆうか)だ。3年生でフルートの腕は上級者だ。そんな彼女は最近ピアノの練習をはじめた。

隣では部長の明作茉莉沙が、いたずらにピアノを鳴らしていた。鳴らされる音楽は『月に叢雲華に風』の最初のメロディーだ。寂しげなリズムは普通にうまい、と優月は思う。

「…あ、茉莉沙!ちょっと!」

「あ、ごめん。どうしたの?」

「…そこの鍵盤使うの」

「それは、申し訳ない」

そんな会話を尻目に、井土はコクリと頷いた。

「どうぞ。ピアノでもドラムでもギターでも、好きなのやってていいよ」 

「…じゃ、私はゆゆの使うドラム叩いてきます」

「あー、どうぞ」

茉莉沙は最近、再び打楽器奏者としての感覚を取り戻してきたようで、暇な時はトロンボーンと並行してドラムを練習している。

茉莉沙は、元々『御浦ジュニアブラスバンドクラブ』という県内有数の強豪クラブにいた。そこでかなり辛い過去を経て、今となってはプロレベルの打楽器奏者へと変貌した。


数分後、茉莉沙の刻む激しいリズムが木霊(こだま)する。彼女は身長153cmという小柄な体格だが、狂気含みの音量は相当なモノだ。体格で音量が左右されるわけでは無い。

それでも…もっと大きな音で、気持ちよく鳴らす人間を優月は知っている。

それこそ、古叢井瑠璃だ。


彼女の本気の音量だけは、絶対に誰にも勝てない。それは誰にだって分かる明確な事実だ。優月も、目の前のゆなも、今演奏している茉莉沙も、音量だけは…絶対に勝てない。



「相馬さん、瑠璃さんに会いたいって言ってたなぁ」

そこへ、2年生の夏矢颯佚が戻ってきた。隣には3年生の河又悠良之介がいる。颯佚は元超強豪校の神平中学校出身で、サックスの腕は相当なものだ。咲慧よりも技術力含めた実力は高い。一方の悠良之介は、練習に集中できてないせいか、部内でも下から数えたほうが早い、と明らかに分かるくらい下手だ。ちなみに本人は全く以て気にしていない。

「相馬?」

悠良之介が訊くと、颯佚はコクリと頷いた。

相馬(そうま)冬深(ふゆみ)。俺の2つ下で、打楽器とクラリネットのプロです。」

プロ。その言葉に悠良之介の耳は痛くなった。

「プロ…」

「ああ。今頃なら茉莉沙先輩くらいです」

ああ頭が痛い、と悠良之介は顔を歪めた。

「プロ。それは星の数ほどある褒め言葉」

「いや、冗談抜きで相馬さんは、本当に上手いんですよ。この前、文化祭に行った時なんか…」

その時、悠良之介が頭を抱えた。

「うわぁー!マジで強豪校ムリだぁー!」

エンジョイ勢より下な彼は、中堅実力者の優月でさえも、渇望の目で見ていた。

「相馬さん、俺みたいに強豪嫌いですから、来年来るかも。是非来年の定演に!!」

「うわぁあ…、明作さんと同じくらいの実力者が…もう一人?」



「アハハハ…」

優月は、絶望に浸る悠良之介を見て、苦笑を溢してしまう。

「…瑠璃ちゃん、最初は…先輩と色々あったようで…」

柔らかな空気の中、自然と優月は口を開いた。井土はただギターをメンテナンスしながら、静かに話を聞き始めた…。

話しは…瑠璃の悩みからはじまる。

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